東京大学 大学院 経済学研究科 教授 ものづくり経営研究センター長の藤本隆宏氏と、プロトラブズ合同会社 社長 トーマス・パン氏によって行われた対談。後編では、ものづくりに必要なマネジメントロジック、そして現在注目を浴びているIoTやインダストリー4.0をどのように捉えるかについて議論が及んだ。

ものづくり経営に必要なのは"Win-Win-Win"

パン氏:前編では「日本における自動車のものづくり力は世界一」とお話いただきました。しかし一方で、ITやソフトウェアのようなテクノロジー分野においては、世界に通用する会社やベンチャーがなかなか生まれてきていない気がします。シリコンバレーの真似をすれば良いというわけでは無いと思いますが、このようなテクノロジービジネスを始めることを考慮すると、日本とアメリカではどのように環境が違うのでしょうか。

東京大学 大学院 経済学研究科 教授 ものづくり経営研究センター長 藤本隆宏氏

藤本氏:アメリカのシリコンバレーなどにはテクノロジーをビジネスにするインフラがあります。それは、アイデアを出す人、お金を出す人、マネジメントを指南する人など、役割を分担したベンチャー支援システムができているという事です。日本もこういった仕組みを作るべきだと昔から言われていますが、どうも本田宗一郎や盛田昭夫といった昔のスーパーマンみたいな人を念頭に置いてしまっているようです。私は、仕組みがしっかりしていれば、天才でなくてもすごい仕事はできると思うのですが。

パン氏:そうですか。アメリカ人の観点から言うと、スーパーマンには当然憧れはありますが、依存する気はまったく見られません。極端ですが、「自分でもできる」と思ってる人ばかりだと思います。

藤本氏:「我こそは」という人間が世界中から集まってくる国ですからね。

パン氏:そうすると、アメリカのものづくり文化が「我こそは」主義になってもおかしくないということですね。そもそもビジネスやものづくりを始める目的が違う気がします。まずは、ビジネスを開始するために個が勝つことを考えてWin。そして伸ばすために次は、双方が互いに勝つことを考慮してWin-Win。日本では、これとは違うスタイルでビジネスを育てないといけないということでしょうか。

藤本氏:一方、我が国には「三方良し」という誇るべきマネジメントロジックがありますから、まずはこれをきちんと理解することです。何百年も前にアウェイで戦ってきた近江商人たちは、「売り手良し」「買い手良し」だけでなく、「世間良し」の大切さを理解していました。この「世間」とは地域のことです。よくWin-Winが大事と言われますが、本当に必要なのは、“Win-Win-Win”なんですよ。実際に、現場を持っている地場の中堅中小優良企業は、判で押したように「地域が大事」だと言います。良いものづくり経営に欠かせないのは、「お客様が喜んだ」「自分たちが儲かった」「社員の雇用が守られた」の3点なんです。

パン氏:今で言うCSR(企業の社会的責任)の概念そのものですが、これが数百年前にすでにものづくり経営の三本柱として確立していたわけですね。給与の点からは理解できますが、「雇用を守る」ということと「世間良し」との関係性をもう少し詳しく教えてください。

藤本氏:雇用を守ることには、地域社会を安定化する機能があります。リーマンショック直後、2009年の日本の失業率が5%ちょっとで済んだのは、一つには地場企業や現場の雇用維持努力のおかげでしょう。単純に利潤を最大化するのではなく、「雇用を安定的に保つ」「利益率を安定的に保つ」という二つのゴールを同時に目指したわけです。

成長していない経済の中で、生産性を上げると人が余ります。そこでどうするか。従業員の多くは地域住民ですから、どんどんクビにしていたら、経営者は街の表通りを歩けなくなってしまいますよ。どうにか知恵を働かせて、雇用確保のために、現場から新製品や新事業を提案したり、社長や工場長が得意先や親企業や本社を走り回って新しい仕事を取ってくる必要があります。日本では、地場の中堅中小企業や生産子会社はみんなこういうことをやっているんです。

パン氏:つまり、「三方良し」の三方目の雇用を安定化するためには、「改善プロセスで効率を上げて、その効率アップの結果で生まれた余力で新商品やマーケットを作る」というサイクルを続けなければならなかったということなのですね。

藤本氏:これはプロダクトイノベーションとプロセスイノベーション、つまり「能力構築」と「需要創造」を同時に進めているという事です。国の経済産業政策と変わりない事を、末端の現場でもやっているんですよ。現場、企業、産業、地域、国というように、あらゆるレイヤーで、生産性向上と需要創造のために必要な事をやる、それが日本のものづくりの強さや経済の安定性に繋がるわけです。 もちろん「三方良し」は日本だけでなく、ものづくりの強い各国各地域に応用可能な考え方です。問題は、この考えを理解する経営者が日本中、あるいは世界中にどれだけいるかですが、今はだいぶまともな方向に戻ってきたと思っています。

冷戦期のものづくりからインダストリー4.0まで

プロトラブズ合同会社 社長
トーマス・パン氏

パン氏:過去から現在に至るまで、日本のものづくりをどのように見るべきでしょうか。

藤本氏:ポストバブルは「失われた20年」と呼ばれていますね。これはマクロ的な見方です。GDPが500兆円で止まったことは確かですが、ミクロから見れば、現場にとって苦闘の20年ですが、現場力が失われたわけではありません。むしろ生き残ったところはとてつもなく強くなったわけです。国内工場が力をつけはじめた結果、5年前には海外にしか投資しなかったグローバル企業が、今では日本にも投資するようになりました。

