【連載】

読む鉄道、観る鉄道

66 『ひたちなか海浜鉄道スリーナイン』役者も観客も感動も気動車の中

 
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列車や駅を舞台とした映画はたくさんある。舞台演劇もきっとあるだろう。しかし、この作品は列車そのものが舞台であり、観客席である。役者も観客もひたちなか海浜鉄道の気動車に乗り、通常のダイヤで列車が走る。その車内で上演される演劇だ。乗客たちは列車の中で2組の男女に注目し、物語に溶け込んでいく。優しさとせつなさが車窓と同じ速度で流れ、心に響く。臨場感あふれる物語となる。終着駅で幕が下りるとき、列車が停まっても、心は感動で震え続けていた。

『ひたちなか海浜鉄道スリーナイン』公演パンフレット

『ひたちなか海浜鉄道スリーナイン』は、東京都墨田区を拠点に全国で活動する劇団「シアターキューブリック」が手がける演劇作品だ。同劇団は「まち れきし あそび!」をスローガンとし、各地で「歴史モノ、戦国エンターテインメントの舞台」を繰り広げる。

その活動のひとつに「ローカル鉄道演劇」がある。作品名は『○○鉄道スリーナイン』となっていて、「○○」には上演する鉄道名が入る。物語はもちろん、その鉄道の沿線風景や、地元なら誰でも知っている物事を織り込む。小道具に沿線の商店のお菓子があったりして、登場人物が生まれたときからの住人のようにも感じられる。「スリーナイン」は「鉄道を舞台としたファンタジー」として、銀河鉄道を舞台としたあの作品をリスペクトしたものだろう。

ローカル鉄道演劇のシリーズ初舞台は2004年の『エノデン・スリーナイン』だ。ただし江ノ電ではなく、東京・中野の小劇場で上演された。そのとき、劇団は思いついてしまった。「本物の列車の中でやりたい」と。列車そのものを舞台にして、役者も観客も列車で移動する。そんな舞台は作れないか。

その願いは2007年の『銚電(銚子電鉄)スリーナイン』でかなえられ、好評だったため、翌年に『銚電スリーナイン ~さようなら、イワシ号~』を上演した。2014年は『樽見鉄道スリーナイン』、2015年は『ことでん(高松琴平電気鉄道)スリーナイン』と『ひたちなか海浜鉄道スリーナイン』の2本を手がけた。

私が観劇し、今回紹介する舞台(列車)は、2015年11月に上演された『ひたちなか海浜鉄道スリーナイン』だ。当連載では異例の舞台演劇紹介となる。これまでは映画や小説をおもに紹介してきた。その理由は、小説なら書店や図書館で、映画は配信やレンタルビデオで読者も体験できるから。

舞台演劇は公演が終わるとそれっきりだ。紹介した甲斐がない。だが『ひたちなか海浜鉄道スリーナイン』は、昨年の公演が好評だったため、3月26・27日と4月2・3日に再演が決まった。劇場はもちろん、茨城県のひたちなか海浜鉄道である。作・演出の緑川憲仁氏によると、物語はほぼ同じだが、前作の季節は秋、今作は春の公演となるため、季節に合わせた衣装になるなど、少し変更があるかもしれないという。

前作を見逃した人にはチャンスだし、前作を観た人も、物語の結末を知っていると、冒頭の登場人物の気持ちが理解できるから、新たな感動を得られそうだ。

始発駅から佇む少女、故郷へ帰った男

ひたちなか海浜鉄道湊線。かつて茨城交通湊線といった。主人公の勝太は茨城交通時代に務めていた。久しぶりに故郷に帰り、懐かしく思いつつディーゼルカーに乗り込む。そこには、すでに少女が座り、地元の名物の干し芋を食べている。やがて他の乗客も乗り込み、座席がすべて埋まった。車掌がきっぷを確認する。

勝太のきっぷはやや大きい。それを見た車掌は「あなたはカツヒコです。この列車内では」と告げる。勝太は承知する。彼には正体を隠す理由があるようだ。干し芋の少女・美波はそのやりとりの後、車掌に同じきっぷを見せようとする。しかし車掌は見ようとしない。そして、すべての乗客に告げた。

