三菱電機が昨年の12月に発売した「三菱電機HEMS(Home Energy Management System)」は、エアコンや冷蔵庫、テレビ、エコキュートといった家電や住宅設備をネットワーク化し、効率的に管理するシステムだ。エネルギーの見える化はもちろん、目標電気代に向けて自動で省エネする機能など、家庭内のエネルギーを最大限効率化できる仕組みを備えている。このHEMSから始まるエネルギーマネジメントの大きな潮流について、三菱電機株式会社 スマート事業推進部長の朝日宣雄氏と、プロトラブズ社長 トーマス・パン氏とによって行われた対談を、前後編でお届けする。

スマホの普及が生んだエネルギーマネジメント

トーマス・パン氏(以下パン氏):HEMSは非常に生活に密着した製品であるというイメージを受けました。タブレット上でグラフィックなイメージを把握しながら、家の設備を操作できるので、とても分かりやすいです。

朝日宣雄氏(以下朝日氏):ありがとうございます。インターフェイスのデザインは工夫したポイントでして、タブレットのアプリは2013年のグッドデザイン賞を頂いています。

パン氏:三菱電機さんは、いつ頃からHEMSの開発に取り組まれてきたのですか?

朝日氏:HEMS自体は東日本の震災後ですから、およそ3年前ですね。ただ、基礎的な技術は、かなり以前からありました。エコーネットコンソーシアムという、1997年に発足した任意団体が、家電を繋ぐための共通規格である「ECHONET規格」をまとめて以来、ずいぶん長い間、家電の包括的なコントロールサービスという事業は考えられてきました。その後、より実用的な「ECHONET Lite規格」が2011年に策定され、HEMSの標準プロトコルとして展開が本格化してきたのです。

パン氏:その規格を使えば、異なるメーカーの家電であっても接続することができるのでしょうか?

朝日氏:テストは必要ですが、おおよそスムーズに繋げます。しかし、家電機器は常に価格競争にさらされますので、通信というプラスアルファの機能まで盛り込むことはコスト的にもなかなかできませんでした。コンピューター制御が家電に入ってきた1990年代と、インターネットが普及した2000年代に、それぞれ家電をコントロールするというブームが起きたのですが、過去二回とも機器側がついていけず、普及せずに終わりました。三回目となる今回は、震災時の計画停電や、夏の電力不足といった問題が明らかになっていますので、省エネのために電力のインフラそのものを変えていこうと、日本政府や経済産業省が中心となってさらに意欲的に進めています。

HEMS タブレット画面イメージ

パン氏:色々な条件が同時にそろわないと、ブームにはならないのですね。今回の潮流に関しては、スマホやタブレットが世の中に普及し始めてきたことも大きい要因のひとつでしょうか。

朝日氏:はい。そういった通信やITの技術的な進歩と、一般家庭への普及が、エネルギーマネジメントの動きを後押ししていることは確かですね。



アイデアの実現はテストの繰り返しから

パン氏:今回の「三菱電機HEMS」プロジェクトは、鎌倉市の大船に建てられたスマートハウスでの実験の成功が基になったと聞いておりますが、これも震災後から行われてきたのですか?

朝日氏:実は、まさに東日本大震災があった2011年の3月11日に、オープニングセレモニーをする予定でした。

プロトラブズ合同会社社長&米Proto Labs, Inc.役員 トーマス・パン氏

パン氏:そうだったのですね。この震災をきっかけに、日本はエネルギーの重要性と節電への関心が一気に高まったことは間違いないですね。では、前述のスマートハウスでは具体的にどのような実験をされていたのでしょうか。

朝日氏:そうですね、メインの実験はもちろんHEMSの基礎的なアイデアのテストですが、それ以外にも太陽光発電とEV(電気自動車)用バッテリーだけで停電時に暮らしていけるのか、空調を節電すると快適性がどう変わるのかなど、現在も様々な測定をしています。

パン氏:もちろん仮説を立てた上で様々なテストをされると思うのですが、仮設に対して本当に想定外な結果に至ったケースなどはありましたか?

