カサンドラ・クロス』は1976年に公開された作品。東西冷戦、第2次世界大戦の傷跡、アメリカの陰謀などさまざまな要素を織り込んだ重厚な物語だ。登場する列車はジュネーブ発ストックホルム行の大陸縦断超特急だ。映像風景で当時の列車旅の雰囲気に浸れるけれど、鉄道ファンならではのツッコミどころも満載である。

ジュネーブ発、細菌まみれの国際列車

スイス・ジュネーブの国際保健機構に3人の過激派ゲリラが侵入。しかし警備員に見つかり1名は射殺され、1名は身柄を確保される。残ったひとりは窓を破って逃亡。しかし、彼は米国が極秘に開発していた細菌兵器を浴びてしまう。事態を知った当局は、逃亡者がストックホルム行の国際列車に乗ったと知り、対策を立てる。

アメリカ陸軍のマッケンジー大佐(バート・ランカスター)は、列車の行先を変更し、ポーランドのヤノフへ向かわせる。なにしろ極秘開発した細菌だ。ゲリラと、その接触者を全員隔離する必要があった。しかしその途中には、1948年に廃線となった「カサンドラ・クロス」と呼ばれる大鉄橋があった。老朽化した鉄骨の橋で、ホーランド鉄道当局は点検を実施しているというのだが……。

乗客のひとり、著名な精神科医のジョナサン・チェンバレン(リチャード・ハリス)は、列車無線でマッケンジー大佐から事実を打ち明けられる。隠された意図に気づいたジョナサンは、元妻でベストセラー作家のジェニファー(ソフィア・ローレン)、登山家のサンティニ(マーティ・シーン)、神父のハリー(O・J・シンプソン)らと協力して列車を止めようとする。その過程で、乗客たちの偽られた経歴が明かされ、人間模様も絡み合っていく。

イタリア・イギリス・西ドイツの合作映画で、撮影にはスイス国鉄ほか各国の鉄道会社が協力した。イタリアを代表する女優のソフィア・ローレンは、『ふたりの女』でカンヌとオスカーを受賞している。日本でも人気がある女優で、本作品の公開に前後して、ホンダのミニバイク「ロードパル」のCMにも出演、ソフィアが発した「ラッタッタ」をこのバイクの商品名だと思った人も多かった。近年では、2007年に「ひいきのサッカーチームがセリエAに昇格したらストリップをやってもいい」と発言して話題になった……、当時73歳だけど。

ジョナサンを演じたリチャード・ハリスは、本作品で共演したアン・ターケルと結婚していた。『ハリー・ポッター』シリーズの初期の作品で魔法学校の校長を演じた人でもある。その息子、ジャレッド・ハリスは今年3月に日本でも公開された『シャーロック・ホームズ シャドウ ゲーム』に出演。ハンサムな登山家を演じたマーティ・シーンはチャーリー・シーンのお父さんだ。冷酷なマッケンジー大佐を演じたバート・ランカスターの次男は『がんばれ! ベアーズ』の脚本を手がけた。

神父を演じたO・J・シンプソンはフットボール選手から役者に転向。元スポーツマンらしく正義感のある役が多かったけれど、実生活では1994年に元妻とその友人を殺害したとして逮捕され、映画さながらのカーチェイスが話題となった。シンプソンは刑事裁判で無罪、しかし民事では妻の友人へ犯行が認定された。さらにシンプソンは2007年に強盗事件を起こして懲役33年、いまも塀の中だ。

良作なのに鉄道ファンからツッコミ多数!?

出演当時もその後も話題が尽きない役者陣。スターをたくさんそろえた本作品は、鉄道の描写も見どころたっぷり。ただし、世界の鉄道ファンから考証のツメの甘さを指摘されている。ジュネーブ駅のロケ地は実際にはバーゼルSBB駅。カサンドラ鉄橋はポーランドではなく、南フランスのガラビ鉄橋でロケが行われた。ガラビ鉄橋は現役とのことで、劇中で30年も使われていない鉄橋と言われるのに、レールの上面が錆びていない。

こうしたロケ地の都合は、映画ではよくある話。しかし、架線のない線路を電気機関車が走り続ける場面はいただけない。せめてパンタグラフを上げてくれたらよかったけど、残念ながら2基ともたたまれている。列車の安全装置についても、この状況なら全車両にブレーキがかかるはず……、という場面がある。

撮影に使われた列車の編成は荷物車、1等座席車、寝台車、食堂車、2等車、最後尾にも緩急車を兼ねた荷物車らしき車両がある。撮影専用列車だから最後まで同じ編成が使われている……、と思ったら、なぜかラストシーンでは客車が増えてしまった。惜しい。また、密閉隔離された列車は、窓の外から目隠しの板を取り付けられてしまうけど、これもラストシーンの車両ではなくなっている。

疑い始めるとキリがない。セリフではこの列車に1,000人の乗客がいるという。食堂車と1等寝台個室を含めた数両の客車で1,000人は多すぎる。ちなみに東海道新幹線の700系16両編成の定員が約1,300人だ。カサンドラ鉄橋が危険だという乗客の証言で、「危険な橋だから下に住んでいた人は逃げ出した」と言うのだが、鉄橋の下は川。逃げた人々はどこに住んでいたのだろう? そもそも、列車は隔離されたけど、国際保健機構の窓ガラスが割れたのなら、ジュネーブの人々も感染したはず。海外の映画評サイトを見ると、列車のルートも不自然という指摘があった。

撮影に協力したスイス国鉄は、同社が陰謀に加担したように描かれたとして激怒したという。おそらくは鉄道描写の甘さも不満だったのではないか。

鉄道ファンはつい意地悪なツッコミをしてしまうわけだけど、それらも鉄道映画を観る楽しみのひとつ。こうした部分を割りきってしまえば、この映画が持つテーマ「大国の陰謀の恐ろしさ」「生命の尊さ」がひしひしと伝わってくる。ラストシーンでは機密保持の残酷さが描かれるが、同時になぜこの映画でジョナサンを著名な精神科医に、元妻のジェニファーを流行作家にしたかを考えてみよう。「きっと正義は行われる」と期待できるはずだ。

映画『カサンドラ・クロス』に登場する鉄道

Re420形 スイス国鉄の電気機関車。主人公たちが乗った客車をニュルンベルグまで牽引している。海外のサイトではイタリア国鉄のFS E64形を挙げているけれど、E64は6軸。本作の機関車は4軸。画像を検索してみると、この機関車の形はスイス国鉄のRe420と思われる。Re420は1964年から1985年にかけて276両が製造され、スイスを代表する機関車となった
BB 63500形 フランス国鉄のディーゼル機関車。ニュルンベルグから主人公たちが乗った客車を牽引する。ディーゼルエンジンで発電し、モーターを回転させる電気式ディーゼル機関を搭載。エンジンは12気筒。1956年から1971年にかけて580両が制作され、現在も290両ほどが非電化区間や入れ替え用途で活躍しているという
ガラビ鉄橋 カサンドラ・クロスとして登場する橋。フランスのオーヴェルニュ地域、カンタル県にあるトルイエール川を渡る。長さ約564m、高さ165m。1888年に完成した。設計はレオン・ボワイエとギュスターヴ・エッフェルで、施工はエッフェル社。そう、フランスを代表するエッフェル塔のエッフェルが関わった鉄橋である。そう聞けば、霧に浮かぶ美しい姿にも納得だ