「この列車は、途中の停車駅で異なる次元と交わることがあります。お気を付けください……」

列車が走り出す。途中の駅でひとりの女・遙佳が乗ってきた。遙佳はカツヒコを凝視する。勝太も遙佳の視線に気づく。束の間、見つめ合うふたり。カツヒコは言い訳をするように、「僕は"初めて"この鉄道に乗りました」と挨拶する。遙佳は「すみません、知り合いに似ていたもので」と返した。

遙佳はカツヒコに沿線の風景を紹介する。カツヒコと遙佳の会話が弾む。その様子を心配そうにうかがう美波。そこに遙佳の知り合いという若い男が乗ってくる。列車の動きに合わせるように、男女4人の心も揺れ動く……。

通常の列車に舞台を「増結」。列車ダイヤ通りに進行する物語

舞台となる列車は特別なダイヤではない。定期運行の列車に、舞台専用の車両を増結する。だから運行時間は実際のダイヤ通りだ。終点の阿字ヶ浦駅まで約30分。往路を前半、復路を後半として物語が進行する。

往路と復路の間、つまり「幕間」が約2時間あって、観客たちには任意で観光を兼ねた「まちあるきツアー(有料)」に参加できる。このツアーは、阿字ヶ浦駅で降りた登場人物たちを探しにいくという趣向で、台詞に登場する風景や店などを巡る。参加すると物語の世界をもっと楽しめる。

まち歩きツアーで登場人物の思い出の地を巡る。一部は台詞に登場するため、物語を深く理解できる

劇場の舞台には上手・下手(かみて・しもて)があり、役者たちが場面に合わせて入れ替わる。舞台の裏手を通り、次の登場位置を変える演出もできる。しかし列車は密室。そこで役者たちは駅を使って場面を変える。途中から乗ってきたり、途中で降りたりする。『樽見鉄道スリーナイン』では、トンネル内で照明を落とし、場面を転換するという演出もあったという。

ひたちなか海浜鉄道はトンネルがないから奇抜な演出はない。それでも役者たちは場面に合わせて乗ったり降りたりする。その動きは本誌連載「列車ダイヤを楽しもう」の第69回「ひたちなか海浜鉄道『箱ダイヤ』で描く鉄道演劇の舞台裏」で紹介済みだ。

列車は分刻みのスケジュールで動く。演劇だからといって特別扱いはされない。したがって、物語も分刻みで「設計」されている。台詞や小道具も含め、鉄道と沿線を調べ上げないと成立しない。演技が大きくなったりアドリブを入れたりして、「時間が押して……」など許されない。演出家も役者たちも緊張しているだろう。

観客はそんな心配をよそに物語に没入できる。ただし、普段の観劇のように役者たちの表情を凝視していいものか、少し悩むだろう。鉄道で旅していると、他の客の会話が聞こえることがある。それは学生の恋の悩みだったり、年寄りの病気の不安だったりする。そこにはそれぞれのリアルなドラマがあるけれど、乗り合わせた客は関与できない。聞き耳を立てるだけだ。列車内の演劇もそんな感覚に陥る。

乗客のふりをしたほうがいいのか、観客としてじっくり見つめていいものか。なにしろ役者と観客が近いから、大きな舞台の演劇よりも迫力がある。観客が舞台の中にいるような感覚だ。360度の視界、音声、列車の揺れ。最近流行の4D上映の映画よりも臨場感がある。

私が観劇したとき、ちょうどラストシーンで雨が降った。車窓の向こう、救急車のパトライトがにじんだ。それはまったく偶然だけど、登場人物の後ろ姿に哀愁が増したようで、感極まった。車窓はいつも変わる。同じシナリオでも感動が異なる。劇場とは違う。それが鉄道演劇の面白さといえそうだ。

