【連載】

読む鉄道、観る鉄道

65 『「北斗星」乗車456回の記録』 - 忘れない、こんな列車旅があったことを

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上野~札幌間を結んだ寝台特急「北斗星」の運行が終わった。「北斗星」を紹介する雑誌、ムックなどはいくつか出版されている。その中でも本書『「北斗星」乗車456回の記録』の魅力は、乗客として「北斗星」と運命的に出会い、乗客としてこの列車とともに歩んだ逸話である。「北斗星」とはどんな列車だったのか、著者である鈴木周作氏の豊富な経験が1冊に凝縮されている。ブームに乗った付け焼き刃の乗車体験記ではない。

寝台特急「北斗星」。青森~函館間はED79形が牽引(写真右)し、函館~札幌間ではDD51形の重連運転(同左)が行われた

データ集ではなく「バーチャル紀行」を楽しむ本

著者の鈴木周作氏はイラストレーターだ。独立する前はシステムエンジニアだった。ある日、多忙な業務から開放された鈴木氏は、人気列車「北斗星」のチケットを手に入れて、あてもなく北海道へ旅立つ。旅の目的だった「北斗星」が、やがて北海道へのスケッチ旅行の手段となった。札幌に移住後も、彼は「北斗星」に乗り続けた。打ち合わせや取材の移動手段として、動くアトリエとして、旅の行程に組み込んで……。彼の乗車記録は、いつしか「北斗星」の歴史そのものになった。

本誌連載「鉄道トリビア」でも、第27回「寝台特急『北斗星』に……344回も乗った人がいる!」、第294回「「北斗星」に456回乗った鈴木さんと「457回目の旅」をした!」の2回にわたり、そのいきさつについて紹介している。このときは鈴木氏の人柄を紹介させていただいたので、今回は著書について、この時期に改めて紹介したい。

まず題名が衝撃的だ。あの「北斗星」に456回も乗るなんて。それをすべて記録したなんて。それゆえに、本書はデータ集や豆知識集だと誤解されそうだ。「初めての北斗星」「もっとも○○だった北斗星」、1回目の記録、2回目の記録……そして456回目の記録など。しかし、本書の内容は書名から受ける印象とは違う。淡々した乗車記録ではなく、鈴木氏の思い出を散りばめた「バーチャル旅行」への誘いである。この本を読めば、いつでも「北斗星」に乗った気分に浸れる。

鈴木周作氏の著書『「北斗星」乗車456回の記録』(小学館新書)と、鈴木氏のイラストが入ったえちぜん鉄道の時刻表

情報も思い出もたっぶりと

本書の構成は、第1章「上野駅13番線」、第2章「上野~黒磯」、第3章「黒磯~松島」……と続き、第6章の「函館~札幌」で終わる。つまり、上野発札幌行の「北斗星」の上野駅入線から札幌駅到着までの乗車体験を紹介していく。読者は「北斗星」を知り尽くした著者のガイド付きという贅沢な旅行を疑似体験できる。その中には、「乗車前に食料や飲み物を確保しましょう」とか、「最後尾車両から北斗星同士のすれ違いを眺めましょう」など、夜行列車の旅のアドバイスもふんだんに盛り込まれた。

区間ごとの景色、機関車交換や通過駅の紹介も詳しく、下り「北斗星」に起きるイベントを余すところなく伝えている。ロビーで休憩、個室は真っ暗にして星を眺められる……など、車両設備や乗り心地も、実際に何度も乗車し、すべての設備を体験した鈴木氏でなければ語れない。同じB寝台個室「ソロ」でも、製造年や所属会社によって鍵の仕様が違うなど、一度乗っただけでは気づかない知識も楽しい。「北斗星」に乗った経験がある人なら、思い出を共有できるだろう。「北斗星」に乗れなかった人は、本書を読むことで、「北斗星」に乗った気分になるはずだ。

その疑似体験に重なるように、鈴木氏の旅の思い出も語られる。「夢空間北斗星」や「北斗星小樽号」など、珍しい列車の体験もある。いわば常連となった鈴木氏は、「北斗星」の車掌や、食堂車のアテンダントたちとも顔見知りになる。お互いにプライベートには踏み込まず、「北斗星」という場だけの出会いと別れが繰り返される。その中で、鈴木氏は彼らの仕事への真摯な取り組みや、「北斗星」への思いを感じ取っていく。

