デジタルファーストを目指す政府のなかで、早くも電子申告(法人税・法人消費税)の義務化を打ち出している国税庁が、税務行政の10年後のイメージを示した「税務行政の将来像~スマート化を目指して~」を、6月に公表しました。課税及び税金の徴収は国の根幹となる業務であり、これを担う国税庁が示す「税務行政の将来像」は、政府が目指す電子政府の未来を示すものでもあります。

今回は、国税庁が考える税務行政の10年後のイメージを、「税務行政の将来像」から見ていきましょう。

国税庁の問題意識

「税務行政の将来像」では、最初に検討の背景として、国税庁の問題意識が以下のように提示されています。

「近年、税務行政を取り巻く環境は大きく変化しています。」として、「ICTやAIが著しく進展するとともに、新たにマイナンバー制度やマイナポータルが導入されました。他方、経済取引がグローバル化し、資産運用が多様化する中で、国税職員の定員の減少と所得税の申告件数や法人数の増加などもあり、調査・徴収は複雑・困難化しています。また、消費税軽減税率制度やインボイス制度など新たに実施される制度への対応のために、業務量の増加も見込まれています。」と、現在及び近い将来の状況認識を示しています。

(図1)は、「税務行政の将来像」に参考資料として添付されている資料から所得税の申告件数などを1989年(平成元年)と2015年(平成27年)との比較で示したものです。

確かに、所得税や法人税の申告件数は増加しており、かつ複雑な処理への対応が求められる連結法人が6倍強も伸びるなかで、調査の実施率は低下しています。そして、2019年(平成31年)10月に予定されている消費税率の改定(標準税率10%へのアップと軽減税率8%の導入)、その後に続くインボイス制度では、官民ともに業務量の増加が見込まれることになります。

こうした状況認識のもと、国税庁は「定員の計画的な確保を図った上で、ICTやマイナンバーなどを積極的に活用していくことにより、納税者の利便性を一層向上させ、納税者が自ら正しい申告と納税が行える環境を引き続き整備していくとともに、課税・徴収の効率化・高度化を進め、全体として効率的な資源(機構・定員・予算)配分に努めます。」としています。

そして、ここに挙げられた「納税者の利便性の向上」と「課税・徴収の効率化・高度化」を二つの柱として、「税務行政の将来像」を「スマート税務行政」として提示しています。

「税務行政の将来像」が示す納税者の利便性の向上

「納税者の利便性の向上」の項では「スムーズ・スピーディ」を掲げた上で、以下の3つの項目を挙げています。

(1)カスタマイズ型の情報発信
(2)税務相談の自動化
(3)申告・納付のデジタル化の推進

では、それぞれでどのような将来像が考えられているのか、みていきましょう。

(1)カスタマイズ型の情報発信

これまでの国税庁からの情報発信は、税法の解釈や取り扱いについてホームページや、税法改正時の説明会などで情報提供を行うなど、汎用的な情報提供にとどまっています。e-Tax(国税電子申告・納税システム)で申告した納税者に対しては、e-Taxのメッセージボックスへ申告のお知らせを配信するような個別対応も行われてはいますが、お知らせ内容は確定申告時期を前にして、申告を促すような内容にとどまっています。

こうした現状に対して、この「カスタマイズ型の情報発信」では、「マイナポータルやe-Taxのメッセージボックスを通じて、納税者個々のニーズに即してカスタマイズした税情報をタイムリーに配信していくことにより、その時々に納税者が置かれた状況に応じて、正しい申告と納税が行えるよう適切な支援を行っていくこと」とし、不動産を売却した個人に対する申告の案内や、災害発生時に被災者に対して税の減免制度のお知らせを迅速に提供することなどが例示されています。

すでにe-Taxを利用している個人は、メッセージボックスでこうしたお知らせを受け取ることができます。が、例示にあるような不動産を売却した個人や税の減免が可能となる被災者が必ずしもe-Taxを利用している訳ではありません。そのため、この「カスタマイズ型の情報発信」が「納税者の利便性の向上」に効果を発揮するためには、マイナポータルの普及が鍵を握ることになります。

