11月5・6日、東京メトロは銀座線渋谷駅の線路切替工事を実施した。この様子は5日に報道公開も行われた。地下鉄銀座線は日本で最も古い地下鉄道のひとつとして歴史があり、利用者の多い路線だけに、多くの人々が注目した。一方、鉄道ファンも銀座線に出没する。彼らの最も大きな関心は、工事とはあまり関係のない浅草~溜池山王間にあった。その理由は"絶滅危機"にある方向幕だ。

11月5・6日の線路切替工事で銀座線渋谷行の線路(A線)が南側へ移設された。11月19・20日の工事でもう一方の線路(B線)も南側へ移設される

本誌既報の通り、東京メトロ銀座線は今回の2日間と11月19・20日、溜池山王~青山一丁目間・表参道~渋谷間の運休が決まっている。工事該当区間は表参道~渋谷間だから、本当は浅草~表参道間で運転したかっただろう。しかし、この運転はできない。なぜなら表参道駅に分岐器がないからだ。

銀座線は複線で、浅草駅から渋谷方面への線路は「A線」、渋谷駅から上野・浅草方面への線路は「B線」と呼ばれる。A線を走って終点に到着した電車は、B線で引き返さなくてはいけない。つまり、A線で終点に到着する前に2つの分岐器を通ってB線のホームに入るか、A線のホームに到着した後、発車直後に2つの分岐器を通ってB線に入る必要がある。この2つの分岐器の組み合わせを「渡り線」という。片方向の渡り線がひとつだけの場合は「片渡り線」、2つの渡り線を組み合わせた場合は「両渡り線」と呼ばれる。

銀座線の表参道駅には、この渡り線がない。だから表参道駅で上野・浅草方面への折返し運転はできない。では、どこで折り返せるかというと、最も渋谷に近い駅は溜池山王駅である。そこで浅草~溜池山王間の区間運転が決まった。これが最も素直な判断で、残る溜池山王~渋谷間は運休にすればいい。休日だから通勤通学客も少ないし、都心部へは半蔵門線などの代替路線もある。

ところが、溜池山王~渋谷間にある外苑前駅は休日も混雑する。近隣の神宮外苑や明治神宮野球場、秩父宮ラグビー場などでイベントが多いからだ。6日に展示物の火災事故が発生し、男の子が亡くなった「東京デザインウィーク」も神宮外苑で開催されていた。明治神宮野球場では、11月5・6日に東都大学野球の入替戦があった。秩父宮ラグビー場も、銀座線の工事日はすべて試合が予定されている。

11月18日から開催予定だった神宮外苑いちょう祭りは、6日の火災事故の影響で中止となった。しかし、神宮外苑のいちょうは都内でも有名な紅葉スポットで、いちょう並木はドラマや映画のロケでも知られている。祭りはなくとも人出は多い。

そこで、東京メトロは外苑前駅を挟んだ青山一丁目~表参道間の折返し運転を決めた。A線・B線に1編成ずつ電車を入れて、それぞれ片道のみ運行、終点に到着した後は回送として折り返すという変則運転となった。両端駅で半蔵門線に乗換え可能なわけで、東京メトロの粋な計らいといえる。そして、このあたりから鉄道ファンの血が騒ぎ始める。普段とは違う珍しい運行を見たい。銀座線そのものが目的になってくる。

銀座線01系の「溜池山王」幕は見納めか?

極めつけは電車の行先表示だ。普段の銀座線の行先表示はおもに「渋谷」「浅草」「上野」だけ。しかし工事日は運休区間があるため、「表参道」「青山一丁目」「溜池山王」が加わった。これは特殊な運行の証拠でもある。見たい、撮りたい、となるわけだ。

電車・バスの行先表示器には、普段使われる行先の他に、使う可能性のある行先がすべて登録されている。事故や災害などで折返し運転が行われる場合を想定している。そうした特殊な行先表示は、事故や災害が発生しないと見られない。希少な機会として、車両基地公開イベントで来場者サービスとして見せてくれる。あるいは電車の車庫に留置するとき、方向幕の日焼け防止のため、普段使わない行先を表示しておく会社もある。これは乗務員の遊び心かもしれず、鉄道ファンのお楽しみのひとつになっている。

銀座線の場合は溜池山王駅に折返し設備があるため、行先表示器に「溜池山王」が準備されている。しかし「表参道」と「青山一丁目」の行先表示は想定外だ。この場合、ほとんどの鉄道・バス会社は簡易な行先表示板を作って貼り付けていた。なぜなら行先表示器に格納された方向幕は、ポリエステル製で巻物のようになっていて、あらかじめ用意した行先しか表示できなかったからだ。

しかし、最近の車両の行先表示器はLEDで文字を表示するタイプである。これならデータを書き換えることで、普段使わない行先も簡単に出せる。データの保存容量が大きいなら、あらゆる場合を想定して全駅名をあらかじめ設定してもいい。

青山一丁目~表参道間の折返し運転では、A線・B線ともに1000系が使用された

現在、銀座線の車両は旧型の01系と新型の1000系がある。行先表示器は01系が方向幕タイプ、1000系がLEDタイプだ。今回、青山一丁目~表参道間で使われた2編成はともに1000系だった。これは「表参道」「青山一丁目」の表示に対応できるからだろう。

「表参道」「青山一丁目」「溜池山王」の行先表示は3つとも貴重だけど、中でも01系の「溜池山王」幕は、01系の廃車が進んでいることもあって、今回の工事による特殊運行が見納めになるかもしれない。したがって工事該当区間とは関係ない、溜池山王~浅草間を走る01系の溜池山王行が最も貴重な被写体になる。

今後、行先表示器のLED表示が普及すると、方向幕そのものが貴重になっていく。鉄道イベントの部品販売会でも、「使用済み方向幕」は人気商品になっているという。

なお、LED行先表示器の中には、シャッター速度が速いとLEDの点滅にシンクロしてしまい、きれいに映らないものもある。シャッター速度は1/60以下がおすすめ。地下鉄は暗いので、停車中に安全な位置、黄色い線の内側から撮ろう。必ず駅員や保安係員の指示に従い、他の乗客たちに迷惑がかからないように行動してほしい。