有機ELの高精細化の壁を打ち砕いたのは日本勢ではなくSamsung

現在、スマートフォンやゲーム機などに搭載されているアクティブマトリクス型有機EL(AMOLED)はデバイス性能の向上、コスト低減、大型化対応などあらゆる面で量産技術に課題があると言われている。成膜工程では、メタルマスクを用いたパターニングによりRGB3色のOLED材料を塗り分けているが、高精細化への対応で限界が囁かれていた。しかし、Samsungの最新スマートフォン「Galaxy S4」では同方式によってさらに高精細化を推し進めた模様だ。

既存のモバイル機器用OLEDパネルは、真空蒸着装置を用いて各有機層を成膜して作られている。蒸着法そのものは常温下での、るつぼを用いた熱蒸着で単純な構成だが、膜厚が極度に薄く、素子特性が膜厚に大きく依存するので注意深い管理が必要となる。また、共蒸着によるドーピングも行われており、ドーピング率の正確な制御も求められてくる。

画素ごとの有機膜のパターニングはカラーパネルの場合、RGBサブピクセルのパターニング行う必要がある。通常、このパターニングは、るつぼと基板の間に精密な金属シャドーマスクを配置し、塗り分け蒸着で行われる。しかも、モバイル機器では、高精細化、大型化が急速に進んでおり、マスクの精度、およびマスクと基板の位置合わせ精度が厳しくなり、OLED生産で最も難しい工程と言われている。現在、ハイエンドスマートフォン向けのAMOLEDでは、300ppi以上の高精細ディスプレイの搭載が定番となっているが、蒸着で対応するのは難しいと言われていた。

また、AMOLEDには低温Poly-Si(LTPS) TFTが用いられているが、現状もっとも大きい基板サイズは第5.5世代(1300×1500mm)クラスである。しかし、現状の蒸着技術ではこのサイズを一度に成膜できないため、半分もしくは1/4にカットして用いられている。前述のガラスやマスクのたわみおよびガラスとマスクのアライメント精度に起因するもので、基板サイズの上限は、第5世代以下でパターニング幅は40μmが限界と言われていた。さらに、定期的にマスクなどのクリーニングに伴う装置稼働率の低下や、パーティクルによる歩留りの低下が避けられない。加えて、材料利用効率が低く、コスト競争力の点からも問題視されていた。

このような課題が指摘される中、Samsungは2013年3月に発表した「Galaxy S4」に搭載するAMOLEDにおいて、400ppi以上の高精細を塗り分け蒸着技術で実現した。PenTile技術という、見た目は高精細になるという擬似技術を用いているが、それでも困難と言われてきた壁を突破した。この報道に対し、「あっぱれというしかない」(業界関係者)と手放しで称賛する声もあった。

低分子系材料の蒸着。OLED膜の蒸着は最もシンプルな方式。有機材料の蒸発は300℃以下の低温度で、基板加熱もいらない。蒸発プロセスでは材料精製も同時に行われる。多層積層も比較的容易。問題は高精細パターニング。現状はメタルマスクを用いているが、精細度、コストに限界があると言われてきた

スマートフォンは2013年にフルHD化への対応が本格化

この蒸着の問題を解決するために、これまでレーザ転写法、インクジェットをはじめとした塗布プロセスなど様々な試みが行われてきた。その中で、レーザ転写法が注目されている。レーザ転写法については、これまでソニー、米3M、米Eastman Kodakなどが、学会で技術発表している。Samsungのディスプレイ製造を担当するSamsung Displayではレーザ転写技術のうち、米3Mの「LITI」技術に共同で取り組んできたが、3Mが撤退したため、現在は単独で開発を進めている。「LITI」は、ドナーフィルムに成膜された発光材料を大気中で、レーザの熱エネルギーによりTFTが形成された基板に転写する。これにより、20μm程度でパターニングでき、400ppiという高精細ディスプレイが実現する。

