「花と虫の共進化と共生を追って」というテーマで講演する写真家・自然ジャーナリストの山口進氏。30年以上続けるジャポニカ学習帳の表紙撮影、NHK「ダーウィンが来た」企画撮影のほか、著書多数

生き物の中には自然の中の生態がまったく知られていない生物もある。たとえば高さ約3mもあり「世界最大の花」として知られる「ショクダイオオコンニャク」。2014年には国立科学博物館 筑波実験植物園で咲いたことで話題になった。

世界一大きく、世界一「臭い」花であるとともに、約7年に一度しか咲かず、しかも2~3日でしおれる短命な花でもある。写真家の山口進さんは、このショクダイオオコンニャクを追い求めて約20年間、インドネシアのスマトラ島を旅してきた。その間、花を見たのが8回、開花を見たのが4回。発見が世界一難しい花でもあるのだ。「幻の花」を探し当て、撮影に至る過程は執念に近いといっていい。

3月22日に行われた自然科学研究機構のシンポジウム「生き物たちの驚きの能力に迫る」では、山口さんが撮影した豊富な写真とともに、どのように花を探して当てたか、開花の様子やニオイはどうだったのかなど、開花の瞬間に立ち会った山口さんならではの臨場感あふれる話や写真が観客の興味を引きつけた。その内容を紹介する。

現地語で「死者の花」。忌み嫌われる花

7年に一度咲き、2~3日でしおれる「ショクダイオオコンニャク」。中心部が肉穂(にくすい)。花びらのように取り囲んでいるのが仏炎苞(ぶつえんほう)。(提供:山口進氏)

ショクダイオオコンニャクのことをスマトラ島の住民は現地語で「ブンガ・バンカイ」と呼ぶそうだ。ブンガは「花」、バンカイは「死」や「死者」という意味がある。山口さんによると「開花時に腐ったような強烈なにおいがするために、忌み嫌われている」とのこと。そのため、つぼみを見つけると村の人が切ってしまうというのだ。

しかし山口さんのテーマである植物と昆虫との共生関係を調べるには「開花時の観察が必要」。花は開花の時に一大ドラマを展開するし、開花を見ずに花の生態を知ることはできないという。しかしショクダイオオコンニャクのつぼみを見つけるのは至難の業だ。

なぜか。理由は2つある。1つは生育場所。もう1つは花芽を見極めるむずかしさだ。

「ショクダイオオコンニャクの花は雨季の3月ごろに咲くことが多い。分布域はスマトラ島を南北に走るバリサン山脈の谷間の急傾斜地です。胸突き八丁の厳しい山道で、さらに雨期、粘土質の土はすべります。紅茶のプランテーションを管理するために作られた幅30センチほどの細い道を伝って、もがきながら花芽(つぼみ)を探します。広い谷間のどこにあるかわからない花芽を探すのは大変なので、村人にも協力を頼みます」(山口さん)

さらに困難なのは、せっかく芽を見つけても、その芽が花になるか葉っぱになるかわからないことだ。ショクダイオオコンニャクは種子から花になるまで約7年間かかる。はじめの6年は、地下の球茎(コンニャク玉)から繰り返し新芽が出て葉っぱが伸びる。葉っぱは木のようにまっすぐ伸びて大きな葉になり、いずれ枯れる。6年目ぐらいになると高さ3メートルを超す葉になるそうだ。

葉がくり返し伸びるごとに球茎が肥大し、球茎が十分な大きさになるとようやく花芽を出す。花芽は10日ほどたつと真中が膨らんでくる。「それでも完全に咲くかかどうかわからない。途中で腐ることもあります。開花する確率は低いのです」

葉になる芽(左)と花になる芽(右)。花芽は真中が膨らんでくる(提供:山口進氏)

