日立マクセルが2014年7月に発売した電子黒板機能付きプロジェクター"CP-TW3003J"は、プロジェクターでありながら、投写した画面上を直接指やペンで操作することができる双方向の製品。教育やビジネスシーンにおいて、新たなプレゼンテーションを実現するこの製品はいかにして生まれ、広がっていくのか。開発を担当した小野寺信二氏と、プロトラブズ社長トーマス・パン氏による対談を、前後編でお届けする。

想像を超えた電子黒板

電子黒板機能付きプロジェクター"CP-TW3003J"

トーマス・パン氏(以下パン氏):デモを見せていただいて、「電子黒板」に対して抱いていた想像をはるかに超える製品だと感じました。タブレットと同じように、投写された画面を指で触ったり、ズームやドラッグしたりして操作できる、非常に面白いインターフェースです。

小野寺信二氏(以下小野寺氏):いままでのプロジェクターは、画面を表示するだけの一方通行でしたが、CP-TW3003Jは双方向性型のディスプレイとして機能します。教育現場では、教材を準備する時間で生徒さんの集中が途切れることがあります。教材や資料の提示、ボードへの書き込みなどを画面上でできるようにすることで、準備に充てていた時間を授業に向けられます。先生も生徒も、授業により集中できることをめざしたのがこの方式なのです。

パン氏:投写面は一般的なホワイトボードですし、専用の電子ペンを使っているわけでもありません。どういった仕組みで手やペンの動きなどを認識しているのでしょうか。

小野寺氏:ボードの上に設置したフィンガータッチユニットから赤外線が照射されていまして、ボードを触ったときの反射光をカメラセンサーが検出し、位置データをPC側に送っています。日立ソリューションズが提供している電子黒板機能用ソフトウェア"StarBoard Software"を利用することで、手書き入力した文字や図形を自動で整形・変換したり、データベースやweb上から画像や情報検索ができます。

パン氏:「アナログとデジタルの融合」という言葉はよく耳にしますが、まさにその世界を体感できました。

学校の期待に応えるために

日立マクセル株式会社 光エレクトロニクス事業本部 プロジェクタ設計部 部長 小野寺信二氏

パン氏:御社の中でこのプロジェクターが発案されたきっかけについて、教えていただけますか?

小野寺氏:2005年からプロジェクター一体型の電子黒板は商品化されていました。ただ、その当時は普通の投写距離なので、説明者にとっては光が目に入ってまぶしいですし、見る側にとっては説明者が影になって画面が見づらく、あまり普及しませんでした。普及が進んだのは、その課題に対応できる「超短投写」というカテゴリを創造できたことが大きいです。

パン氏:それまではインタラクティブなプロジェクターは無かったのでしょうか。

小野寺氏:2007年に、われわれは世界で初めて近距離からでも大型の画面を表示できる、超短投写プロジェクターを開発しました。このプロジェクターは、インタラクティブホワイトボード(IWB)のメーカーには好評だったのですが、一方で、エンドユーザーである学校からは違ったご意見をいただきました。学校には既に黒板が設置されており、IWBと入れ替えることは予算的に難しかったんです。「なんとか専用のボードなしで黒板の上に表示できないか」という強い要望を受けたことが、電子黒板機能付きプロジェクター開発の契機ですね。

パン氏:なるほど、ユーザーサイドの声を重要視されたわけですね。

太陽光に勝つ品質の追求

プロトラブズ合同会社社長&米Proto Labs, Inc.役員 トーマス・パン 氏

パン氏:日立さんは基礎技術を豊富にお持ちだと思いますが、開発において技術的なハードルはあったのでしょうか。

小野寺氏:基礎的な技術はありましたが、実環境で使っていただくためには、やはり多くのハードルがありました。今回のポイントの一つは、「太陽光」です。センサーに利用している赤外線は、われわれの身の回りに必ずある光で、太陽光にも含まれています。朝日や夕日、晴れ・曇り・雨と刻々と変わるその干渉をうまく避ける必要がありました。

パン氏:そうですか。しかし、自然が相手ですから、想定外の問題も起こったのではないでしょうか。

小野寺氏:はい。われわれとしては問題ないだろうという時点でフィールドテストを行ったのですが、学校ではうまく動かなかったり、勝手に描かれるといったことが起きました。窓ぎわに置いてある花瓶や机が、太陽光を反射していたこともありました。こうした干渉成分をひとつひとつ特定しながら、試行錯誤を繰り返しました。

パン氏:太陽光の干渉もその一つだと思うのですが、この商品を世に出すまでに、技術的にもっとも難しかったこととはなんでしょうか。

小野寺氏:画質性能、とりわけフォーカス性能の実現です。投写レンズ群に少しでもひずみが発生するとフォーカスがぼやけてしまい、画面全体がきれいな絵にならないのです。例えば、剛性のある金属の台座に投写レンズを固定していますが、これを筐体に取り付けた場合、筐体がプラスチックであるにもかかわらず可塑性に負けて、台座がほんの少しゆがむ、それだけで焦点が微妙に合わなくなります。

パン氏:なるほど、常に品質との戦いがあったということですね。

小野寺氏:ええ、やっと日立製品として、お客さまに満足していただける性能まで持っていくことができました。

「日立品質」を実現するチーム編成

パン氏:従来のものから大幅に飛躍したこの製品を作るにあたって、組織や開発部隊はどのように決められたのでしょうか。

小野寺氏:日立の品質を作り込むために、専用のチームを編成して対応しました。昔のように、構造や電気、光学系といったそれぞれの部分だけで最適化を図るのではなく、お互いのパラメーターを持ち寄ることで、「全体最適」をめざしています。拡張性や今後の展開も踏まえて設計できるので、将来にわたる費用を削減できるということもありますが、お客さまのニーズにお応えできるつくり方だと思っています。

パン氏:そうした仕様を固めるにあたっては、開発から企画まで多くの方が携わったことと思いますが、どんなやり取りがあったのでしょうか。

小野寺氏:喧々諤々がありました(笑)。どの技術を使うのか、どう開発していくのか、いつ出すべきか、開発費はどこまでか、協業先とどう付き合うのか、日々議論です。最終的には、「日立の品質を守る」という基準の元、事業収支責任を持っているトップが判断する仕組みになっています。日立の品質を信頼してくださるお客さまがあって初めて、ビジネスが成り立っているのですから。

パン氏:そういった意識を常に持たれているというのは、本当に素晴らしいことですね。

品質にこだわり抜いて生まれた電子黒板機能付きプロジェクター"CP-TW3003J"は、教育の現場でどのように活用されているのだろうか? 対談の後編は具体的な活用事例と、今後の展開についてお伝えする。