(2)税務相談の自動化

現在、納税者が税務署に税に関する相談・問い合わせをする場合は、電話による場合は電話相談センターで集中的に対応しています。また、面談が必要な個別・具体的な相談については、事前予約制で税務署に来署して行うやり方が取られています。

この「税務相談の自動化」では、メールやチャットなどを活用して相談チャネルの多様化を図っていくととともに、「相談内容をAIが分析することにより、システムが自動的に最適な回答を行うようになると考えられます。さらに、納税者からの評価を同時に受けることで、税務相談への回答内容がより適切なものになるとともに、相談時間の短縮につながるものと考えられます。」としています。

そして、参考資料として海外税務当局の取組事例のなかに、(図2)のようなシンガポールの「AIを活用した質疑応答システム」が取り上げられています。

AIを問い合わせ対応に活用する動きは、すでに民間企業でも取り組まれていますので、AIの学習機能も織り込んだ、この「税務相談の自動化」は、比較的近い将来実現されるものと考えられます。

(3)申告・納付のデジタル化の推進

税の分野のデジタル化は、これまでのe-Taxの利用促進により、かなり進んでいると言えます。(図3)は参考資料のなかの、電子申告件数の推移を示したグラフです。

法人税申告は2015年度(平成27年度)において全体の75.4%が電子申告されています。そして法人税申告は電子申告義務化に向けた基本計画で、大規模法人については100%の利用率を、中小企業について85%の利用率を目指してすでに動き出しています。したがって、申告・納税のデジタル化の課題は、利用率52.1%の所得税申告と、(図3)のグラフには表示されていませんが、ネットバンキングとダイレクト納付合わせても5.8%の利用率にとどまっている電子納税ということになってきます。

「申告・納付のデジタル化の推進」では、次のような将来像が示されています。

「納税者がマイナポータル等を通じて電子的に入手できる情報(生命保険料データ等)が増えれば、それらを活用することにより、確定申告や年末調整の電子化が進み、手続の省力化が図られる」

「各行政機関がマイナンバーを付して管理する情報を、国税当局がバックオフィス連携により入手することで、添付書類の削減など申告手続等の簡素化を進めることが可能になる」

「国税と地方税の申告等で手続が重複するものについては、様式の統一を図った上で、いずれかの機関へ電子的に提出すれば関連手続が全て終了することとなり、納税者の負担感の減少が図られる(国と地方への電子的提出のワンストップ化の推進)」

「国税の納付については、手続をさらに簡単・便利にするため、ダイレクト納付での複数口座登録を可能とすることなどにより、電子納税の一層の推進を図っていきます。また、来署した納税者が自ら専用端末で国税を納付し、領収証書も発行される自動現金領収システムを導入すること」

これらの将来像は、すでに構想が発表されているものもありますが、続く「具体化を検討中の取組等」では、次のように個人の申告に関する取り組みが掲げられています。

「医療費やふるさと納税の電子データを、e-Taxでの申告に活用できるようにすること」 「個人の納税者がマイナンバーカードに搭載された電子証明書を用いてe-Taxを利用する場合、ID・PWの入力を省略する方式を平成31年1月に導入する予定」

「マイナンバーカード及びICカードリーダライタが普及するまでの暫定的な対応として、マイナンバーカード等の未取得の方を念頭に、税務署における職員との対面などにより交付を受けたID・PWを使ってe-Taxの利用を可能とする方式についても、併せて導入する予定」

「簡易な内容の申告などをスマートフォンやタブレットから行えるようにすること」

すでにマイナポータルとe-Taxとは連携できるようになっていますので、本来ならばそれを活用した施策に集中したいところだと思いますが、マイナンバーカードやマイナポータルの普及を待たなくてもできることもやっていくことで、所得税の電子申告を利用しやすくする環境を創り利用率の向上を図ろうという姿勢が、これらの取り組みから見て取ることができます。

