「うちの温泉は源泉かけ流しです」。泉質の良さをアピールする宿や施設が使うこの言葉。「源泉かけ流し」というと、水戸黄門の印籠ばりに「いい湯」のイメージがありますが、どういう状態の温泉のことを指しているのでしょうか?

源泉100%かけ流しで注がれる岸権旅館の「権左衛門の湯」(群馬県・伊香保温泉)。冬期のみ、加温している

加水・加温・消毒の考え方

実は、「源泉かけ流し」について公的な機関が定める定義はなく、その考え方は現状ばらばらです。かつて温泉は、自然のままに湧いていて、手を加えられることなくそのまま注がれていました。ですが戦後、温泉の保護・適正利用の観点から、いったんタンクに溜めて配湯する、湯船で循環して使用するなどの方法がとられることが増えてきました。

「かけ流し」「循環」というのは、浴槽への給湯・排水方式のことです。その方式を説明すると、常時新しい温泉を注入し、温泉を再び浴槽に戻さずにあふれさせている「かけ流し=放流式」、浴槽内の温泉をろ過装置を通すことによって汚れなどを除去し再び浴槽に戻して再利用する「循環ろ過式」、そして、再利用してはいますが湯口から新湯を注ぐ「放流・循環併用式」が主なものとなります。

また、温泉を適温にするための加温・加水についても解釈は異なります。泉質を損なわない程度の加水・加温は認めるとする考え方もありますし、十津川、川湯、長湯、野沢、高湯など「源泉かけ流し宣言」を行っている13の温泉地は、加水・加温・循環・塩素殺菌していないことをPRしています。

「源泉かけ流し宣言」で他の温泉と差別化を図るところも(写真はイメージ)

温泉表示にもガイドラインがある

温泉の情報開示が進んだとはいえ、まだまだ分かりづらいのが実態。旅行誌やガイドブックなどは独自の基準を定めて表示していますが、施設側の申告が間違っていたらそのまま掲載されることもあります。

公正取引委員会が2003年に実施した「温泉表示に関する実態調査について」を受け、日本温泉協会と日本旅行業協会(JATA)はガイドラインを策定しました。具体的には、加水・加温・循環ろ過を行っている場合の「源泉100%」「天然温泉100%」表記の是正、「天然温泉」と表記する場合にはあわせて加水・加温・循環ろ過の有無の明記、療養泉の適応症について源泉か浴槽内かの明記、などです。

これは旅行の広告やパンフレットに表示するためのもので、加水なし・加温なし・放流式の場合において、「天然温泉100%」「源泉100%」をうたえるというものです。ちなみに、厚生労働省告示を順守した消毒を行っている場合も、「天然温泉100%」「源泉100%」の表示は可能とされています。

日本温泉協会と日本旅行業協会が策定したガイドラインでは、利用者の誤解がないよう、加水なし・加温なし・放流式の場合に限り、「天然温泉100%」「源泉100%」が使えるとしている(写真はイメージ)

塩素が入っていても「源泉かけ流し」!?

筆者が取材をする中で一番違和感を覚えるのが、「源泉かけ流し」温泉なのに消毒のために塩素が入っている温泉。上述のJATAのガイドラインでは、塩素消毒してあっても「源泉100%」といえるわけですが、温泉そのものの特性である還元性なども失われますし、残留塩素によって発がん性が指摘されるトリハロメタンが生成されてしまうなどの危険性もあります。

日帰りのスーパー銭湯などは源泉100%浴槽であっても、消毒のために塩素が使われていることが多く、タンクの中で塩素濃度が自動管理され湯船へと注がれます。不特定多数の人が入る浴槽なのでレジオネラ属菌の対策のためにも衛生管理上、仕方ないことではありますが、「源泉かけ流し」といっても、山奥の温泉宿の「源泉かけ流し」とは違うものだということを利用者も認識しておくべきでしょう。

温泉は有限な地下資源

「源泉かけ流し」といっても、ざぶざぶと豊富な湯量をかけ流しているところと、チョロチョロと足し湯をしている程度のところもあって実にさまざま。加温・加水の有無というよりも、湯船に見合った湧出量があるのかどうかが大切で、こうした「温泉の量」を会員選定の要件のひとつとしているのが、「日本源泉湯宿を守る会」(深沢守会長=山梨・白根館)です。

このグループは、源泉かけ流しの湯量について、「客ひとり当たり毎分1L」の給湯量を目安としていて、古来より続く温泉利用の本来の姿、日本の温泉文化の原形を保つ40軒の宿が会員になっています。「源泉湯宿」の書籍に掲載されている会員宿を抜粋すると、以下のような温泉が名を連ねています。

・古湯坊 源泉館(山梨県・下部)
・中房温泉(長野県・中房)
・貝掛温泉(新潟県・奥湯沢)
・元湯孫九郎(岐阜県・福地)
・旅館大黒屋(福島県・元湯甲子)
・旅館國崎(長崎県・小浜)
・阿蘇ホテル一番館・二番館(熊本県・阿蘇内牧)

上記のように豊富な湯量をもつ宿ばかりであればいいのですが、逆にそのような宿は希少で、少ない湯量の温泉をどう使うかがいま、問われているのかもしれません。まず、前提として、温泉は有限な地下資源であるという認識は必要だと思われます。

源泉100%かけ流しでつるつるした感触の美肌の湯。透明、エメラルドグリーン、白濁など天候によって色が変わる。白根館(山梨県・奈良田温泉)では49.8度の湯を熱交換で減温しているため、加水も加温もしていない

戦後、掘削技術の進歩によって、これまで温泉地でなかった場所にも温泉が湧きだすようになり、遠くまでいかなくても手軽に近くの日帰り温泉に入れるようになりました。それは幸せなことではあるのですが、あちらにもこちらにも温泉が掘られてしまうことで、近隣の温泉地の湧出量が低下したり、湯温が低下したり、ひいては枯渇してしまうといった問題も出てきています。A旅館が新しい泉源を掘り当てたら、隣のB旅館の湧出量が減ってしまい、裁判中、なんて話も聞きます。

温泉が乱開発されると、自然破壊・環境破壊をも引き起こしてしまうということを知り、持続可能な温泉の使い方がされているのかを考えつつ、温泉の恵みを享受したいものです。

筆者プロフィール: 野添ちかこ

全国の温泉地を旅する温泉と宿のライター。「宿のミカタプロジェクト」チーフアドバイザー。BIGLOBE温泉で「お湯の数だけ抱きしめて」、「すこやか健保」(健康保険組合連合会)で「温泉de健康に」連載中。著書に『千葉の湯めぐり』(幹書房)がある。日本温泉協会理事、3つ星温泉ソムリエ、温泉入浴指導員、温泉利用指導者(厚生労働省認定)、温泉カリスマ(大阪観光大学)、温泉指南役(岡山・湯原温泉)。公式HP「野添ちかこのVia-spa」