誰にでも一度は転機が訪れる。親からの独立、就職、転職、恋愛、結婚など……。若いころは転機をつかみ、新たな人生に挑戦する意欲も大きい。しかし年齢を重ねると、変わりたいという欲望より、現状を維持したい気持ちが強くなる。主人公は40代後半だ。動くか、動かざるべきか、その境目の時期かもしれない。

地方鉄道への転職で人生が変わる!?(写真はイメージ)

『RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語』は、錦織良成監督の「島根三部作」の集大成として、『BATADEN』のタイトルで制作を開始している。風景のインサートは、その地域に住む監督だからこそ撮れる美しい映像だ。一畑電車や沿線自治体の全面的な協力で、郷土愛にあふれる作品となっている。

『BATADEN』は映像制作会社ROBOTが参加して『RAILWAYS』となった。ROBOTは『踊る大捜査線』など、数々の作品を制作した会社だ。2005年に『ALWAYS 三丁目の夕日』がヒットし、続編も作られた。『RAILWAYS』のタイトルは、『ALWAYS』の語感に似ており、『RAILWAYS』シリーズ化を念頭に置いているだろう。本作が公開された2010年の翌年に、シリーズ第2作『RAILWAYS 愛を伝えられない大人たちへ』が制作されている。

母の病、親友の死、そこで立ち止まり人生を考える

筒井肇(中井貴一)49歳。東京の大手電機メーカー本社勤務。妻の由紀子(高島礼子)は趣味が昂じてハーブの店を開く。大学生の娘、倖(本仮屋ユイカ)は就職活動中。妻は新たな人生を始め、娘は人生の選択に迷っている。しかし、夫であり父である肇は、自分の人生に疑いを持たなかった。昇進の約束と引き替えにリストラを一任され、親友の川平が工場長を勤める拠点を閉鎖する。冷酷な仕事ぶりに見えて、じつは親友を本社に引き上げようとする優しい一面もあった。

そんな中、故郷・島根に住む母、絹代(奈良岡朋子)が倒れた。仕事があるからと翌日に出発しようとする肇。その姿に倖は、「家族より大事な仕事があるの?」と問い詰める。絹代の意識が戻り、肇は安心する。そこに悲しい知らせが届く。親友の工場長、川平が交通事故で亡くなったという。川平の生前の言葉、医者から告げられた母の病名が肇の心を揺さぶった。

実家でのひととき。アルバムを見た肇は、電車好きだった子供時代を思い出す。「電車の運転士になりたかったんだ」、父の意外な一面を知って、倖は温かい気持ちになる。しかし、次の一言で仰天した。

「年齢の条件は20歳以上、それだけ」、肇の手には、一畑電車の運転士募集広告があった。

一流企業に勤務し、さらなる昇進も約束された。そんな中年男が人生を見つめ直す。自分は本当にやりたいことをしているか。その答えは、故郷の地方鉄道への転職だった。人生を鉄路に例えるなら、幹線をばく進してきた男が、自ら転轍機を動かしてローカル線に入っていく。そして、「自分らしい人生」と「家族の絆」を取り戻していく。美しい風景、心にしみこむような物語に感動するだけではなく、家族愛や人生について考えさせられる。

一畑電車デハニ50形引退の花道、京王電鉄研修センターも必見

最初に登場する電車は意外にも東海道新幹線N700系。肇の勤務先の窓の下を走り、工場閉鎖のために出張する車内も登場する。N700系は肇の仕事人間ぶりを暗示する存在だ。故郷に帰る場面では、寝台特急「サンライズ出雲」が登場。翌日の飛行機ではなく、今夜から出雲市へ、という状況にぴったりだ。

舞台を島根に移してからは、「バタデン」こと一畑電車が大活躍。一畑電車は出雲市から宍道湖の北側を経由して松江市に至る北松江線と、途中の川跡駅から出雲大社前駅までを結ぶ大社線を運営するローカル私鉄だ。主力車両は、元京王電鉄の2100系と5000系、元南海電鉄の3000系。これらの車両の出自は劇中でも紹介される。

そして本作品では、1928(昭和3)年製造の旧型電車「デハニ52」「デハニ53」が大活躍する。晩年はお座敷電車に改造された車両で、現役を引退したばかり。それを撮影のために、製造当時のロングシートに改造して使用したという。この電車の存在は、肇の子供の頃の夢をつなぐ意味がある。また、肇がこの電車を運転するとき、そのいたわりは老いた母への想いに通じる。

この他、肇が運転士になるための研修を受ける場所として、京王電鉄の「京王研修センター」と京王電鉄本線が登場する。鉄道乗務員の研修所の映像は珍しい。一畑電車の車両工場とともに、資料性の高い場面である。

※写真は本文とは関係ありません。

映画『RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語』に登場する鉄道風景

N700系 東海道・山陽新幹線の新型車両。座席の足もとにコンセントがあり、肇も車内でノートパソコンを使用している。走行シーンは大崎駅付近からの俯瞰撮影
285系 東京駅と出雲市駅を結ぶ寝台特急「サンライズ出雲」。出雲市駅で肇と倖が降りる。同じ車両ではないところが、いかにも急いできっぷを手配した様子を表している
キハ126系 JR西日本の山陰本線で運用。「サンライズ出雲」の出雲市駅到着シーンで285系と並ぶ
一畑電車 一畑電鉄グループの鉄道事業会社。鉄道事業のみを指す場合は「一畑電車株式会社」が正式名称
デハニ52・デハニ53 一畑電車の最古参。乗降扉が手動で、ワンマン運転にも対応していないため、もう1人の運転士が後部車両に車掌として乗務する。この運用方式が物語で重要な場面につながる。現在は現役を退き、雲州平田駅構内で動態保存されている。本線とは隔離された専用線路で運転体験ができる
2100系 一畑電車の主力。運転台横の曲面ガラスが特徴。元は京王電鉄5000系電車。ただし京王電鉄と一畑電車は軌間が異なるため、台車は営団地下鉄の電車から流用していると劇中で紹介されている
3000系 こちらも一畑電車の主力。前面二枚窓の湘南形スタイルが特徴。元は南海電鉄の21000系電車
5000系(一畑電車) 元京王5000系。2100系との違いは外観の塗装と室内に設置されたクロスシート。走行シーンはなく、車庫などの背景に映る
京王研修センター 八王子市平山にある実在の鉄道員養成施設。京王電鉄の資料館もある。ただし、基本的に非公開。同センターで保存されていた車両は、多摩動物公園駅に隣接する京王れーるランドに移され、公開されている
5000系(京王電鉄) オリジナルの京王5000系も、研修センター内の場面で出演する。この車両は京王れーるランドで一般公開されている
7000系 京王電鉄の通勤電車。主人公が点検の研修試験を受けたり、見習い運転士として乗務したりする
E217系 横須賀線の主力車両。主人公が勤務する会社の窓から見下ろす風景で登場。夜景の場面で新幹線と併走する
伊野灘駅 主人公の実家の最寄り駅
雲州平田駅 一畑電車の拠点駅。乗務員控え室や電車の修理工場の場面がある
一畑口駅 劇中のある事件やラストシーンなど重要な場面に登場。電車が折り返し、運転士も移動する。しかし乗客は乗ったまま。ここで違和感があるかもしれない。この駅はスイッチバック構造となっている
出雲大社前駅 肇が初めて一畑電車を運転した終着駅。ここから徒歩7分で出雲大社。ただし劇中に出雲大社は登場しない
川跡駅 大社線と北松江線の分岐駅。ホームに新旧の電車が並ぶ場面