「都内での撮影の帰りに行ける範囲で、普通のコンデジ(コンパクトデジタルカメラ)のオートモードで、駅撮りで作品を作ってください」。連載一周年を記念して、筆者はプロに無理なお願いをした。機材も時間もない素人と同じ条件で、マシマ・レイルウェイ・ピクチャーズの長根広和さんは何を見せてくれるのだろうか。

大胆に切り取り、インパクトを作れ!

JR上野駅15番線ホームの車止め付近にある石川啄木の歌碑。コンデジのオートモード、フラッシュ強制オフ、露出補正-2(下記ミニコラム参照)で撮影

コンデジでスナップ撮影をすることはほとんどない長根さん。撮影場所に選んだのは、JR上野駅の始発ホーム。「昔ながらの雰囲気や被写体が多いだろうと思って選びました。ブルートレインも発着するしね。特に思い入れはないけど」と生まれも育ちも横浜の長根さんは、淡々と語る。

実際のこの場所の雰囲気。記念撮影の人もちらほら見られる。男性の位置から撮影すると、Bのようになる。記念撮影としてはいい構図だが、作品と呼ぶにはインパクトに欠ける(筆者撮影)

やや暗くて狭く、昭和のムードが漂う15番線。そんな駅の雰囲気に対して、コンデジの特徴は、「広く、明るく写ること」。上の写真Aのように、散漫とした説明的な写真になりがちだ。そうなってしまう原因は、主題を決めて撮らないからだと長根さんは言う。「その駅を象徴する時刻表やオブジェ、列車の顔などに大胆に寄り、切り取り、インパクトのある画面を作りましょう。もちろん、撮影は黄色い線の内側からですよ」。長根さんは、歌碑を主題、ホームと列車を副題と設定した。撮影の様子は、下のイラストを参照。

手ブレ防止の裏技"連写"

立ち位置と構図が決まったら、フラッシュをオフにする。「フラッシュなしの方が、現場の雰囲気が出ます」。もちろん、運転士らの目に光が入るのを防ぐため、鉄道撮影ではフラッシュをオフにするのが基本だ。

さらに、露出補正を使って、画面を実際の暗さに近づけた。「コンデジのオートモードは、何でも明るく写そうとします。このコンデジも、一枚撮ってみたら、予想以上に明るく写りました」。コンデジが歌碑の黒さを"暗い"と認識して、全体を明るく写してしてしまったのだ。「歌碑が明るく写れば、ホームや電車は白く飛んでしまいます。それでは鉄道写真とは言えません」。歌碑を撮って鉄道を見せる。そのための技が、露出補正なのだ。

さて、薄暗い場所でフラッシュをオフにすると、心配なのが手ブレ。そんな場合の裏技が、なんと"連写"。「手ブレが最も起こりやすいのは、シャッターを押した瞬間です。だから、連写の1枚目は手ブレしていても、2枚目、3枚目は美しく撮れているものですよ」。手ブレ補正機能を信用して、そっとシャッターを押そう。

使い慣れないコンデジで、このホームの明るさにこだわった長根さん。しかも、主題は短歌……。何の思い入れもないと言っていたけど、何かあるんだろうなと勘ぐってしまった。写真家への興味をかきたてられたこの1枚は、まさに作品と呼べるクオリティである。

ミニコラム・「露出補正とは」
上のように、写りの明るさを手動でコントロールできる機能。ほとんどのコンデジや携帯カメラに備わっており、「明るさ調節」などと表示されることもある。カメラによっては、オートモードでは使用できないこともある。明るさへの気配りは、一眼レフにステップアップしてからも使える感覚だ。ライブビュー画面で、好みの明るさに調節してから撮影する習慣をつけよう(筆者のコンデジで筆者撮影)。