そもそも日本は、大規模な人口流入に支えられることなく高度成長期に突入したおかげで、分業している暇も無く、多能工によるチームワーク型の現場を持つようになった国です。たとえば1970~80年代の、冷戦下におけるグローバル競争は、賃金が同じ先進国同士で競争していれば済みましたから、生産性で勝ったところがコスト競争でも勝ち残るんです。この時代に生産性向上で優位性を持つトヨタ方式が世界でもてはやされた理由はここにあります。ところが、冷戦が終わってグローバルコスト競争が厳しくなりました。それは東西の壁が崩れ、賃金が20分の1あるいはそれ以下の新興国、たとえば中国の工場と戦う事になったからです。

生産性の国際差では説明ができない賃金の大きな国際差が存在するという、ポスト冷戦期のこの異常事態の転換点となったのは2005年前後です。そのころ、農村地帯からの労働力の無制限供給が限界に来て、中国の賃金が急激に上がり始めました。今では3~7倍の賃金差と十分に射程距離にあり、いわば異常だった国際賃金構造がようやく正常になってきたと言えます。

パン氏:今になって、別々だった世界がようやく繋がったということでしょうか。

藤本氏:そうです。その結果、これからは世界全体で、中国・韓国・ベトナムであろうとも、トヨタ方式などで現場が生産性を上げなければいけない「グローバル能力構築競争」の時代がきました。これが現在につながる歴史的な背景です。

パン氏:そのなかで、とくに先進国では、IoTやインダストリー4.0といった言葉が新しいものづくり産業の先端システムのトレンドやビジネス戦略として注目されていますが、どのように考えられていますか。

藤本氏:それらもまた一種の「流行」でしょうね。アメリカはICTやインターネットの世界では次々と革命的なビジネスモデルを生み出しており、これを「上空」だとしますと、いわば高高度の制空権を握っています。一方、日本が得意なFAや数値制御機器、ロボット、センサーといった現場の世界は、いわば「地上」にあります。電子が産業を動かす「インダストリー3.X」は、当初は上空のICTと地上のFAが別々に発展してきたのですが、ここにきて両者がだんだん接近してきました。上空と地面の情報を融合させていく構想が、IoTやインダストリー4.0と呼ばれているものです。これは、上空と地面のちょうど真ん中のインターフェース層、いわば「低空」にシーメンスのような強い企業があり、上空にはSAP、地上にはセンサーや生産設備の有力メーカーをバランスよく持っているドイツにとって、都合のいい考えでもあります。

しかし、上空のICT業界はレボリューション(革命)の世界であるのに対し、地面のFAや現場システムはエボリューション(進化)、あるいはカイゼンが中心の世界です。両者をいきなり繋いでしまっては、滅茶苦茶になるでしょう。したがって、巨大なファイアウォールとしてのインターフェース層のインテリジェント化が必要です。「センサーが壊れそう」といったデータは上げるとしても、顧客や製品の情報など、セキュリティの高いデータまでそうするわけにはいきません。センサー増設などにより現場から上がってくる膨大なデータを瞬時に、そして精密に仕分けをする必要があります。たとえばPLC等のコントローラはスーパーコンピュータ並みの性能が必要になるのではないでしょうか。

パン氏:インダストリー4.0やIoTを可能にするためのインフラメカニズムのひとつとしてクラウドがありますが、これはどうでしょうか。

藤本氏:インターネットに上げても構わないデータならばそれで良いでしょうが、継続改善の組織能力を持つ日本に優良現場のものづくり設計においては、むしろ下からのデータをすぐに意味づけし、現場に戻して改善を加速化させるような「フォッグコンピューティング」のようなものが適しているのではないでしょうか。クラウド(雲)に対するフォッグ(霧)のイメージです。私は、インダストリー4.0という流行が去った時に、それでも残る“真水”は、こうした継続改善指向の工場のインテリジェント化だと思っています。

モチベーションこそイノベーションの素

パン氏:最後になりますが、今後日本のものづくりが優位に立つには、どういった方向性が必要かお聞かせいただけますか?

藤本氏:半世紀続いた冷戦期と、その反動としての四半世紀のポスト冷戦期は、長い世界史の中でもものすごく異常な時代でした。しかしこれからは、よりノーマルなグローバル能力構築競争の時代になります。とすると、80年代に使っていた生産性や品質を見る現場改善指向のKPIが、再び重要性を増してくるでしょう。本社が現場のポテンシャルや地域性を深く理解した上で、それを「会社全体の力にする」というメンタリティを持ったところが伸びると思います。本社を信頼し、地域や人を大事にする現場は、放っておいても自助努力で草の根的なイノベーションが起きますから。

パン氏:人のモチベーションほど素晴らしいイノベーションの素は無いと思っています。

藤本氏:まさにその通りで、これからの時代は、本社と信頼関係でつながった国内外の優良現場で、何十万という草の根イノベーションが起こることを期待します。

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