その中でも印象的な場面は、東日本大震災直前の列車と、運行再開の初列車の思い出だ。札幌に住む人々にとって、東京行の列車が消えたという虚しさ。物資が整わない中で、乗客へのサービスに苦心する食堂車のアテンダント。被災地を通過する景色への思い。その文章は、鈴木氏の本業の水彩画のように、優しい筆遣いで描かれている。

「実用的な夜行列車」を後世に伝えたい

本書は2015年2月に出版された。当時は「北斗星」が定期列車での運行を終える直前で、ネットやテレビなどのメディアにも多く紹介された。8月まで運行される臨時列車に乗る人に向けた車窓解説、初めて「北斗星」に乗る人向けのガイドブックとして便利な本だった。「鉄道トリビア」でも、鈴木氏の人柄を紹介する中で出版をお伝えしている。

しかし、本書そのものの紹介は当時ではなく、臨時列車の運行も終えた後のこの時期を選んだ。その理由は、本書の「資料的価値」に注目したからだ。寝台特急「北斗星」の始まりから終わりまでを克明に記した本書の価値は、これから乗る人向けの指南書だけではない。「北斗星」にとどまらず、寝台特急とは何か? というテーマも掲げているように感じた。

鈴木氏が「北斗星」に乗り続けた理由は「好きだから」だけではない。彼にとって「実用的」だったからだ。「食堂車」も含めて、実用的な旅の手段の完成形が「北斗星」だった。

青函トンネルは来年春から新幹線が走るようになり、夜行列車の急行「はまなす」、寝台特急「カシオペア」も運転取りやめが発表された。東京駅から山陰・四国方面へ向かう寝台特急「サンライズ出雲・瀬戸」も、今後、車両を更新してまで走り続けるかどうか……。その一方で、豪華クルーズトレインのデビューが続く。しかしクルーズトレインはレジャーのための列車だ。「目的地へ向かう時間を有効活用する」という意味では実用的ではない。同じ夜行列車でも、寝台特急とクルーズトレインでは存在意義が違う。

「北斗星」が廃止されたいま、本書は「思い出語りの本」だろうか? 筆者は違うと思う。これから先、「北斗星」を知らない若い世代が大人になり、鉄道会社に勤めて、列車を企画する立場になったとき、再び「実用的な夜行列車」が必要になるかもしれない。そのときに「北斗星とはどんな列車だったか」を疑似体験してもらいたい。本書は郷愁から生まれた理想論よりも説得力がある。

「北斗星」の運行は終了したけれど、本書には未来がある。1988年3月13日から2015年8月22日まで、27年以上も走り続けた「北斗星」の真実の記録として、これからも役目を果たしていくだろう。