列車内の演劇上演はシアターキューブリックだけではなく、他の劇団も試みている。それぞれ秋田内陸縦貫鉄道や北九州モノレールで公演されたようだ。現在は『ひたちなか海浜鉄道スリーナイン』の再演が決まっているのみ。今後、あなたの近くの鉄道でも公演されるかもしれない。そのときは劇場とは異なる列車内の感動を、ぜひ体験してほしい。

ローカル鉄道演劇『ひたちなか海浜鉄道スリーナイン』に登場する鉄道風景

ひたちなか海浜鉄道 ひたちなか海浜鉄道の勝田駅は茨城県にあり、JR東日本の常磐線勝田駅に接続している。旅客駅としての開業は、ひたちなか海浜鉄道の前身である茨城交通のほうが早かった。その由来から、現在もひたちなか海浜鉄道が1番のりばになっている
勝田駅 ひたちなか海浜鉄道湊線の起点。物語の始まりの駅、物語の終わりの駅
阿字ヶ浦駅 ひたちなか海浜鉄道湊線の終点。物語の幕間の時間となる
3710形気動車 物語の舞台となる車両。ロングシートに観客も役者も座る。観客席は自由席。ただし観客用の印のある席に座る
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インデックス

連載目次
第66回 『ひたちなか海浜鉄道スリーナイン』役者も観客も感動も気動車の中
第65回 『「北斗星」乗車456回の記録』 - 忘れない、こんな列車旅があったことを
第64回 『鉄道員(ぽっぽや)』 - 高倉健が演じた「仕事の誇り」そして奇跡
第63回 『月館の殺人』 - 厳寒の北海道を行く豪華列車で事件発生!
第62回 『夢より短い旅の果て』 - 彼女が鉄道旅を始めた意外な理由とは
第61回 『ALWAYS 三丁目の夕日』 - 映画の鉄道情景に革命を起こしたVFX
第60回 『オトシモノ』 - 沢尻エリカ主演、北総鉄道・秩父鉄道がロケ地に
第59回 旅情とドラマを感じさせる写真集『世界で一番美しい駅舎』
第58回 『僕達急行 A列車で行こう』 - じわりと上がる資料価値
第57回 『RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語』 - 主役はデハニ50形!?
第56回 『終着駅~トワイライトエクスプレスの恋』 - 食堂車の厨房の仕事を観よう
第55回 『D列車で行こう』 - 廃止予定の鉄道を再生する「会社ごっこ」騒動記
第54回 「マルス」が主役『プロジェクトX 挑戦者たち 100万座席への苦闘』
第53回 初版発行から37年目の新版発売、これぞバイブル『鉄道旅行術』
第52回 鉄道の真価を知る1冊『線路はつながった 三陸鉄道復興の始発駅』
第51回 『きかんしゃトーマス 伝説の英雄』 - 日本生まれの機関車が登場
第50回 『ダージリン急行』 - アメリカ人3兄弟のインド鉄道旅行、その目的は?
第49回 『家族』 - 1970年、長崎から中標津まで3,000kmを鉄道で旅する家族
第48回 『バルカン超特急』 - 国際列車から消えた女! ヒッチコック監督の名作
第47回 『塩狩峠』 - 厳冬の鉄路で暴走客車を止めるため、彼は生命を差し出した
第46回 『釣りバカ日誌15』 - ハマちゃんと秋田美人がE3系で秋田へ
第45回 『ポーラー・エクスプレス』 - 北極点行きの機関車のモデルは実在した
第44回 『海峡』 - 青函トンネルを掘り抜いた男たちと、津軽の人々の30年
第43回 『鉄道員』 - 1950年代のイタリア、鉄道で働く男たち、そして家族
第42回 『喜劇 団体列車』 - 渥美清が四国の駅員を演じる列車シリーズ第2作
第41回 『シベリア超特急』 - 銘作であり迷作。ハリボテの客車が意外と豪華だ!
第40回 『ユーラシアの双子』 死へ向かう女、人生を降りた男、それぞれの終着駅へ
第39回 『沖縄の鉄道と旅をする』 - 沖縄鉄道史の第一人者がガイドする紀行文学
