【連載】

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34 『百年の時計』 - ことでんとレトロ電車に感動を乗せた物語

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「こんぴらさま」こと金刀比羅宮への観光路線でもある高松琴平電気鉄道、愛称は「ことでん」。昨年、鉄道開通100周年を迎えた。その記念事業として制作された映画が『百年の時計』だ。前半、ことでんの電車たちの登場は控えめだが、後半はレトロ電車が大活躍。創業以来、大切に整備された現役の電車が、回想シーンと現代を走る。レトロ電車は同作品の重要なキャストだ。「いま」「ことでん」だからこそ成立した作品といえる。

ことでんのレトロ車両にふさわしい物語

仏生山車両工場も登場する

この作品は2012年に香川県で先行公開された。その後、今年5月25日より、東京都、神奈川県、群馬県、石川県、岐阜県、福井県、広島県、福岡県、長崎県で上映されている。6月以降も全国40館以上で公開が決まっているという。

創作の原点「百年の時計」の持ち主を探して……

高松市美術館の学芸員、神高涼香(木南晴夏)は、高松出身の現代アートの巨匠、安藤行人(ミッキー・カーチス)の回顧展の約束を取りつけた。しかも新作を発表できる。安藤に心酔する涼香にとって、粘り強い交渉の成果だった。しかし、いったんは企画を了承し、約50年ぶりに高松に戻った安藤は、新作への意欲を失っていた。自らも過去の栄光にすがりつつ、その過去の栄光を金にしようとする人々との付き合いに疲れはてていた。

「お前もそんな奴らのひとりだろう」と安藤に厳しい言葉を浴びせられた涼香は、悔しさのあまり回顧展の中止を決断する。そのとき、安藤は古い懐中時計を見せた。「俺が故郷を捨てるとき、電車の中で見知らぬ女が時計をくれた。その女を探してほしい」と。この時計こそ、安藤の創作意欲の原点らしい。

時計の持ち主に会えたら、安藤の創作意欲を取り戻せるかもしれない。涼香は安藤を連れ回し、女性を探し始める。家族や恋人、テレビ局など、周囲の人々を巻き込んでいく中で、次第に明らかになる時計の秘密。それは安藤のせつない初恋だった。その思い出が新作の意欲へと導かれる。さて、安藤は新作を作れるか。思い出の女性に会えるか……。

レトロ電車から京急出身の車両まで「ことでん」大活躍

『百年の時計』の「百年」とは、100年前に作られ、いまも時を刻み続ける時計と、100年前に開業し、現在も人々の生活の足として活躍することでんをかけている。

劇場で販売される瓦せんべいを買うと、前売り券のおまけ「ことでん記念グッズ」がプレゼントされるという。レトロ車両の紹介が詳しい「公式ガイドブック」は必見!

「ことでん」こと高松琴平電気鉄道が発足したのは1943(昭和18)年。琴平電鉄、高松電気軌道、讃岐電鉄の統合によるもので、それぞれ現在の琴平線、長尾線、志度線である。「ことでん100周年」とは、これら3路線のうち、最も早く開業した志度線に由来する。讃岐電鉄の前身、東讃電気軌道により、現在の志度線の一部区間が開業したのが1911(明治44)年。2011年で100周年だったというわけだ。

同作品の回想シーンや、物語の後半で活躍するレトロ電車は、ことでんの名物のひとつ。レトロ電車は4両が走行可能な状態で保存されており、うち2両は1926(大正15)年製、1両は1928(昭和3)年製の自社発注車両。残る1両は1925(大正14)年製で、近鉄からの譲渡車である。現在も琴平線を中心に運行されており、誰でも乗車できる。運転室に近年の保安対策機器が取り付けられているとのことだが、それ以外は当時の面影を残している。おかげで安藤の回顧シーンでは、戦前の風景がリアルに再現されていた。

現代のシーンでもことでんが登場する。元京浜急行や元名古屋市交通局の電車たちだ。涼香の幼なじみ、溝渕健治(鈴木裕樹)はことでんの運転士。長尾線の井戸駅で、遅刻しそうな涼香に呼び止められ、渋々発車を待つなどのシーンもある。安藤を探し、片原町のアーケードをさまよう涼香の背景にもことでんの電車が。ただし前半、ことでんが登場するのはこの程度。電車は街の背景のひとつにすぎず、物語は登場人物たちを中心に展開される。

