富士通グループは2013年から、福島県会津若松市にて半導体工場のクリーンルームを転用した大規模植物工場の運営を始めている。「会津若松Akisaiやさい工場」では、カリウム含有量の低いリーフレタスの栽培を行い、2014年には本格的な出荷をスタートした。なぜ今、富士通が「野菜栽培」だったのだろうか。プロジェクトの中心を担う富士通ホーム&オフィスサービス株式会社 代表取締役社長の植栗章夫氏と、プロトラブズ合同会社社長トーマス・パン氏による対談を、前後編でお届けする。

ICTの力で社会課題を解決するために

会津若松Akisaiやさい工場

トーマス・パン氏(以下パン氏):「会津若松Akisaiやさい工場」の稼働は御社にとって大きな挑戦だと思いますが、どのような経緯で事業が始まったのでしょうか。

植栗章夫氏(以下植栗氏):背景には日本政府が掲げる成長戦略があります。特に「農林水産業を強くする」「ICTを強化していく」というテーマにわれわれは着目しました。一次産業をICTの力で強くすることで、国家戦略の一端を担い、社会的課題を解決していくことを、富士通の戦略として捉えたわけです。

富士通では2012年から「食・農クラウドAkisai」というサービスを提供しています。これは、作物のロット管理や、栽培環境の計測と調整ができるシステムです。畑で育てる露地物や、ビニールハウスで育てるハウス物を対象に、農業経営の支援をしてきました。さらに今後は、完全閉鎖型で人工光型の野菜工場のためのクラウドサービスを作りあげようと考え、そのための実証工場として、われわれ自身による野菜工場を始めたというわけです。

パン氏:国家戦略としての背景がおありだったのですね。このプロジェクトは、どういった組織体で進められているのですか?

植栗氏:富士通グループとしては、新産業を創出することで雇用を生み出したり、地域経済の活性化につなげ、それらを通して東北の復興に貢献したいとの考えがありました。それならば福島県会津若松市の半導体工場の遊休建屋となっていたクリーンルームを活用しようと考えたわけです。そして、富士通株式会社の「食・農クラウドAkisai」を開発し、農家の皆さまの農業経営を支援させていただいているチームなどとも連携し、野菜づくりを行う実証工場の構築からはじめ、栽培から販売までを私たち富士通ホーム&オフィスサービス株式会社が担うことになり、野菜工場事業を開始しました。

なぜ低カリウム野菜だったのか

プロトラブズ合同会社社長&米Proto Labs, Inc.役員 トーマス・パン 氏

パン氏:半導体工場を野菜工場に再活用するというのは、非常に面白い発想ですね。

植栗氏:完全閉鎖型の環境で農業に取り組む一番のメリットは、風水害や温度の変化といった気候変動に左右されないことです。それを実現するために、クリーンルームは理想的な環境でした。さらにわれわれは「最適条件を見つけ出す」ことを得意としています。長年、半導体製造で培ってきましたから。データを揃えることで効率的に野菜を作っていこうと取り組んでいます。

パン氏:高付加価値野菜の中でも特に「低カリウムレタス」を生産品目にすることは、どうやって決めたのですか?

植栗氏:まずは、クリーンルームの特性を生かした付加価値の高い野菜づくりで、一般の農家とバッティングしない、競合しない物をやろうと考えました。また、ビタミンやリコピンが多い機能性野菜は既にありますので、今まで取り組みの少なかったものに取り組みたいと思っていました。そうしたところ、以前、半導体事業のパートナー会社であった会津富士加工株式会社が、秋田県立大学の持つ低カリウム野菜に関する特許を基に、日量で数百株の量産に成功されていました。そこで、そうした先輩方から指導も受けながら、富士通が持つICTに関する実践知や半導体製造技術を活かして、日量3,500株の大きな規模で、低カリウム野菜の生産に挑戦しようとなったわけです。

パン氏:新たな市場に挑戦されたわけですね。低カリウム野菜の需要は、どの程度の規模なのでしょう?

植栗氏:本来、生野菜にはカリウムが豊富に含まれていますが、それは腎機能が低下している方、人工透析している方には良くないそうで、食べることができないのです。日本では腎臓疾患などの理由からカリウムの摂取量を制限されている方が約230万人程度いらっしゃいます。そういった皆さんに、「レタスを生で食べられる」という食の喜びを提供したいと思っています。

「明日からレタス」

富士通ホーム&オフィスサービス株式会社 代表取締役社長 植栗章夫氏

植栗氏:実は野菜工場のエンジニアは、そのほとんどが半導体の製造に携わってきた社員です。指揮を執っているレタスの生産部長も、半導体の製造部長でした。農業の勉強をしてきた者は一人だけで、それも野菜工場を始めてから採用しています。

パン氏:これは驚きました。半導体を造っていた方々が、野菜を触っているのですね。今までやったことのないまったく新しい世界に入るわけですが、不安などは無かったのでしょうか?

植栗氏:もちろん不安はありました。ただ、非常に近しいものではないかということも同時に感じていました。半導体製造というのは、同じものを造る上で最適条件を見つけ出す"歩留まり"の世界ですが、この点は野菜も一緒なわけですから。

パン氏:お話をうかがっていると、知らない分野に対して、今、自分たちが持っているものを活かしながら取り組んでいこうという姿勢を感じます。しかし、「明日からレタスだよ」というメッセージを出すときは、かなり気を使われたのだろうと思うのですが。

植栗氏:生産部長には2年前のある夏の日に告げたのですが、最初は驚いていましたね。ですが、いまやもう虜になっていまして、情熱を感じる仕事ぶりをしています。他にも、社会的に意義がある事業だと感じ、自ら手を上げた者もいます。私はこの事業が、富士通のトップが繰り返し言う「イノベーション」を具現化したひとつだと思っています。成功させることで、世間の多くの方々がわれわれのクラウドサービスを利用することにも繋がっていくでしょう。

半導体製造を野菜栽培に活かす

パン氏:植物工場の運営には、レタスの栽培技術と半導体の製造技術、そしてICT技術の3つを適切に組み合わせる必要があったと思いますが、ここまでやられてきた感想としては、どれが一番難しかったのでしょうか。

植栗氏:半導体製造技術はこれまでやってきたことですので、適用はそれほど難しくはありませんでした。なかなか分からない世界という意味で、栽培技術にも苦労しましたが、実はICTにも飛躍が必要でした。露地物の野菜ですと、畑に植えたその場所で野菜が育ち、それを収穫しますよね。しかし植物工場では、種を撒いてから、3、4回場所が変わるんです。最初の芽が出るところはスペース効率を高めるために密植させ、育つにしたがって間隔を開けて、最後は定植という段階を踏むのです。

キレイヤサイ Produced by FUJITSU 食・農クラウド Akisai

パン氏:移動させるとなると、種のトレーサビリティまでできる仕組みが必要ですね。

植栗氏:ええ、トレースをきっちりしておかないと、どこの種がどこに行ったか分からなくなってしまいます。これは露地物やハウス物向けのクラウドサービスには無い世界で、育っていく過程で引っ越していくことに対応していけるシステムをつくりあげる必要がありました。そこで半導体の世界でいうロット管理の概念を野菜を作る上でも適用しました。どのロットで育っていったのか、まとまりとして捉えるようにしています。この仕組みを活かした栽培条件管理と品質管理を、われわれの売りである「安心・安全」に繋げていきたいと思っています。

半導体製造からレタス栽培に切り替えるという富士通グループの画期的な挑戦。実際にどのような特徴を持った野菜が育ち、マーケットを開拓しているのだろうか。対談の後編では、さまざまな反響と、将来の展望についてお届けする。