ポルシェといわれてスーパーカーを連想する人はいまだに多い。常識外れのスーパーカーを生産し、ライバルはフェラーリやランボルギーニ……。根っからのクルマ好きな人なら、911やボクスターを純然たるスーパーカーと思う人はいないだろうが、それでもポルシェは希少性やプレミア性を武器にした少量生産メーカーだと考えている人は多いかもしれない。しかし、ポルシェはフェラーリやランボルギーニとは明確に別のカテゴリーに属するメーカーだ。

このほど開催された上海モーターショーで、ポルシェは「パナメーラ S eハイブリッド」を発表している

ポルシェはフェラーリやランボルギーニよりトヨタに近い

フェラーリやランボルギーニは、大排気量の2シータースポーツカーという、どう転んでも大量に売れるはずがないモデルを、手作りに近い方法で製造するメーカーだ。それゆえにFRPのような大量生産に向かない素材でボディをつくることができ、その恩恵として、あのグラマラスで非日常的なスタイリングが可能になる。当然、高コストになるが、こういうクルマはそのコスト以上に高い価格設定でも一定数は売れる。薄利多売とは真逆の、「厚利少売」ともいうべきビジネスモデルが可能となる。

一方、ポルシェは一貫して実用性にこだわったクルマづくりを続けており、主力モデルである911は、4名分のシートと実用的なトランクを絶対条件として設計している。2シーターのボクスター / ケイマンでさえ、トランクの確保にこだわっているほどだ。工場は多額の投資によって高度なオートメーションを実現しており、産業用ロボットも大量に導入している。そこで製造されるモデルは、金属板をプレス成形したボディ、つまりごく普通のボディを持つモデルだ。そういう意味では、ポルシェはフェラーリやランボルギーニとは違うが、トヨタとは同じといえるかもしれない。

ポルシェは昨年、史上最高の販売台数を記録した。ただし、その台数は全世界で約14万3,000台。日本で最も売れた車種であるプリウス(トヨタ)が昨年、日本のみで約31万8,000台を売り上げたことを考えると、「プレミア性をウリにした少量生産メーカー」とポルシェが思われるのも無理はない。とはいえ、前述の通りポルシェは大量生産を前提とした工場で、大量生産向けのクルマを製造しているメーカーだ。フェラーリのようなビジネスモデルで、あえて少量生産をしているのではない。いうなれば、ポルシェは巨大メーカーになろうとして、いまだ道半ばにあるメーカーなのである。

いまから65年も前に誕生した自動車メーカーであるポルシェは、356、911とヒットを飛ばした。1970年代には914、924、928とニューモデルを連発し、1車種のみの小規模メーカーからの脱却を図った。だが悪戦苦闘の甲斐なく、このニューモデル攻勢は"失敗"。残ったのは結局911だけだった。それでもあきらめないポルシェは、工場の近代化を進め、タイプ964の生産を機に、日本式の大量生産と品質管理のシステムも取り入れた。その後、水冷となった新世代911とともにボクスターを発売し、続いてSUVのカイエンも登場して、ついに複数のヒットモデルをそろえることに成功したのだ。

自動車メーカーというのは、まずヒットさせやすいモデルで経営基盤を作り、ある程度の基礎体力ができたら、次のステップとして必ず高級車(フルサイズラグジュアリーカーやFセグメント)に参入するものだ。911、ボクスター、ケイマン、カイエンと、少ないながらも一定の布陣が整ったポルシェは、満を持して高級車に参入した。それがパナメーラだ。

「スポーツカーのような走り」求めるユーザーを狙う

高級車というカテゴリーは、超が付くほど保守的で、ちょっとでも変わったことをするとすぐに嫌われる。かといって、新規参入にあたって何の個性もないのでは見向きもされない。なかなか難しいカテゴリーなのだ。

「パナメーラ S eハイブリッド」

パナメーラは、メカニズムとしてはV8もしくはV6エンジンをフロントに縦置きし、リアタイヤを駆動するという、このクラスではオーソドックスこの上ない、ある意味「ポルシェらしくない」ドライブトレーンを採用している。かつての924 / 928で採用したトランスアクスルも、パナメーラではその採用が見送られた。非常に手堅くまとめた印象がある。

しかし、それ以外の面ではかなり大胆に個性を出してきている。スタイリングでは、顔がグリルレス。全モデルの顔をそろえてブランドイメージを高めるという、ドイツメーカーに共通の手法を踏襲したものではあるが、このクラスでグリルを持たないモデルは他にないだろう。パッケージングは5ドアハッチバックで、これもクラス唯一と言って差し支えあるまい。どちらも「高級車にあるまじき」という感覚を持つユーザーが、このクラスの購入層には少なからずいるだけに、かなりの冒険だろう。

そして走り。このクラスでは上質な乗り心地となめらかな走りが不可欠だが、パナメーラの足はスポーツカー並みにかたく、トランスミッションもスポーツ走行向き。コンフォート性にはやや難のあるPDKをメインに採用する。こうして見ると、パナメーラはかなりクセのある特異な高級車といえる。そもそも他の高級車とは、狙ったユーザー層が違うと見るのが妥当かもしれない。つまり、高級車にもスポーツカーのような刺激的な走りを求めるユーザーだ。

考えてみれば、4ドアのスポーツカーを求めるユーザーはいつの時代にも少なからず存在し、ミディアムセダンではそこを狙ったモデルも多数ある。パナメーラはその高級車版だと考えればわかりやすいし、新規参入がきわめて難しい高級車カテゴリーに切り込むための戦略として、いかにもポルシェらしい。

新型パナメーラと「MACAN」で新たな段階に突入

ポルシェのこの戦略は、いまのところ成功しているといえるだろう。なにしろパナメーラの年間販売台数は、すでに911をしのいでいるのだ。2012年の販売台数は、911が2万6,203台だったのに対し、パナメーラは2万7,331台。僅差の数字だが、911はニューモデルが登場したばかり、パナメーラはモデル末期であったことを考えれば、実質的な差ははるかに大きい。新型パナメーラが発売される今年、それが数字となって現れるだろう。

その新型パナメーラだが、シリンダー数と排気量がきわめて大きな意味を持つこのクラスにあって、4.8リットルV8エンジンを3.0リットルV6ターボエンジンへとあっさりダウンサイジングした。さらにクラス初のプラグインハイブリッドモデルが登場するなど、ますます「我が道を行く」姿勢を強く打ち出している。

この新型パナメーラと、今年末に登場するという新型SUV「MACAN」が成功すれば、ポルシェは自動車メーカーとして新たな段階に突入するだろう。大量生産を前提としたメーカーとしては、いままで存続できたことが奇跡といえるほど小規模な生産であり、その意味で「特異な自動車メーカー」とされてきたポルシェ。自動車生産を開始してから65年の時を経て、ようやく念願だった「普通の自動車メーカー」になろうとしている。