ところが、「百年の時計」が鉄道時計であり、乗務員が携帯していたとわかると、ここから物語は本格的にことでんとつながっていく。琴平線の仏生山工場を訪問するなど、鉄道ファンへのサービスカット(?)もある。そして後半、ことでんのレトロ電車たちが大活躍。安藤の「アート」ともリンクし、車内や走行シーンがふんだんに登場する。

現代アートの巨匠、安藤が発表した作品に込められたのは、「時計」への思いだけではなかった。そこに込められたのは、ことでんの電車が乗せた人々の思いだった。100年間も走り続ける電車を舞台に展開されてきた、出会い、別れ、恋、喜び、悲しみ……。

この映画は、「鉄道が地域とともに走る意味」を静かに語っている。劇場を出た後、場面のひとつひとつを思い出して感動に浸った。

映画『百年の時計』に登場する鉄道風景

600形・700形 元名古屋市営地下鉄名城線の電車。長尾線は車体下部が緑色。琴平線は車体下部が黄色、志度線は車体下部が桃色
1070形・1080形・1200形・1300形 元京浜急行電鉄電鉄の車両。現代の場面で、走行シーンや仏生山車両工場で整備中の車両が映る
3000形300号 レトロ車両のひとつ。車体すべてが茶色塗装。劇中では4両のレトロ車両の中で最も登場回数が多い。なんとCGアニメーション場面もある
5000形500号 レトロ車両のひとつ。3000形300号と連結しているため、こちらも登場回数が多い
高松琴平電鉄本社 安藤と涼香が企画協力を依頼する
仏生山車両工場 琴平線仏生山駅に隣接する。時計を探す2人が訪れる
琴電琴平駅 物語の後半で、安藤の作品となったレトロ電車が出発する
井戸駅 長尾線の駅。神高涼香の自宅の最寄り駅
一宮駅 琴平線の駅。レトロ電車が到着する
ウエディング ガーデン シェル エ メール 宇多津町にある結婚式場。安藤と涼香が乗車し、健治が運転するレトロ電車の終着駅のロケ地。この駅だけは実在しない

