景気の低迷や価格の下落、インターネットの普及によるメディア変革などによって、印刷産業は少なからずともその影響を受けており、多くの印刷関連企業が生き残りの道を模索せざるを得ない状況が何年も続いている。その中でパソコンやサーバ、プリンタ等で世界的に知られているHP(ヒューレット・パッカード)が、同社のデジタル印刷機「Indigo」を利用した新しい発想の印刷ビジネスを推し進めている。シンガポールで開催された「Info Trends Digital Printing Seminar」を中心にレポートしたい。
Info TrendsとHPが進めるPSPからMSPへの進化とは?
8月25日から開催された「Info Trends Digital Printing Seminar」は、Info TrendsとHPが共同開催するアジア太平洋・日本地域に向けた最先端のデジタル印刷技術およびそれを利用したソリューションを紹介するイベントで、HPのIndigoを中心にしたさまざまな事例が取り上げられた。会場には数百名に及ぶ印刷産業関係者が集まり、熱心に出演者の話に耳を傾けていた。
アジア太平洋に含まれる中国やインドネシア、インドなどの国々では、印刷の需要が急速に伸びており投資に積極的だ。挨拶に立ったInfo Trends社長のJeff Hayes氏は、今後の印刷産業は、Web-to-printサービスがポイントであり、高度で複雑化する市場ニーズに応えるためにデジタル印刷の導入が必須であると語っている。
「印刷産業全体にあてはまる重要なポイントは、この20年でメディア業界全体がデジタル技術によって動かされるようになったことです。これにより、情報の共有、コンテンツ作成とその管理、印刷の方法が大きく変わってきました。プリント事業は、省ロット化、短納期化、多様なニーズへの対応などが求められており、従来のオフセット印刷などによるビジネスは、伸びが頭打ちになり低迷していくでしょう。これから成長して行くのはデジタル印刷です。これを導入することで、顧客やサプライヤーとの関係を大きく変えて行くことができます。さらに印刷とWebを統合していくことにより、プリントビジネスそのものを変えることができます。例えば、写真業界ではフィルムプリントが減っていますが、フォトブックやグリーティングカード、カレンダーなどは年率50%の伸びを示しています。これは、デジタルカメラとWebベースのツールを組み合わせることによって実現されました。ラベリングやパッケージ、DM業界でも同じような流れが見られます。出版業界もオンデマンド印刷が普及することによって、省ロットでの書籍販売が可能になってきたのです」
デジタル印刷機による成功事例を次々と紹介
セミナーでは、その具体的な事例としてオーストラリアの「Group Momentum」、インドネシアの「Subur Printing Network」、インドの「Manipal Press」、イスラエルの「Oniya Shapira」、オランダの「Eshuis」が壇上に立ち、それぞれの事業内容と成功例を披露した。印刷産業の状況は、国ごとによって事情が異なるが、急速に市場が拡大しているところが多く、激しい競争を繰り広げながら、生き残るために多様なサービスを展開している。その中で今回招かれた企業に共通している点は「Indigo」を利用したデジタル印刷に積極的なことだ。Info TrendsとHPが開催するセミナーなので、当然ながら「Indigo」が中心の話題となっているが、日本ではあまり見られない事例が多く実に興味深い内容だった。
プリプレスからバリアブル印刷の移行に成功した経緯を語る「Group Momentum」のDavid Minnett氏。今回の重要なテーマであるマーケティングとデジタル印刷機を有効に活用した成功例を紹介した |
毎年「Indigo」を購入しているという「Subur Printing Network」のChristian Soeseno Boenarso氏。ニーズに応じたパッケージも制作し、日本では考えられない豪華なウェディングフォトサービを提供している |
インドで60年以上の歴史を持つ「Manipal Press」のT.NAGENDRA RAO氏は、Web印刷やバリアブル印刷などを行なう「DigiGO!」事業を中心に紹介。25カ所の店舗をインド国内に開設し展開しているという |
日本の印刷産業はデジタル印刷に乗り遅れている?
このようにアジア太平洋地域では、印刷産業には大きなビジネスチャンスが到来しており、「Indigo」のような最新の印刷機を積極的に導入して、デジタル印刷を中心とした新しいサービスの提供を試みている。では、日本市場ではどうだろうか? 日本も今回のセミナーの対象地域になってはいるが、デジタル印刷に対する温度差は他の国々と比べると大きい。
日本でもほとんどの大手複写機メーカーがここ数年でトナータイプの商業用デジタル印刷プリンタを発売しており、オンデマンド印刷やバリアブル印刷に対する環境は次第に整いつつある。しかし、各企業がどのようなサービスを前提にこれらの機器を導入すればよいのか、ユーザーにはまだ見えにくい。また、世界でもトップレベルと言われている品質管理の厳しさが足かせになり、顧客が十分満足を得られるような品質を保証できるシステムでない限り、設備投資には踏み切れない企業も多い。印刷市場が拡大傾向にあるアジアの他の国々に比べて業界全体が成熟している日本では、未確定な要素が多い新サービスに主事業を切り替えるのは簡単なことではなく、Info TrendsとHPも日本市場におけるデジタル印刷機の導入は非常に難しいと見ている。
リコーは5月に3000万円以下の「RICOH Pro C900」を発表してオンデマンド印刷市場に本格参入している。キヤノンはモノクロ専用高速機「imagePRESS1135」を9月に発表してラインアップを強化。コニカミノルタや富士ゼロックスも新製品を次々と日本市場に投入している |
しかし、日本の印刷産業自体が長い不況から抜け出せていないことも事実で、現状のままではいずれ厳しい決断を迫られることは間違いないだろう。大手の印刷会社などは以前からプリント以外の新規事業を模索しているが、中小の印刷会社が従来とは異なる分野に参入するのは容易なことではない。可能であればプリント事業の延長線上で新しいサービスを展開するほうが現実的と言えよう。それを考えるとデジタル印刷機を利用したPSPからMSPへの移行は、印刷産業を救う有望なビジネスの一つとして成立する可能性も大いに考えられる。
次回は、海外の事例をより具体的に紹介するとともに、同時に開催された「Regional HP Digital Print Awards」の模様についてお伝えしたい。