前編に引き続き、「会津若松Akisaiやさい工場」による低カリウムレタスの生産と販売を進める富士通ホーム&オフィスサービス株式会社 代表取締役社長の植栗章夫氏と、プロトラブズ社長トーマス・パン氏との対談をお届けする。後編では、低カリウムレタス「キレイヤサイ」の思わぬ特長から発展した将来性について話が弾んだ。

常識を超えた育て方

富士通ホーム&オフィスサービス株式会社 代表取締役社長 植栗章夫氏

植栗章夫氏(以下植栗氏):生野菜を育てる中でわれわれが画期的だと思ったのは、カリウムを減らしても育てることができたことです。「窒素・リン酸・カリウム」は肥料の三要素と呼ばれ、植物を育てるために欠かせないというのが常識でしたから。

トーマス・パン氏(以下パン氏):単純にカリウムを減らすと、育たなくなるのでしょうか?

植栗氏:カリウムは特に根の部分の生育に必要な肥料でして、これを与えないと成長が止まってしまいます。しかし、秋田県立大学の小川准教授が低カリウムでも育つ栽培方法を開発されました。というのも先生ご自身が腎臓疾患をお持ちで、ご本人の強い意志もあって低カリウム野菜が生まれたとお聞きしています。われわれはその特許を使わせていただき、また、先行されていた会津富士加工株式会社さんから栽培指導を受けて作り始め、いまはわれわれ自身でも創意工夫を重ねて事業に取り組んでいます。

パン氏:ある意味、栽培の常識を超えた野菜というわけですね。実際に、カリウムの濃度はどれほどカットできるのでしょうか?

植栗氏:通常、リーフレタスには葉っぱ100gにつき490mgのカリウムが含まれています。それを100mg以下に抑えて出荷しています。

パン氏:5分の1だと、食べてはいけない物から、食べられる物になるわけですね。

植栗氏:はい。福島県立医科大学で腎臓病患者の方を対象に臨床試験を実施していただいて、一定の成果が出ています。

パン氏:非常に楽しみな話ですね。私も趣味でスポーツをやっており、栄養素をしっかり取りなさいとよく言われるのですが、まったく違った健康ニーズがあると知りました。細分化したニーズに対応していくことは、とても意義があると感じます。

低カリウム野菜のマーケット作り

パン氏:低カリウムレタスの販売状況について教えていただけますか?

植栗氏:腎臓疾患の方に食べていただくために、病院の売店や人工透析センター近くのスーパーを中心に販売しています。まずは会津で"地産地消"を進め、現在は仙台を中心に宮城県にも販路を開拓し、一大マーケットである関東圏での展開も始めています。定期的に買っていただける方も少しずつ増えてきていまして、ネット販売も行っています。

パン氏:御社としては、低カリウムのレタスを作るだけでなく、その先の流通網を全て考える必要があるわけですね。

植栗氏:はい。富士通の商材の多くは企業向けだったので、個人向けにやっている会社さんから学ぶべき点が多々あります。腎臓疾患を持っていらっしゃる方に向けた説明会を開いたり、パンフレットを作ったりしているのですが、「食べちゃダメですよ」と言われている人の気持ちを変えるのは難しいですね。お医者さんや管理栄養士さんたちに理解いただいて、腎疾患の方々に推奨していただくことが大事であると感じています。

パン氏:今までとは違う商流を考えながら営業しなければいけないとなると、大変なことも多いのではありませんか。

植栗氏:われわれが思う以上にハードルは高いところにありました。ただ、富士通がレタスを作って販売していると言うことで珍しがっていただけますし、富士通ブランドが付いていることでお客さまに安心感を持っていただいています。われわれのグループにはヘルスケアや医療をやっているところもありますので、うまく連携を取りながら病院にコンタクトしています。

想定外から生まれたもの

プロトラブズ合同会社社長&米Proto Labs, Inc.役員 トーマス・パン氏

パン氏:さきほど低カリウムレタス「キレイヤサイ」を試食させていただいたのですが、本当においしくて、苦みがないですね。通常捨ててしまう根っこの部分まで甘いのですから、これはすごいです。

植栗氏:実は主要な特長としては捉えていなかったのですが、液体肥料の硝酸態窒素という成分を調整することで、カリウムが少ないだけではなく、ほんのり甘く感じるように育てることができるようになりました。レタスには苦みやエグミがあり、お子さんが野菜嫌いになる原因なのですが、これを抑えることができました。会津若松市の小学生に食べていただいたところ「おいしい。このレタスなら食べられる。お母さんに買ってもらう」などと大変好評でした。

パン氏:育てるために必要な成分を調整したところ、味が変わることを発見されたのですね。それは大きな副産物だと思います。

植栗氏:農薬不使用なので、安心してお子さんに食べていただくことができます。また、忙しい方にとっては、洗わないで食べることができる点が好評です。味の良さに加えて、洗って拭いてというひと手間を省けることは、業務用食材として使っていただける一流レストランの総料理長からも高い評価をいただいています。

「キレイヤサイ」の思わぬ特長はもう一つありまして、それは長持ちすることです。というのも、種まきから収穫、パッキングまで全てクリーンルームの中でやっているので、野菜の腐敗を進行させる要因となる雑菌がほとんど入らないのです。埃を除去していますから、そこに付着している雑菌は入り込めませんし、液体肥料も殺菌処理をしているので、非常に衛生的な環境です。お客さまには冷蔵庫の野菜室で2週間ほど保存が可能とお話ししていますが、私たちの実験では、2カ月を超えたチャンピオンデータもあります。

パン氏:それは驚異的な数字ですね。普通だと3日ほどで傷んでくると思うのですが。

植栗氏:例えば、この食材を使った加工品なら消費期限を長くできるとか、単身赴任者や少人数家族には数回に分けて食べていただいても廃棄ロスが少なくなる、などのメリットがアピールできています。

われわれは腎臓疾患の方に特化して考えていたのですが、やっていく中で味や保存性などさまざまなメリットが生まれて、マーケット対象が広くなっていきました。

想像を超えた成長性

パン氏:想定外の面白い話があちこちから飛び込んできますね。野菜の種類を増やす、生産をさらに大規模にする、あるいはこの技術をコンサルテーションしていくなど、いろいろなベクトルが考えられると思いますが、今はどういった方針なのでしょうか。

植栗氏:現在は、やっと立ち上げが終わり、次のステップの方針をきちっと固めるステージにあると思っています。スケールメリットを狙うビジネスに行くか、あるいは先端的なことに取り組むインキュベーションセンター的な位置づけにして東北から発信していくか、まだどちらとも言い切れません。いずれにせよ、多くの方が携わると、さまざまな発想が生まれて非常に刺激的ですね。われわれのビジネス観も拡がりました。

パン氏:「食べ物」の世界も、エンジニアリングやICTに繋がってくるという証明ができたのではないでしょうか。まさに日本の未来を見据えた技術だと思います。想像を超えて成長できるテーマが毎日のように出てくるというのは夢が広がりますね。これからのさらなる展開を楽しみにしています。