(c)さぬき地産映画製作委員会/真鍋康正 小松尭 大久保一彦 金子修介 金丸雄一

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インデックス

連載目次
第66回 『ひたちなか海浜鉄道スリーナイン』役者も観客も感動も気動車の中
第65回 『「北斗星」乗車456回の記録』 - 忘れない、こんな列車旅があったことを
第64回 『鉄道員(ぽっぽや)』 - 高倉健が演じた「仕事の誇り」そして奇跡
第63回 『月館の殺人』 - 厳寒の北海道を行く豪華列車で事件発生!
第62回 『夢より短い旅の果て』 - 彼女が鉄道旅を始めた意外な理由とは
第61回 『ALWAYS 三丁目の夕日』 - 映画の鉄道情景に革命を起こしたVFX
第60回 『オトシモノ』 - 沢尻エリカ主演、北総鉄道・秩父鉄道がロケ地に
第59回 旅情とドラマを感じさせる写真集『世界で一番美しい駅舎』
第58回 『僕達急行 A列車で行こう』 - じわりと上がる資料価値
第57回 『RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語』 - 主役はデハニ50形!?
第56回 『終着駅~トワイライトエクスプレスの恋』 - 食堂車の厨房の仕事を観よう
第55回 『D列車で行こう』 - 廃止予定の鉄道を再生する「会社ごっこ」騒動記
第54回 「マルス」が主役『プロジェクトX 挑戦者たち 100万座席への苦闘』
第53回 初版発行から37年目の新版発売、これぞバイブル『鉄道旅行術』
第52回 鉄道の真価を知る1冊『線路はつながった 三陸鉄道復興の始発駅』
第51回 『きかんしゃトーマス 伝説の英雄』 - 日本生まれの機関車が登場
第50回 『ダージリン急行』 - アメリカ人3兄弟のインド鉄道旅行、その目的は?
第49回 『家族』 - 1970年、長崎から中標津まで3,000kmを鉄道で旅する家族
第48回 『バルカン超特急』 - 国際列車から消えた女! ヒッチコック監督の名作
第47回 『塩狩峠』 - 厳冬の鉄路で暴走客車を止めるため、彼は生命を差し出した
第46回 『釣りバカ日誌15』 - ハマちゃんと秋田美人がE3系で秋田へ
第45回 『ポーラー・エクスプレス』 - 北極点行きの機関車のモデルは実在した
第44回 『海峡』 - 青函トンネルを掘り抜いた男たちと、津軽の人々の30年
第43回 『鉄道員』 - 1950年代のイタリア、鉄道で働く男たち、そして家族
第42回 『喜劇 団体列車』 - 渥美清が四国の駅員を演じる列車シリーズ第2作
第41回 『シベリア超特急』 - 銘作であり迷作。ハリボテの客車が意外と豪華だ!
第40回 『ユーラシアの双子』 死へ向かう女、人生を降りた男、それぞれの終着駅へ
第39回 『沖縄の鉄道と旅をする』 - 沖縄鉄道史の第一人者がガイドする紀行文学
第38回 『銀河鉄道999』 - C62形・スハ43形が宇宙へ、荒唐無稽でも感動の物語
第37回 『江ノ島プリズム』 - なんと、江ノ電がタイムマシーンに!?
第36回 『萌の朱雀』 - 鉄道が来なかった山村の哀愁を描く、尾野真千子デビュー作
第35回 『暴走特急』 - 最も危険なコック、スティーブン・セガールの鉄道旅行
第34回 『百年の時計』 - ことでんとレトロ電車に感動を乗せた物語
第33回 『探偵はBARにいる』 - JR北海道721系の車内で、大泉洋のアドリブが炸裂!
第32回 『だからワタシを座らせて。通勤電車で座る技術!』 - 面白くて役に立つ!?
第31回 『大いなる驀進』 - 寝台特急「さくら」を牽引した、謎の「C62 129」
第30回 『約三十の嘘』 - ほぼ全編「トワイライトエクスプレス」で起きるコメディ
第29回 『おもひでぽろぽろ』 - スタジオジブリが描いた寝台特急「あけぼの」
第28回 『男はつらいよ 望郷篇』 - 寅さん、デゴイチの運転室から追い出される
第27回 『007 ロシアより愛をこめて』 - 庶民派時代のオリエント・エクスプレス
第26回 『東京物語』 - 小津安二郎監督がラストシーンで見せた蒸気機関車
第25回 『地下鉄に乗って』 - 路線網のように巧みな伏線が張り巡らされた物語
第24回 『黒の超特急』 - 山陽新幹線土地疑獄から始まる田宮二郎のハードボイルド
第23回 汽車旅という名の冒険『世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア大陸横断2万キロ』
第22回 『奇跡』 - 九州新幹線、時速260kmの列車がすれ違うと「何か」が起きる
第21回 『阪急電車 片道15分の奇跡』 - この優しさは、きっとどの路線にもある
第20回 『新幹線をつくった男たち』 - 昭和30年代、その計画は荒唐無稽と言われた
第19回 『点と線』 - 東京駅「4分間の見通し」は日本文学らしい時刻表トリック
第18回 『交渉人 真下正義』 - 東京の地下鉄で爆弾を積んだ「クモ」走り回る!
第17回 『駅 STATION』 - 北海道・留萠本線がにぎわった頃、高倉健が残したドラマ
第16回 『ハチ公物語』 - 変わりゆく渋谷で語り継がれる珠玉のエピソード
第15回 『戦場にかける橋』 - 戦略の中の鉄道、そこにあるドラマ
第14回 『皇帝のいない八月』 - ブルトレブームの子供たちを怖がらせた陰謀物語
第13回 『カサンドラ・クロス』 - 細菌兵器に感染したヨーロッパ国際特急の運命
第12回 『旅の贈りもの 0:00発』 - ぶどう色EF58とマイテ49のミステリートレイン
第11回 『大いなる旅路』 - 脚本・新藤兼人、主演・三國連太郎で描く機関士人生
第10回 『狙った恋の落とし方。』 - 中国で"北海道ブーム"起こした婚活映画
第9回 『サブウェイ・パニック』 - 1970年代のニューヨークと地下鉄の情景を描く
第8回 『東京駅物語』 - 明治、大正、昭和…、小説に息づく東京駅と人々の生活感
第7回 『アンストッパブル』 - 実話を元にした列車暴走アクション
第6回 『相棒 season 6』 - 日本の豪華列車で起きた密室殺人事件に杉下右京が挑む
第5回 『オリエント急行殺人事件』 - 豪華個室寝台車で起きた密室殺人事件!
第4回 『大陸横断超特急』 - アメリカの鉄道旅行はハプニング満載!?
第3回 『天国と地獄』 - ビジネスマンの苦悩と"刑事魂"乗せた151系「こだま」
第2回 『新幹線大爆破』 - 「ひかり109号」を次々襲うピンチにハラハラドキドキ
第1回 『喜劇 急行列車』 - あの"寅さん"が「さくら」と共演

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