第38回 『銀河鉄道999』 - C62形・スハ43形が宇宙へ、荒唐無稽でも感動の物語
第37回 『江ノ島プリズム』 - なんと、江ノ電がタイムマシーンに!?
第36回 『萌の朱雀』 - 鉄道が来なかった山村の哀愁を描く、尾野真千子デビュー作
第35回 『暴走特急』 - 最も危険なコック、スティーブン・セガールの鉄道旅行
第34回 『百年の時計』 - ことでんとレトロ電車に感動を乗せた物語
第33回 『探偵はBARにいる』 - JR北海道721系の車内で、大泉洋のアドリブが炸裂!
第32回 『だからワタシを座らせて。通勤電車で座る技術!』 - 面白くて役に立つ!?
第31回 『大いなる驀進』 - 寝台特急「さくら」を牽引した、謎の「C62 129」
第30回 『約三十の嘘』 - ほぼ全編「トワイライトエクスプレス」で起きるコメディ
第29回 『おもひでぽろぽろ』 - スタジオジブリが描いた寝台特急「あけぼの」
第28回 『男はつらいよ 望郷篇』 - 寅さん、デゴイチの運転室から追い出される
第27回 『007 ロシアより愛をこめて』 - 庶民派時代のオリエント・エクスプレス
第26回 『東京物語』 - 小津安二郎監督がラストシーンで見せた蒸気機関車
第25回 『地下鉄に乗って』 - 路線網のように巧みな伏線が張り巡らされた物語
第24回 『黒の超特急』 - 山陽新幹線土地疑獄から始まる田宮二郎のハードボイルド
第23回 汽車旅という名の冒険『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア大陸横断2万キロ』
第22回 『奇跡』 - 九州新幹線、時速260kmの列車がすれ違うと「何か」が起きる
第21回 『阪急電車 片道15分の奇跡』 - この優しさは、きっとどの路線にもある
第20回 『新幹線をつくった男たち』 - 昭和30年代、その計画は荒唐無稽と言われた
第19回 『点と線』 - 東京駅「4分間の見通し」は日本文学らしい時刻表トリック
第18回 『交渉人 真下正義』 - 東京の地下鉄で爆弾を積んだ「クモ」走り回る!
第17回 『駅 STATION』 - 北海道・留萠本線がにぎわった頃、高倉健が残したドラマ
第16回 『ハチ公物語』 - 変わりゆく渋谷で語り継がれる珠玉のエピソード
第15回 『戦場にかける橋』 - 戦略の中の鉄道、そこにあるドラマ
第14回 『皇帝のいない八月』 - ブルトレブームの子供たちを怖がらせた陰謀物語
第13回 『カサンドラ・クロス』 - 細菌兵器に感染したヨーロッパ国際特急の運命
第12回 『旅の贈りもの 0:00発』 - ぶどう色EF58とマイテ49のミステリートレイン
第11回 『大いなる旅路』 - 脚本・新藤兼人、主演・三國連太郎で描く機関士人生
第10回 『狙った恋の落とし方。』 - 中国で"北海道ブーム"起こした婚活映画
第9回 『サブウェイ・パニック』 - 1970年代のニューヨークと地下鉄の情景を描く
第8回 『東京駅物語』 - 明治、大正、昭和…、小説に息づく東京駅と人々の生活感
第7回 『アンストッパブル』 - 実話を元にした列車暴走アクション
第6回 『相棒 season 6』 - 日本の豪華列車で起きた密室殺人事件に杉下右京が挑む
第5回 『オリエント急行殺人事件』 - 豪華個室寝台車で起きた密室殺人事件!
第4回 『大陸横断超特急』 - アメリカの鉄道旅行はハプニング満載!?
第3回 『天国と地獄』 - ビジネスマンの苦悩と"刑事魂"乗せた151系「こだま」
第2回 『新幹線大爆破』 - 「ひかり109号」を次々襲うピンチにハラハラドキドキ
第1回 『喜劇 急行列車』 - あの"寅さん"が「さくら」と共演

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