温泉地を大相撲の番付に見立てて民間の版元が格付けした「温泉番付」は江戸中期から末期にかけて流行し、江戸~明治期に人気だった温泉地をうかがい知ることができる印刷物です。今の時代で言うと、「温泉ランキング」「名湯100選」みたいなものでしょうか。

草津温泉のイラストが入った「諸国温泉鑑」(東京都立中央図書館特別文庫室所蔵)。著作者・印刷人・発行者は東京神田の阿部善吉氏。全国の温泉番付のほか、胃病、めまい、眼病など草津の共同浴場の効能まで記されている。※画像の無断複製・二次使用は禁止

印刷技術の進化によって町民に広がった

温泉番付が出てきたのは江戸時代の寛政年間と言われています。特に文化・文政期(1804~1829年)以後が多く、当時、隆盛を極めていた相撲の番付にならって長者番付のほか、歌舞伎役者や落語家、職人、神社仏閣、料理店の番付など社会のさまざまな現象を切り取って順位付けが行われており、温泉もその中のひとつでした。

なぜ、江戸時代にこのような番付表ができたかというと、それまでの写本形式から木版による印刷に変わったことで大量印刷が可能になったから。時代や版元によって少しずつ違いもありますが、上位の温泉地名はほぼ同じ。販売された場所は、町人文化が発達した江戸や大坂のほか、各地域でも作成されています。江戸後期にもなると、庶民も病気治療のための湯治や社寺参詣のための旅は認められやすかったことから、このような番付が今でいうガイドブックのような位置づけで人気を呼んだのでしょう。

草津温泉は吉宗将軍もお気に入りの湯

現存する温泉番付の内、最も古いものは文化14年(1817)に書かれたと言われる『諸国温泉効能鑑(しょこくおんせんこうのうかがみ)』で、これを底本として、少しずつ版元の個性が付け加えられていきました。

江戸期の「諸国温泉効能鑑」(東京都立中央図書館特別文庫室所蔵)。京都・烏丸通の墨屋小兵衛板。※画像の無断複製・二次使用は禁止

京都・烏丸通の墨屋小兵衛板を見ると、勝ち負けを判定する行司役は、津軽大鰐の湯、上州さわたりの湯、伊豆熱海の湯、紀州龍神の湯の四湯。勧進元は熊野本宮ノ湯、差添が熊野新宮ノ湯。東の大関は草津、西の大関は有馬となっています(当時は最高位は横綱ではなく大関)。「行司」や「勧進元」として書かれた温泉地は、権威のある別格の温泉地と言われているそうです。

東の大関・草津温泉。温泉街のシンボルである湯畑は夜にはライトアップされる

温泉地が選ばれる理由としては、温泉が療養中心の時代であった当時は、泉質の効能が大きく、実際、大関に選ばれている草津温泉の湯は時の将軍、徳川吉宗(八代将軍)が江戸まで温泉を運ばせるほどのお気に入りでした。番付には温泉地名と一緒に、「諸病ニよし」「づつうニよし」「きりきず さうとく(梅毒のこと)」といった効能が併記されているのも興味深いです。行った人の経験などをもとにして、効果の高い温泉が上位にランクインしているのでしょう。

有馬温泉は「日本三古湯」のひとつに数えられる歴史の古い温泉地

一方、伊香保が「湯川尾」、鳴子が「成子」、修善寺が「朱善寺」になるなど当て字が多いのは、口伝えや不完全な温泉案内書などを引用した結果と言われています。全体を眺めると、現在も人気のある著名な温泉地が多い中、不明な温泉地、すでになくなってしまった温泉地も。時代の流れとともに温泉地にも栄枯盛衰の歴史があるようです。

現在にも引き継がれる番付

温泉を格付けするのに、番付表は和の趣があり、分かりやすいということでしょう。現代でも旅行作家・野口冬人氏の「露天風呂番付」や、温泉評論家・八岩まどか氏の「『青春18きっぷ』で行く温泉番付」(交通新聞社『旅の手帖』)など、個人・版元が温泉番付を紙面などで紹介し、上位にランクした温泉場で宣伝のために張り出されている光景をよく見かけます。

また、各種雑誌やWEB上でもランキング結果を「温泉番付」という形で発表しているケースはよくあります。BIGLOBEがWEB上で投票によって行っている「みんなで選ぶ温泉大賞」は2016年で8年目になり、上位に選ばれた温泉地・宿泊施設を温泉番付として紹介しています。年2回発行の『温泉批評』(双葉社)では、毎号「まっとうな共同湯」(石川理夫氏選出)、「足元湧出の温泉」(郡司勇氏選出)とテーマと選者を決めて、ランキングを掲載しています。インターネットの進展によって情報が手に入りやすくなった昨今、テーマを絞った、よりマニアックな温泉情報が求められているのかもしれません。

筆者プロフィール: 野添ちかこ

全国の温泉地を旅する温泉と宿のライター。「宿のミカタプロジェクト」チーフアドバイザー。BIGLOBE温泉のほか、「すこやか健保」(健康保険組合連合会)で「温泉de健康に」連載中。著書に『千葉の湯めぐり』(幹書房)がある。日本温泉協会理事、3つ星温泉ソムリエ、温泉入浴指導員、温泉利用指導者(厚生労働省認定)、温泉カリスマ(大阪観光大学)、温泉指南役(岡山・湯原温泉)。公式HP「野添ちかこのVia-spa」