『「北斗星」乗車456回の記録』で語られる列車・車両など

寝台特急「北斗星」 1988年3月13日から運行開始。2015年8月22日の札幌発の列車を持って運行終了
寝台特急「北陸」 鈴木氏が「北斗星」と組み合わせて福井へ。「北陸」は2010年3月13日運行終了
寝台特急「サンライズ出雲・瀬戸」 鈴木氏が大阪駅から上り列車に乗り、「北斗星」と組み合わせて札幌へ帰る
寝台特急「さくら」 鈴木氏が「北斗星」と組み合わせて長崎へ
寝台特急「あかつき」 鈴木氏が「北斗星」・東海道新幹線と組み合わせて長崎へ
寝台特急「はやぶさ」 鈴木氏が「北斗星」と組み合わせて博多へ
寝台特急「富士・はやぶさ」 鈴木氏が「北斗星」と組み合わせて広島へ
黒磯訓練 「北斗星」の客車を使った試運転列車
急行「はまなす」 定期運転を行う最後の夜行急行列車
寝台特急「カシオペア」 「北斗星」とすれ違う
寝台特急「あさかぜ3号」 鈴木氏が初めて乗ったブルートレイン
寝台特急「出雲1号」 鈴木氏が初めて利用した食堂車
オハニ36形製造番号7 鈴木氏が山陰本線で乗った旧型客車。現在は大井川鐵道で保存
寝台特急「瀬戸」 ラウンジ車両にパンタグラフが付いていた
寝台特急「富士」 食堂車がバイキング方式だった
寝台特急「北斗星トマムスキー号」 根室本線新得駅まで延長運転した列車
寝台特急「北斗星小樽号」 札幌駅から小樽駅まで延長運転した列車
寝台特急「北斗星ニセコスキー号」 小樽駅から札幌駅まで延長運転した列車
寝台特急「夢空間北斗星」 豪華客車「夢空間」を連結した列車
寝台特急「トワイライトエクスプレス」 大阪と札幌を結んだ寝台特急。鈴木氏が福井出張のときに乗ってみたという
十和田観光電鉄 鈴木氏がモハ3401形のイラストを描き、ポストカードとして販売された
南部縦貫鉄道 鈴木氏の思い出のレールバス
えちぜん鉄道 鈴木氏の現在のイラストワークのテーマ
EF81形 「北斗星」を牽引した機関車。その最終運用日に鈴木氏は乗車していた
EF510形 「北斗星」の新型牽引機関車。青い車体は「北斗星の完成形」
ED79形 「北斗星」の牽引機関車。青函トンネル専用機
DD51形 「北斗星」の牽引機関車。北海道内専用。重連の理由が語られる
「SLはこだてクリスマスファンタジー号」 運良く(?)「北斗星」の車窓に現れた
赤井川駅・姫川駅 函館本線。鈴木氏がイラストの素材としても気になっている駅