村人に切られてしまわないように、山口さんは花芽になる可能性の高い芽の前に観察小屋を建てる。斜面に建てるので大きな小屋は作れない。「2×4メートルの観察と居住空間です。村人に頼んで米とインスタントラーメンと干物、野菜を運んでもらって3週間ぐらい滞在します」 荷物は撮影機材と寝袋。調理は鍋ひとつですませる。この20年間で作った観察小屋は30~40にも上るという。

ミステリアスな開花の瞬間 

いよいよ花芽が膨らんでも、いつ頃開花するかはまったく情報がない。村人も知らないのだという。観察小屋で一週間ほど待機した後に、山口さんが見た開花前後の様子はこうだ。「仏炎苞(ぶつえんほう)は今にも開きそうでゴムのように弾力がある。夕方4時頃、仏炎苞の端がぶるっとふるえた」山口さんが花が動くのを初めて見た瞬間だ。この段階で開花することを確信したそうだ。

「1時間半ほどかけて徐々に花びらが開くが、肉眼では確認できないほどゆっくりしたスピードです。満開になったのは夜7時半から8時ごろ。開花しきった段階ですごいニオイがしてきました。長さ数キロの谷ですが、腐った魚を焦がしたような、ネズミが死んで腐ったようなニオイに谷中が満たされる。ニオイの放散が始まると同時に、花から湯気が見えました」。山口さんによると、この湯気がニオイのもとだという。

「ショクダイオオコンニャクは中央の肉穂が空洞になっていて、開花までニオイ成分を貯めこんでいます。そして仏炎苞の体温をあげる。通常は30度前後の体温が開花時は38度まで上昇していました。発熱することでニオイ成分を蒸散させるのです」(山口さん)

ショクダイオオコンニャクの開花の様子。上から撮影時間は17時、17時40分、19時30分 (提供:山口進氏)

強烈なにおいに引き寄せられる昆虫シデムシ

そしてこの強烈なにおいに引き寄せられて昆虫がやってくる。シデムシだ。「興奮しながら花に寄ってきて、触覚でニオイの元を探ろうとして花の中にどんどん入っていきます」開花から4~5時間後、ようやくニオイは収まる。

21時20分ごろ、ショクダイオオコンニャクから湯気が出て強烈なニオイが谷中に広がる(提供:山口進氏)

 開花後、次の動きが始まるのは約14時間後だ。「花の内部のおしべから、まるでところてんを押し出すように、『花粉の糸』が出てきます。するとそれまで静かだったシデムシが興奮して動き回り、花粉まみれになる。花粉糸は粘着性があり、シデムシの身体にこびりつきます。この(花粉まみれの)シデムシが花から出て、他の花まで花粉を運ぶと推測できます」

ニオイに引き寄せられたシデムシ(アカモンオオモモブトシデムシ)はおしべから出た花粉にまみれる (提供:山口進氏)

開花から3日後には肉穂が倒れてすきまができ、そこからシデムシが脱出。開花約2か月後には実ができるという。見事に結実に成功したのだ。「シデムシが花粉を媒介しますが、シデムシが花の内部に入ることによって花粉を落とし、めしべの先に花粉がつく。つまりシデムシは花粉を落とすために呼ばれているのではないかとも考えられます」シデムシの役割については、今後の課題でもあるようだ。

開花から約2カ月後。ショクダイオオコンニャクの果実(提供:山口進氏)

ショクダイオオコンニャクの実はどんな味がするのだろうか? 山口さんはなんでも食べる癖があり、食べてみたという! その感想は? 「ほのかに甘いが、3分ぐらいすると口から喉までしびれました。非常にえぐい」。

スマトラの地元住民と信頼関係を築き、世界一発見が難しい花の観察を続けてきた山口さんは、「花のネットワークができて、最近ではいつ頃、どこで咲くかがわかるようになった」そうだ。それでも1年に見つかるのは4輪ほど。まだまだ研究の余地があると強調する。そんな山口さんが危惧しているのは開発によって、ショクダイオオコンニャクが咲く環境がなくなっていること。「自分の観察が研究につながり、生態系や種の保存に役立てば嬉しい」と講演を結んだ。