朝日氏:スマートハウスで実際に使ってみたところ、上手く機能せずにお蔵入りになったものも幾つかあります。例えば「こういうアルゴリズムを入れたら細かくデータが取れるんじゃないか」と考えたものの、実際にやってみると上手くノイズが除去できなかった、という想定外な事も起きました。

パン氏:アイデアだけで完結するのではなく、実際にスマートハウスを建てて、色々なテストを繰り返すことができる環境ならではの知見を得たわけですね。

朝日氏:やはり試行錯誤は重要です。以前は、週のうち3日をスマートハウスの見学日に、残りの日を実験に使っていました。現在、新たに二棟目を建て、実験に集中できる環境が整ったので、今後さらに実験を重ねてデータの精度を高めたり、新しい発見をしていく予定です。

コンピューターに許されるもの 家電に許されないもの

パン氏:日本以外の企業でも、家電や家庭の電気を管理するというような動きはあるのでしょうか。

三菱電機株式会社 
スマート事業推進部長 朝日宣雄氏

朝日氏:震災後、電力不足になっている日本とは少し状況が違いますが、最近、アップルやGoogleが、家電をスマホやタブレットで管理するためのソフトウェアインフラをつくっていくと発表していました。実はこうした試みは、以前マイクロソフトもやっていたのですが、ソフトウェア業界ではビジネスメリットを生むことが難しい部分もあるのではないかと感じています。家電の中に自分たちのソフトウェアを入れ込めれば良いのですが、品質上、コンピューターと家電には違うものがあります。融合するには、ハードルが高いのではないでしょうか。

パン氏:コンピューターと家電には、どういった違いがあるのでしょうか?

朝日氏:例えばパソコン上でソフトウェアを操作して、「繋がらない」「動かない」というエラーが、稀に起きてしまうと思います。しかし、家電がそうなると大変なことになります。極端な話をすれば、中に熱源がある場合、火災に発展する可能性もあります。特に一般家庭では、不特定多数の、専門家ではない人が使います。「間違って使ったから事故が起きた」という事は許されません。こうした、安全に対する設計ノウハウや問題が起きたときの対処など、培うべきものが違うというわけです。

パン氏:なるほど、安全に対する姿勢が違うということですね。そうすると、HEMSの操作がスマホやタブレットの通信に依存するというのは、まさにソフトウェアアプリからの操作ということになるので、非常に気になる点かと思いますが、この点については、いかがでしょうか。

朝日氏:現状では、たとえば「遠隔でヒーターをオンにはできない」「通信が途絶えてからある程度時間が経ったらオフにする」など、家電の制御側で安全サイドに動くようになっておりますが、長期的にはアプリと家電の双方で安全確保を念頭にいれた設計を進めていく必要があると考えています。

三菱電機が目指すHEMSのステージ

パン氏:「家庭のエネルギーマネジメント」という事業への各業界メーカーの参入状況は、どのようなレベルになっているのでしょうか。

朝日氏:この分野に関しては、我々のような家電・設備メーカーだけでなく、太陽光発電メーカーやハウスメーカーといった、色々な業種の方が参入しています。

パン氏:将来性のある事業ということなのですね。他社さんと比較した場合の、「三菱電機HEMS」の優位性や特徴はどういったものだとお考えですか?

朝日氏:お客様からは「間取りを見ながらコントロールできるのは非常に分かりやすい」と言われています。タブレットの画面上で部屋をつくって、機器をドラッグして追加すれば、簡単にそのご家庭の環境になるわけですから。

パン氏:確かに、家をつくるときに、このタブレット上のソフトのようにこのまま発注できたら良いくらいですね(笑)

朝日氏:まったくですね(笑)。実際、この仕組みが進んでいけば、HEMS製品の販売や装置やシステムの保守サービスまで可能だと思っています。保証書や説明書は無くしてしまいがちですが、これがあれば、何の機種が、どのような設定で繋がっているか常に分かりますから。

パン氏:HEMSというエネルギーマネジメントの大きな流れとは別に、より発明家や起業家ベースで、例えば、小さな装置から赤外線を出して個別な家電とスマホと同期させて思い通りに操作する、というような仕組みが開発されてきていますが、こちらについてはどうお考えですか?

朝日氏:テレビやレコーダーのリモコンを一体化するなど、便利な機能はどんどん発展すれば良いと思っています。我々としては、電機メーカーでしか生み出せない総合的な付加価値を提供しようと考えています。具体的な次のステップとしては、太陽光発電や電気自動車、蓄電池といった設備とともに、発電・蓄電・節電を組み合わせることで、エネルギーを最適に利用できる家というのを目指しています。

「エネルギーを最適に利用できる家」は、家電を効率的に使用する事だけにとどまらない。後編では、三菱電機の描く大きなビジョンについてお伝えする。