6月1日、スイスのアルプスを南北に貫く「ゴッタルドベーストンネル」が開業した。全長57.1kmは、交通トンネルとして世界最長だ。これまで53.9kmで世界最長の鉄道トンネルだった青函トンネルは世界第2位となった。

スイスとゴッタルドベーストンネルの位置、関係路線略図(白地図専門店の素材「スイス (C)2006-2016, Sankakukei.」を使用)

アルプス横断ルートのゴッタルド峠では、1881年に鉄道用のゴッタルドトンネルが開通した。約100年後の1980年に道路トンネルも開通した。新しいゴッタルドベーストンネルは2015年8月に貫通し、線路整備や試運転を経て、6月1日に開業に至った。

上の略図を見ると、大幅に距離を短縮したようには見えない。しかし、実際に地図をたどると、ゴッタルドトンネルの前後には数カ所のループ線、ヘアピン状のカーブがある。高低差が大きく、登りきれないギリギリのところまで地上区間とし、トンネルを最小限にとどめている。

新しいゴッタルドベーストンネルは、山岳区間のほぼすべてを長大なトンネルとし、平坦で直線的なルートになった。日本で例えるなら、上越線の在来線のそばに上越新幹線の大清水トンネルを作ったような形だ。ゴッタルドベーストンネルの「ベース」は「基底」「山岳の最下部」という意味になる。

ゴッタルドベーストンネルの開業によって、旅客列車は時速250kmで通過可能になった。1日に65本が通過する。貨物列車の1日の最大運行本数は180本から260本になり、編成長も長くなるため、輸送量は大幅に増える。ゴッタルド峠区間の所要時間短縮は約30分程度となり、さらにチューリッヒ側のツィンメルベルクベーストンネルと、イタリア国境に近いチェネリベーストンネルが開通すれば、所要時間は1時間程度の短縮になる。チューリッヒ~ミラノ間は約2時間半で結ばれる予定だ。

このゴッダルドベーストンネルはスイス国内向けというよりも、スイスを通過する周辺国の南北ヨーロッパを結ぶ重要ルートだ。

スイスはヨーロッパの中央に位置し、フランス、ドイツ、リヒテンシュタイン、オーストリア、イタリアに囲まれた国だ。国土の南側、イタリア国境はアルプス山脈だ。スイスにはアルプス山脈を越える峠がいくつかあり、古来、商人や軍隊などが通っていった。観光立国スイスは物流や交流の要所でもあった。スイスを通過する旅人たちに宿や食事を提供する産業が栄えた。

しかし、移動ルートは徒歩、馬、鉄道へと移り変わり、自動車道の整備と高性能大型トラックの開発により、トラックの交通量が増え続けた。スピードは上がり、自国には縁のない荷物が通過するだけになった。観光立国スイスとしては、自動車の排気ガスをいただくだけの国になった。そこで鉄道の再活用に注目した。アルプスを貫くトンネルを掘り抜き、カートレインの利用を促す一方で、トラックの通行を制限し、スイス国内を通過する3.5トン以上のトラックから走行距離に応じた税金を課した。

さらに、アルプス越えのトラック輸送を鉄道に移行させるため、アルプスの道路建設を中止し、トラックの通行数を制限する目標を定めた交通移行法を国民投票で可決した。この目標を達成しつつ、鉄道による物流の総量を増やすためには、鉄道トンネルの整備と高速化が不可欠となった。そこで、アルプス越えの南北方向に新しいトンネルを4本整備する計画を実行した。この計画は「アルプトランジット」という。

開業式典にはスイスのシュナイダー・アマン大統領と政府関係者のほか、フランスのオランド大統領、ドイツのメルケル首相、イタリアのマッテオ・レンツィ首相も列席した。ゴッタルドベーストンネルの重要性を示す顔ぶれだ。各国首相から祝賀スピーチが行われ、あわせて、17年間の難工事で殉職した9人への追悼も行われた。

要人のスピーチと殉職者の追悼までは日本でも厳粛に催行される。しかし、ゴッダルドベーストンネルはここから盛大な舞踏セレモニーが行われた。大勢の作業員が行進した後、ほぼ下着姿の男女が大型貨車の上で踊り、山の神や妖精たちが乱舞する。解説がないため詳細は不明だけど、ゴッタルド峠の歴史、大自然に対する畏敬の念と克服した人々、トンネル開通に尽力した労いと犠牲者への鎮魂を表現しているようだ。その様子の動画がYouTubeで公開されている。

日本のテレビニュースでは、トンネルを通過する列車と要人のスピーチの紹介にとどまっていたようだけど、このセレモニーの異様な雰囲気を見れば、このトンネルがスイス、いやヨーロッパにとって、歴史の上でもいかに重要か、さらに理解が深まりそうだ。