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インデックス

連載目次
第66回 『ひたちなか海浜鉄道スリーナイン』役者も観客も感動も気動車の中
第65回 『「北斗星」乗車456回の記録』 - 忘れない、こんな列車旅があったことを
第64回 『鉄道員(ぽっぽや)』 - 高倉健が演じた「仕事の誇り」そして奇跡
第63回 『月館の殺人』 - 厳寒の北海道を行く豪華列車で事件発生!
第62回 『夢より短い旅の果て』 - 彼女が鉄道旅を始めた意外な理由とは
第61回 『ALWAYS 三丁目の夕日』 - 映画の鉄道情景に革命を起こしたVFX
第60回 『オトシモノ』 - 沢尻エリカ主演、北総鉄道・秩父鉄道がロケ地に
第59回 旅情とドラマを感じさせる写真集『世界で一番美しい駅舎』
第58回 『僕達急行 A列車で行こう』 - じわりと上がる資料価値
第57回 『RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語』 - 主役はデハニ50形!?
第56回 『終着駅~トワイライトエクスプレスの恋』 - 食堂車の厨房の仕事を観よう
第55回 『D列車で行こう』 - 廃止予定の鉄道を再生する「会社ごっこ」騒動記
第54回 「マルス」が主役『プロジェクトX 挑戦者たち 100万座席への苦闘』
第53回 初版発行から37年目の新版発売、これぞバイブル『鉄道旅行術』
第52回 鉄道の真価を知る1冊『線路はつながった 三陸鉄道復興の始発駅』
第51回 『きかんしゃトーマス 伝説の英雄』 - 日本生まれの機関車が登場
第50回 『ダージリン急行』 - アメリカ人3兄弟のインド鉄道旅行、その目的は?
第49回 『家族』 - 1970年、長崎から中標津まで3,000kmを鉄道で旅する家族
第48回 『バルカン超特急』 - 国際列車から消えた女! ヒッチコック監督の名作
第47回 『塩狩峠』 - 厳冬の鉄路で暴走客車を止めるため、彼は生命を差し出した
第46回 『釣りバカ日誌15』 - ハマちゃんと秋田美人がE3系で秋田へ
第45回 『ポーラー・エクスプレス』 - 北極点行きの機関車のモデルは実在した
第44回 『海峡』 - 青函トンネルを掘り抜いた男たちと、津軽の人々の30年
第43回 『鉄道員』 - 1950年代のイタリア、鉄道で働く男たち、そして家族
第42回 『喜劇 団体列車』 - 渥美清が四国の駅員を演じる列車シリーズ第2作
第41回 『シベリア超特急』 - 銘作であり迷作。ハリボテの客車が意外と豪華だ!
第40回 『ユーラシアの双子』 死へ向かう女、人生を降りた男、それぞれの終着駅へ
第39回 『沖縄の鉄道と旅をする』 - 沖縄鉄道史の第一人者がガイドする紀行文学
第38回 『銀河鉄道999』 - C62形・スハ43形が宇宙へ、荒唐無稽でも感動の物語
第37回 『江ノ島プリズム』 - なんと、江ノ電がタイムマシーンに!?
第36回 『萌の朱雀』 - 鉄道が来なかった山村の哀愁を描く、尾野真千子デビュー作
第35回 『暴走特急』 - 最も危険なコック、スティーブン・セガールの鉄道旅行
第34回 『百年の時計』 - ことでんとレトロ電車に感動を乗せた物語
第33回 『探偵はBARにいる』 - JR北海道721系の車内で、大泉洋のアドリブが炸裂!
第32回 『だからワタシを座らせて。通勤電車で座る技術!』 - 面白くて役に立つ!?
第31回 『大いなる驀進』 - 寝台特急「さくら」を牽引した、謎の「C62 129」
第30回 『約三十の嘘』 - ほぼ全編「トワイライトエクスプレス」で起きるコメディ
第29回 『おもひでぽろぽろ』 - スタジオジブリが描いた寝台特急「あけぼの」
第28回 『男はつらいよ 望郷篇』 - 寅さん、デゴイチの運転室から追い出される
第27回 『007 ロシアより愛をこめて』 - 庶民派時代のオリエント・エクスプレス
第26回 『東京物語』 - 小津安二郎監督がラストシーンで見せた蒸気機関車
第25回 『地下鉄に乗って』 - 路線網のように巧みな伏線が張り巡らされた物語
第24回 『黒の超特急』 - 山陽新幹線土地疑獄から始まる田宮二郎のハードボイルド
第23回 汽車旅という名の冒険『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア大陸横断2万キロ』
第22回 『奇跡』 - 九州新幹線、時速260kmの列車がすれ違うと「何か」が起きる
第21回 『阪急電車 片道15分の奇跡』 - この優しさは、きっとどの路線にもある
第20回 『新幹線をつくった男たち』 - 昭和30年代、その計画は荒唐無稽と言われた
第19回 『点と線』 - 東京駅「4分間の見通し」は日本文学らしい時刻表トリック
第18回 『交渉人 真下正義』 - 東京の地下鉄で爆弾を積んだ「クモ」走り回る!
第17回 『駅 STATION』 - 北海道・留萠本線がにぎわった頃、高倉健が残したドラマ
第16回 『ハチ公物語』 - 変わりゆく渋谷で語り継がれる珠玉のエピソード
第15回 『戦場にかける橋』 - 戦略の中の鉄道、そこにあるドラマ
第14回 『皇帝のいない八月』 - ブルトレブームの子供たちを怖がらせた陰謀物語
第13回 『カサンドラ・クロス』 - 細菌兵器に感染したヨーロッパ国際特急の運命
第12回 『旅の贈りもの 0:00発』 - ぶどう色EF58とマイテ49のミステリートレイン
第11回 『大いなる旅路』 - 脚本・新藤兼人、主演・三國連太郎で描く機関士人生
第10回 『狙った恋の落とし方。』 - 中国で"北海道ブーム"起こした婚活映画
第9回 『サブウェイ・パニック』 - 1970年代のニューヨークと地下鉄の情景を描く
第8回 『東京駅物語』 - 明治、大正、昭和…、小説に息づく東京駅と人々の生活感
第7回 『アンストッパブル』 - 実話を元にした列車暴走アクション
第6回 『相棒 season 6』 - 日本の豪華列車で起きた密室殺人事件に杉下右京が挑む
第5回 『オリエント急行殺人事件』 - 豪華個室寝台車で起きた密室殺人事件!
第4回 『大陸横断超特急』 - アメリカの鉄道旅行はハプニング満載!?
第3回 『天国と地獄』 - ビジネスマンの苦悩と"刑事魂"乗せた151系「こだま」
第2回 『新幹線大爆破』 - 「ひかり109号」を次々襲うピンチにハラハラドキドキ
第1回 『喜劇 急行列車』 - あの"寅さん"が「さくら」と共演

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