スバルのニューモデル、レヴォーグは、日本市場でレガシィの後継となるモデルだ。かつてのレガシィの神がかり的な人気を知る人ならば、スバルにとってレヴォーグがいかに重要なモデルか想像できるだろう。レガシィの登場は四半世紀も前で、当時のことを知らない人も多いと思うが、たとえていうなら、当時のレガシィはポルシェにとっての911くらいブランドのアイコンであり、携帯ショップにとってのiPhoneくらいに販売比率が大きかった。

昨年の東京モーターショーを皮切りに、各都市で開催されたモーターショーでもレヴォーグが展示され、来場者の注目を集めた

レガシィの「遺産」を受け継ぐレヴォーグ

レガシィの魅力は、アウトドアスポーツが似合うツーリングワゴンでありながら、長距離走行をこなすGTであり、フォーマルな場にもなじむ高級車であり、同時に日本屈指のスポーツカーでもあるという、ありえないほどの多面性。さらに、エンジンや駆動レイアウトを含むその存在自体が唯一無二、という個性も加わる。

レヴォーグは、それらレガシィの「遺産(レガシィ)」をひとつ残らず受け継ぎつつ、日本市場に特化したキャラクターを与えられた。日本以上に人気の高い北米市場に合わせてレガシィが大型化したため、日本向けのサイズにシェイプアップしたレヴォーグが登場したというわけだ。もちろん、単にサイズを変更しただけではない。レヴォーグは新たな魅力として、安全性と環境技術をプラスした。

安全性については、スバル自慢のアイサイトをVer.3に進化させて搭載。衝突回避の最大対応速度を従来の時速30kmから時速50kmに引き上げるなど、大幅な進化を遂げた。世界中のメーカーが衝突回避システムの開発を争っているが、ほとんどのメーカーがレーダーを採用する中、スバルだけがステレオカメラという独自路線を選んだ。そして現時点で、アイサイトは他社をリードする性能を発揮しているのだから凄い。

欧州で主流のダウンサイジングターボを独自開発

アイサイトに関しても、本稿だけではとても足りないほどに注目すべきポイントがあるのだが、ここではもうひとつの新しい魅力である環境技術に注目したい。いまどき、ニューモデルの特徴が環境技術だといってもインパクトはまったくないのだが、レヴォーグのそれは特別に注目に値するのだ。その理由として、実質的に日本車初といえるダウンサイジングターボを採用している点が挙げられる。

環境技術にもいろいろあるが、パワートレーンについてはこのところ面白い状況になっている。日欧ではっきりと傾向が別れており、勢力争いをしているかのようだ。日本で環境技術の主役は、なんといってもハイブリッドカー。それにマツダのスカイアクティブに代表されるように、NAエンジンを徹底して効率アップさせる手法を各メーカーが採用している。

一方、欧州ではエンジンの排気量を縮小し、ターボと組み合わせるダウンサイジングターボが全盛だ。燃費を良くするために排気量を小さくし、そのパワーダウンを補うためにターボと組み合わせている……ざっくりといえばそんな技術と考えていいだろう。

日本では、ターボは燃費が悪いというイメージが強く、ガソリンエンジンでは軽自動車以外、ほとんど採用されていない。ではなぜ、欧州のダウンサイジングターボは燃費がいいのか? その秘密はひとつだけでなないのだが、ポイントとなるのは直噴(ダイレクトインジェクション)との組み合わせだ。

小さなエンジンでハイパワーを発揮するターボは発熱が大きいため、燃料冷却という手法が必須となる。燃料であるガソリンが蒸発するときの冷却効果で、燃焼室内を冷やすのだ。直噴は従来のキャブレターやポート噴射のインジェクションに比べて、燃料冷却の効果がはるかに大きいという特徴がある。かつてのターボでは、十分な燃料冷却を行うために大量の燃料を噴射する必要があり、それが燃費を悪化させていた。しかし直噴なら、燃焼に必要な最小限の燃料だけで十分な冷却ができる。

直噴はターボの大敵であるノッキングを防止できるというメリットもある。ノッキングは点火プラグで点火する前に勝手に燃料が発火してしまう現象だが、直噴は点火の直前に燃料を噴射するので、根本的にノッキングの起こりようがないのだ。このように、直噴はターボの弱点をカバーするのに好都合な特性を持っている。弱点を克服したターボは非常に効率が高く、低燃費を可能にしてくれるのだ。

ダウンサイジングターボがハイブリッドカーを脅かす可能性も

そんなにダウンサイジングターボが優れたものなら、なぜ日本のメーカーは積極的に採用しないのか? これも答えはひとつではないだろうが、マーケティングを重視しすぎる日本メーカーの悪い面が出たとはいえるだろう。ユーザーはターボに負のイメージを抱いているし、排気量は大きいほど高級だという固定観念もある。マーケティング主導で考えれば、ダウンサイジングターボなんて売れるわけがないということになるのだ。

「レヴォーグ 1.6GT-S Eyesight」

我が道を行くスバルにとって、優れているのに他メーカーが採用しない技術はまさに好都合。いまや世界で唯一の水平対向4気筒エンジンがスバルの魅力になっているように、環境技術でもライバルがやらないことをやってこそ、スバルのブランドイメージが輝くのだ。

しかも、スバルは国産メーカーとしては唯一、ターボエンジンを継続して積極的に開発してきたメーカーだ。ランエボやGTRがあるではないかという人もいるだろうが、こうしたモデルは燃費よりパワーを重視した特殊なスポーツカーであり、メーカーにとっての中核モデルでもない。一方、スバルはレガシィなどの看板モデルにもつねにターボエンジンを搭載し、経済性とパワーのバランス、万人に受け入れられるドライバビリティを追求しながら開発を続けてきた。ターボに関してのノウハウは、国産メーカーでも一番豊富なはずだ。

レヴォーグのために新開発された1.6リットルターボエンジンは最高出力170PS、最大トルク250Nmを発揮する。このスペックは現行レガシィの2.5リットルNAエンジンとほぼ同じ。しかも燃費はレガシィが14.4km/リットルであるのに対し、レヴォーグは17.4km/リットル。まさにダウンサイジングターボの優位性を思い知らせるエンジンといえるだろう。

ダウンサイジングターボは、じつは日本の税制と非常に相性が良い。日本の自動車税は排気量だけで決まり、エンジンの出力や過給器の有無などは問われないからだ。フランスやイタリアなどはエンジン出力に対して課税されるので、ダウンサイジングしてもそれが税金の節約に直結しない。一方、日本では2.5リットルと同等のパワーを発揮するターボエンジンを搭載するレヴォーグであっても、自動車税はあくまで1.6リットルという排気量で決まる。

その経済性を評価されてか、レヴォーグは2.0リットルより1.6リットルの人気が高いそうだ。その成功を見て……、というわけでもないだろうが、レクサスのニューモデルであるNXや日産の新型スカイラインはダウンサイジングターボをラインアップに加えて登場した。この分だと、他にも追従するモデルが出てきそうだ。もし日本でもダウンサイジングターボが市場を席巻し、ハイブリッドを脅かすようなことでもあれば、それは大事件といえる。レヴォーグのヒットによって、日本の環境技術は新しい局面に突入するかもしれないのだ。