「こんぴらさま」こと金刀比羅宮への観光路線でもある高松琴平電気鉄道、愛称は「ことでん」。昨年、鉄道開通100周年を迎えた。その記念事業として制作された映画が『百年の時計』だ。前半、ことでんの電車たちの登場は控えめだが、後半はレトロ電車が大活躍。創業以来、大切に整備された現役の電車が、回想シーンと現代を走る。レトロ電車は同作品の重要なキャストだ。「いま」「ことでん」だからこそ成立した作品といえる。

ことでんのレトロ車両にふさわしい物語

仏生山車両工場も登場する

この作品は2012年に香川県で先行公開された。その後、今年5月25日より、東京都、神奈川県、群馬県、石川県、岐阜県、福井県、広島県、福岡県、長崎県で上映されている。6月以降も全国40館以上で公開が決まっているという。

創作の原点「百年の時計」の持ち主を探して……

高松市美術館の学芸員、神高涼香(木南晴夏)は、高松出身の現代アートの巨匠、安藤行人(ミッキー・カーチス)の回顧展の約束を取りつけた。しかも新作を発表できる。安藤に心酔する涼香にとって、粘り強い交渉の成果だった。しかし、いったんは企画を了承し、約50年ぶりに高松に戻った安藤は、新作への意欲を失っていた。自らも過去の栄光にすがりつつ、その過去の栄光を金にしようとする人々との付き合いに疲れはてていた。

「お前もそんな奴らのひとりだろう」と安藤に厳しい言葉を浴びせられた涼香は、悔しさのあまり回顧展の中止を決断する。そのとき、安藤は古い懐中時計を見せた。「俺が故郷を捨てるとき、電車の中で見知らぬ女が時計をくれた。その女を探してほしい」と。この時計こそ、安藤の創作意欲の原点らしい。

時計の持ち主に会えたら、安藤の創作意欲を取り戻せるかもしれない。涼香は安藤を連れ回し、女性を探し始める。家族や恋人、テレビ局など、周囲の人々を巻き込んでいく中で、次第に明らかになる時計の秘密。それは安藤のせつない初恋だった。その思い出が新作の意欲へと導かれる。さて、安藤は新作を作れるか。思い出の女性に会えるか……。

レトロ電車から京急出身の車両まで「ことでん」大活躍

『百年の時計』の「百年」とは、100年前に作られ、いまも時を刻み続ける時計と、100年前に開業し、現在も人々の生活の足として活躍することでんをかけている。

劇場で販売される瓦せんべいを買うと、前売り券のおまけ「ことでん記念グッズ」がプレゼントされるという。レトロ車両の紹介が詳しい「公式ガイドブック」は必見!

「ことでん」こと高松琴平電気鉄道が発足したのは1943(昭和18)年。琴平電鉄、高松電気軌道、讃岐電鉄の統合によるもので、それぞれ現在の琴平線、長尾線、志度線である。「ことでん100周年」とは、これら3路線のうち、最も早く開業した志度線に由来する。讃岐電鉄の前身、東讃電気軌道により、現在の志度線の一部区間が開業したのが1911(明治44)年。2011年で100周年だったというわけだ。

同作品の回想シーンや、物語の後半で活躍するレトロ電車は、ことでんの名物のひとつ。レトロ電車は4両が走行可能な状態で保存されており、うち2両は1926(大正15)年製、1両は1928(昭和3)年製の自社発注車両。残る1両は1925(大正14)年製で、近鉄からの譲渡車である。現在も琴平線を中心に運行されており、誰でも乗車できる。運転室に近年の保安対策機器が取り付けられているとのことだが、それ以外は当時の面影を残している。おかげで安藤の回顧シーンでは、戦前の風景がリアルに再現されていた。

現代のシーンでもことでんが登場する。元京浜急行や元名古屋市交通局の電車たちだ。涼香の幼なじみ、溝渕健治(鈴木裕樹)はことでんの運転士。長尾線の井戸駅で、遅刻しそうな涼香に呼び止められ、渋々発車を待つなどのシーンもある。安藤を探し、片原町のアーケードをさまよう涼香の背景にもことでんの電車が。ただし前半、ことでんが登場するのはこの程度。電車は街の背景のひとつにすぎず、物語は登場人物たちを中心に展開される。

ところが、「百年の時計」が鉄道時計であり、乗務員が携帯していたとわかると、ここから物語は本格的にことでんとつながっていく。琴平線の仏生山工場を訪問するなど、鉄道ファンへのサービスカット(?)もある。そして後半、ことでんのレトロ電車たちが大活躍。安藤の「アート」ともリンクし、車内や走行シーンがふんだんに登場する。

現代アートの巨匠、安藤が発表した作品に込められたのは、「時計」への思いだけではなかった。そこに込められたのは、ことでんの電車が乗せた人々の思いだった。100年間も走り続ける電車を舞台に展開されてきた、出会い、別れ、恋、喜び、悲しみ……。

この映画は、「鉄道が地域とともに走る意味」を静かに語っている。劇場を出た後、場面のひとつひとつを思い出して感動に浸った。

映画『百年の時計』に登場する鉄道風景

600形・700形 元名古屋市営地下鉄名城線の電車。長尾線は車体下部が緑色。琴平線は車体下部が黄色、志度線は車体下部が桃色
1070形・1080形・1200形・1300形 元京浜急行電鉄電鉄の車両。現代の場面で、走行シーンや仏生山車両工場で整備中の車両が映る
3000形300号 レトロ車両のひとつ。車体すべてが茶色塗装。劇中では4両のレトロ車両の中で最も登場回数が多い。なんとCGアニメーション場面もある
5000形500号 レトロ車両のひとつ。3000形300号と連結しているため、こちらも登場回数が多い
高松琴平電鉄本社 安藤と涼香が企画協力を依頼する
仏生山車両工場 琴平線仏生山駅に隣接する。時計を探す2人が訪れる
琴電琴平駅 物語の後半で、安藤の作品となったレトロ電車が出発する
井戸駅 長尾線の駅。神高涼香の自宅の最寄り駅
一宮駅 琴平線の駅。レトロ電車が到着する
ウエディング ガーデン シェル エ メール 宇多津町にある結婚式場。安藤と涼香が乗車し、健治が運転するレトロ電車の終着駅のロケ地。この駅だけは実在しない

(c)さぬき地産映画製作委員会/真鍋康正 小松尭 大久保一彦 金子修介 金丸雄一