「税務行政の将来像」が示す課税・徴収の効率化・高度化

「課税・徴収の効率化・高度化」の項では「インテリジェント」を掲げた上で、以下の3つの項目を挙げています。

(1)申告内容の自動チェック
(2)軽微な誤りのオフサイト処理
(3)調査・徴収でのAI活用

ここでは、マイナンバー制度とも係りが深く、かつ個人や事業者にとっても影響が大きいと考えられる(1)について、具体的な内容をみていきましょう。

(1)申告内容の自動チェック

申告内容のチェックについては、これまで国税情報システム内に蓄積された納税者の申告データや法定資料をはじめとする各種資料情報等を、システムを使って分析することにより、個々の納税者に対する調査の必要性の判定等を行ってきました。そして、マイナンバー制度が導入されマイナンバーが記載された源泉徴収票や給与支払報告書が提出されることにより、給与所得者の扶養情報から、本来扶養親族になり得ない者を特定することなども、以前より効率的に行えるようになってきているようです。

そんななか、この「申告内容の自動チェック」では、次のような将来像が示されています。

「申告内容を、マイナンバーや法人番号をキーとして、国税当局が保有する資料情報データ等とシステム上でチェックすることにより、申告漏れの所得・資産の有無や税法の適用誤りの有無等を効率的に把握することができるようになるとともに、把握された内容に応じて、納税者への適切な接触方法がシステム上に具体的に提示されるようになること」とし、例示として次のような内容が記載されています。

「所得税では様々な取引等に関する情報と申告内容を、相続税等では財産所有情報等と申告内容をシステム上で自動的にマッチングさせることで、申告漏れ所得・財産をより迅速かつ効率的に把握することが可能になる」としています。

さらに、以下のような将来像も提示されています。

「システムの自動チェック機能により把握された申告内容の疑問点については、マイナポータルのお知らせ機能やe-Taxのメッセージボックスを通じて、個々の納税者に自動的に照会する(申告内容についてのお尋ね)ことで、疑問点の解明を迅速かつ効率的にすること」

「AIを活用し、インターネット上の土地データなどの各種情報の自動収集や土地利用状況の自動分析等を行うとともに、国税当局が取得・保有する各種情報に基づき、路線価・倍率・株価等を自動的に評定することにより、相続税、贈与税の財産に係る評定事務を効率的にすること」

最初に掲げられている将来像は、マイナンバー制度が税の分野で効果を発揮することが期待されてきた分野であり、すでに給与所得者の扶養情報のチェックなどで動き始めているところでもあります。

給与所得者を含む個人や事業者の側からみると、これからは申告漏れや申告内容の誤りについて、その内容が軽微なものであっても、国税当局によりマイナンバーや法人番号をキーとして効率的かつ迅速に把握されるということになります。本来、申告漏れや申告内容の誤りはあってはならないことですので、給与所得者を含む個人や事業者は、自らが申告する内容について、今まで以上に正確を期するようにすることが大事になってくると考えます。

税の分野は広く国民に係りのある分野ですが、法人税や所得税の電子申告などデジタル化という領域では、政府のなかでも比較的進んでいる分野です。この税の分野で、AIによる「税務相談の自動化」や、マイナンバー・法人番号をキーとした「申告内容の自動チェック」などが「税務行政の将来像」として提示されました。進展するICTやAIと、制度として動き出したマイナンバーや法人番号を活用して、様々な業務を自動化していく方向性は、電子政府の未来を示すものということができます。

今回公表された「税務行政の将来像」は、10年後のイメージとして説明されていますが、ICTやAIの急速な進展は、それぞれの将来像の実現を早める可能性もあります。「納税者の利便性の向上」や「課税・徴収の効率化・高度化」がいつどのように実現されていくのか、今後の税務行政の動きに注目していきたいと思います。

中尾 健一(なかおけんいち)
アカウンティング・サース・ジャパン株式会社 取締役
1982年、日本デジタル研究所 (JDL) 入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。マイナンバーエバンジェリストとして、マイナンバー制度が中小企業に与える影響を解説する。