3月10日、文化庁の文化審議会は、国宝として7件、重要文化財として37件の美術工芸品を指定すると文部科学大臣に答申した。その中で、歴史資料の部として鉄道関連が2件あった。どちらも電車で、1914(大正3)年に製造された鉄道院のナデ6141号電車と、1927(昭和2)年に製造された東京地下鉄道1001号電車だ。

「日本初の地下鉄車両1001号車」(地下鉄博物館所蔵)が国の重要文化財に

重要文化財というと、発掘された土器や寺院で大切に保管されてきた木像をはじめ、「古くて歴史を感じさせるもの」という印象がある。他に指定された35件を見ると、考古資料の部の「茨城県泉坂下遺跡出土品」や彫刻の部の「木造不動明王立像」など、悠久の歴史を感じさせるものが多い。

電車が重要文化財とは意外に思うかもしれないけれど、重要文化財の規定では製造年を問わない。文化財保護法27条では、「文部科学大臣は、有形文化財のうち重要なものを重要文化財に指定することができる。」と定めている。日本に電車が登場してから127年も経過している。1997年に蒸気機関車(1号機関車)が重要文化財に指定されて20年経った。そろそろ電車も対象になって良い頃といえる。

ところで、重要文化財に指定された電車は日本初の電車ではなかった。日本の鉄道史上、電車の初登場は1890(明治23)年。上野公園で開催された博覧会で、東京電燈がアメリカ製の路面電車をデモ走行させた。営業運転は1895(明治28)年、京都電気鉄道の電車が最初といわれており、開業当時の車両は京都の平安神宮の外苑で保存されている。しかし、国や自治体の文化財には指定されていないようだ。

それでは、なぜ1895年製ではなく、その19年後に製造されたナデ6141号と32年後に製造された1001号が重要文化財になったか。その決め手は、それぞれの電車が搭載した技術と、その後の日本の交通に対する影響力があったと思われる。文化庁の答申の解説によると、ナデ6141号は次のように紹介されている。

鉄道院で最初の3扉車であるとともに, 総括制御装置を導入し, 重連の高速運転を可能とした点が最大の特徴
我が国における電車の近代化, 標準化の歩みを知る上で鉄道史, 交通史上に重要

この中でキーワードは「重連の高速運転」。現在は「総括制御」と呼ばれる技術だ。当時、電車といえば路面電車のように1両ごとに運転士が操作していた。「直接制御」といって、電車に取り込んだ電力をモーターに送る際、レバーで回路を直接切り替えて電圧を変更した。簡単にいうと、運転士のレバーは制御器として回路に直接組み込まれていた。この場合、蒸気機関車の重連のように、電車1両に対して運転士が1人ずつ必要になる。

乗客が増えて輸送量を増やす場合は、モーターのない客車を連結する方法もある。しかし電車1両で引っ張る客車数には限界があり、モーター付き車両をたくさんつなぎたい。そのとき、電車1両に運転士1人だと、運転士同士の呼吸を合わせる必要がある。

それでは効率が悪いため、総括制御が考え出された。モーターの近くに制御器をひとつずつ置いて、運転席のレバーは制御器ではなく、制御器に指示を出すスイッチとした。ひとつのレバーで複数の制御器へ指令を出せば、複数のモーターを同期して動かせる。総括制御方式では、電車を加速させるレバーは「マスコン(マスターコントローラー)」と呼ぶ。これは、各制御器のまとめ役だからである。自動車のアクセルはエンジンに直接指示を出すけれど、マスコンは間接的。だから、マスコンとアクセルは似ていて違うしくみだ。

欧米でも総括制御は行われたけれども、長距離列車は機関車と客車の組み合わせによる動力集中方式が主流だった。日本では電車の総括制御による動力分散方式が進められた。総括制御方式は長距離列車にも採用され、新幹線へと継承されていく。ナデ6141号は、日本の電車時代の幕開けを象徴する車両といえる。

1001号電車の登場当時の姿。重要文化財指定の理由は床下にあった!?

東京地下鉄道1001号電車については、文化庁の解説の中で次のように紹介されている。

集電方式は第三軌条式で, 全鋼製, 自動扉, 自動列車停止装置の採用などの防災・安全対策や, 内装, 照明, 吊り手等の乗客向けの設備に地下鉄ゆえの特徴が見られる。我が国の地下鉄電車の嚆矢であるとともに, 後の地下鉄車輌の規範となった車輌であり, 鉄道史, 交通史上に重要である

こちらの評価は、地下鉄であることよりも「安全」に対する考え方を示した点が評価されたように思う。全鋼製車体は車両火災への備えであり、自動扉や吊り手は乗客の安全に配慮した装置。そして、なんといっても重要な点は「自動列車停止装置」だ。じつは1001号と地下鉄銀座線は、日本で初めてATS(自動列車停止装置)を備えた路線だった。

ATSは、赤信号や線路終端部で、運転士がブレーキ操作を行わなかった場合に自動的に列車を停める装置。いまや日本のほぼすべての普通鉄道路線で採用されている。その元祖が銀座線だった。しくみはとても原始的で、赤信号を示すと同時に、線路上にあるレバーを立たせる。電車が停止せずに通過すると、レバーが電車の床下の非常ブレーキレバーに接触して、電車を緊急停止させる。

その後はレールに信号を流す方式や、線路に電波発信機を設置する方式などが開発されて今日に至る。しかし、銀座線のレバー式も原始的とはいえ、しくみが簡単で確実に動作するため、かなり長い間使われていた。筆者は高校時代、通学で使った地下鉄銀座線の赤坂見附駅で、線路側のレバーの動作を眺めていた記憶がある。手元の資料によると、1993年に全車が01系になるまで使われていたようだ。

ATSは日本の鉄道の安全技術の基礎だ。また、全鋼製車体の採用は地下鉄車両の難燃化を定めた運輸省通達「A基準」「A-A基準」などへつながっていく。1001型は鉄道の安全の始祖となった車両であり、やはり日本の鉄道にとって重要な方向性を示した車両といえる。重要文化財は、単に「古いものを大切にしよう」という趣旨ではない。私たちの今日の基礎を築いたという価値を重視しているといえそうだ。