Samsungは「LITI」を2013年第1四半期に立ち上げを予定していた製造ラインに採用する予定だった。一方、スマートフォンではさらに高精細が進展し、2013年はフルHD(1920×1080画素)が本格化する見通しとなった。4~5型クラスでフルHDに対応するには、350ppi以上の高精細化が求められてくる。Samsungでは、メタルマスク蒸着技術と「LITI」の両方を同時に開発してきたが、既存の蒸着技術で高精細に対応できるめどが付き、延期になったという。当初は、「LITI」技術なしに高精細対応は困難と考え、RGB3色のうちRGに「LITI」を採用し、Bに蒸着技術が採用される計画だった。Samsungでは、「LITI」をモバイル機器向け以外にも、TV向けパネルに適用する計画も浮上している。

有機ELの最大の課題は水分の侵入をいかに防ぐか

インクジェットなどの塗布プロセスは真空プロセスを使わず、所望の箇所に塗り分けることができるため、実用化すれば一番効率的に生産できると思われるが、まだ量産に適用するという段階まで至っていない。

レーザ転写法の概念図。OLED膜が予め成膜された透明なドナー基板をガラス基板の近接もしくは接触させる。ドナー基板の裏面からレーザを照射し、ガラス基板にOLED膜を転写して成膜する。ドナー基板は方式によってフィルムもしくはガラスが使われる

成膜された基板は封止工程に送られる。OLED素子は水分に極端に弱く、大気に曝されるとすぐに性能が劣化してしまう。このため、完全に外気を遮断するような封止が求められるが非常に難しい。パッシブマトリクス型(PM)OLEDでは、通常はシートタイプの水分吸着剤(乾燥剤)を一緒に入れ込んで封止する。しかし、乾燥剤を封入するためのスペースが必要になる他、乾燥剤と有機膜の接触を防ぐために内部を中空にする必要があり、全体として厚くなってしまう。乾燥剤が入るため、ガラス基板側から光を取り出すボトムエミッション構造を採用している。

ボトムエミッション構造のOLED。成膜したガラス基板側から光を取り出す。PMOLEDの他、AMOLEDのうち白色+カラーフィルタ方式では、この構造を採用している

封止への要求性能は、AMOLEDパネルでもPMOLEDと同様だが、ガラス基板上にTFT回路が形成されるため開口率が低くなる。このため、発光をOLED素子上面側から取り出すトップエミッション構造が採用されている。トップエミッション構造は、発生した光の進路を乾燥剤が遮断するため、乾燥剤を封入する従来方法をそのまま採用できない。Samsungでは、トップエミッション構造を採用しており、ガラス基板とキャップの間の接着層から水分が侵入するのを防ぐために低融点ガラスで封着する技術を採用している。

トップエミッション構造のOLED。AMOLEDの場合、ガラス基板にTFTがあるため、開口率が低下する。この問題を封止側から光を取り出すことで解消できる。

パネルサイズがさらに大きくなると、中空構造は中央部で上下が接触するなどの問題が発生する。それを避けるために、SiNなどの無機膜を直接OLED素子上に成膜して封止し、エポキシ剤などの充填剤を注入してガラス板でふたをする構造が大型パネルや照明などでは主流になると予想されている。この場合、大気の遮断はSiNなどの無機膜に頼ることになる。現状はCVDプロセスが用いられているが、より低コストなプロセスの開発が望まれる。また、充填剤は、化学的に安定でOLEDにダメージを与えないこと、適度な接着性と柔軟性を持つこと、トップエミッション構造では透明性などが求められる。さらに、水分の吸着性など、多岐にわたる要求を満たす必要がある。

TV向けの大型OLEDでは、この封止工程がさらに難しいと考えられる。1月に開催された「Internatinal CES 2013」では、各メーカーが大型OLEDを発表し、成膜工程やTFTに関する発表を行ったが封止に関する発表はなかった。大型OLEDの封止技術では、エッジからの水分侵入、バリア膜の選択、機械的強度の確保など様々な課題が想定される。TV向けOLEDは、約2~3年で世代交代するモバイル機器とは異なり、5~10年とそれなりの寿命が要求される。TV向けでは、この封止技術によるデバイス寿命への対応が、成膜やOLED材料、TFT技術の開発などより、実は困難なのではないかという見方も有識者の中にはある。

将来的には、封止側にガラスを用いずに、透明の膜を積層させる膜封止が求められる。これが実現すると、OLEDの特徴として最も生かせるフレキシブルデバイスが誕生することになる。次回はデバイス構造について解説する。