毎年5月に給与所得者の住民税を市区町村から通知する特別徴収税額通知(特別徴収義務者用)(以下、「税額通知」)に今年から給与所得者のマイナンバーが記載される件については、この連載でも数回にわたって、その問題点を指摘してきました(第61回、第64回)。

一部報道によると、この「税額通知」で、95自治体、589人分の通知書で誤送付などが発生し、その一部でマイナンバーが漏洩したことが報じられています。問題は事前に漏洩のリスクが多方面から指摘されながら、マイナンバーを記載した「税額通知」の送付を強行した総務省・自治体の対応です。

今後、電子化が進められる「税額通知」、今回の漏洩問題からあるべき方向性を考えてみたいと思います。

起こるべくして起こった特別徴収税額通知によるマイナンバーの漏洩

Security Nextが公開している「個人情報漏洩事件・事故一覧」では、5月から6月にかけての事件・事故で「税額通知」の誤送付などの事例が取り上げられています。ここで、取り上げられている事例は、95自治体、589人分の通知書で誤送付などが発生したものの一部ですが、どのようにしてマイナンバーの漏洩が起こったのかということが分かります。単に事業者の住所を間違えたために誤送付されたのであれば、開封されないまま返送されますのでマイナンバーの漏洩は起こりません。マイナンバーの漏洩に至った事例では、給与所得者である従業員と事業者の紐付けを間違え、他の事業者への通知へ封入するなどのミスによりマイナンバーが漏洩してしまったケースなどが報告されています。こうした事例はマイナンバーが記載されていなくても、「税額通知」自体が保護されるべき個人情報ですので、本来あってはならないことです。ただし、通知書の封入などは人手に頼る作業ですので、おそらく従来から少なからずこうしたミスはあったものと思われます。

総務省も地方自治体も、そうした実態は承知していたはずですが、にもかかわらずミスが起こりうる環境が改善されないまま、「税額通知」にマイナンバーを記載して送付したため、マイナンバーを含む特定個人情報が漏洩する事態を引き起こしてしまいました。

厳しい罰則規定まで設けて事業者に従業員からマイナンバーを収集・管理するよう求めてきた行政側が、あらかじめ反対する声が多数上がっているなかで「官」から「民」へマイナンバーの送付を強行し、その結果マイナンバーの漏洩を引き起こしてしまったことは、このまま看過されて良いわけがありません。

「税額通知」にマイナンバーを記載するように「指導」してきた総務省は、この件について今のところ何らコメントをしていません。8月5日の総務大臣に対する記者会見で、記者からこの件についての質問が投げかけられていますが、マイナンバーの漏洩については総務省の所管である自治体が引き起こしたにもかかわらず、国民の個人情報に対する意識の問題として回答するというやりとりに終わっています。この会見は、総務大臣が交代した直後ですので、「税額通知」の誤送付などによるミスによりマイナンバーが漏洩した件について、正しい情報が大臣のもとにまで届いていなかった可能性もありますが、とすればそれだけ総務省としてもこの事態を軽くみているとしか思えません。

特別徴収税額通知(特別徴収義務者用)にマイナンバーはいらない

改めて言いますが、給与計算で従業員から住民税を天引きするために用いる「税額通知」にマイナンバーは必要ありません。事業者にとってはマイナンバー記載の書類が増え、厳重管理しなければならなくなるだけで、マイナンバーの記載は迷惑でしかありません。

総務省が、この「税額通知」にマイナンバーを記載する根拠としているのは、番号法19条(特定個人情報の提供の制限)1号です。そこでは、「個人番号利用事務実施者が個人番号利用事務を処理するために必要な限度で本人若しくはその代理人又は個人番号関係事務実施者に対し特定個人情報を提供するとき。」は提供可能としています。この条文だけ読んでも、「個人番号利用事務を処理するために必要な限度」に、特別徴収税額通知(特別徴収義務者用)が該当するのかまったく分かりません。ところが、内閣府が出している「番号法」の逐条解説では、この条文について、「この場合、提供元は、個人番号利用事務を処理するために特定個人情報を利用し、かつ当該事務を処理するために提供するものである。」とし、「具体的には、地方税の特別徴収のために、市区町村が給与支払者に対し特別徴収税額を通知する場合が挙げられる。この場合、市区町村は、地方税の徴収という個人番号利用事務を処理するために、個人番号関係事務を処理する給与支払者に対し特定個人情報を提供するが、給与支払者は個人番号利用事務を処理するためにかかる情報を利用するものではない。」と解説しています。

この逐条解説で、具体的に「税額通知」が例示されていることで、総務省が「税額通知」にマイナンバーを記載するようになったのではないでしょうか。

この逐条解説では、提供元である地方自治体が「個人番号利用事務を処理するために特定個人情報を利用し、かつ当該事務を処理するために提供するものである。」としていますが、その一方で、マイナンバーを提供された「給与支払者は個人番号利用事務を処理するためにかかる情報を利用するものではない。」としています。もともと、給与支払者である事業者は、個人番号利用事務を行う立場にはなく、個人番号関係事務実施者として、従業員などからマイナンバーを収集・管理し、給与支払報告書にマイナンバーを記載して提出する立場にあります。事業者が給与支払報告書にマイナンバーを記載して提出すれば、自治体が行う「地方税の徴収という個人番号利用事務を処理する」ためのマイナンバーの利用という点では、完了しているはずです。

自治体からマイナンバーを提供されても、事業者が利用できるわけではないにもかかわらず、「地方税の徴収という個人番号利用事務を処理するために、個人番号関係事務を処理する給与支払者に対し特定個人情報を提供する」としているのは、どうしても納得することができません。地方自治体にとって、「地方税の徴収という個人番号利用事務を処理するため」に給与支払報告書にマイナンバーの記載を求めているのではなかったのでしょうか。ここでは、「地方税の徴収」手続きの全体を「個人番号利用事務」として拡張して捉えることで、「官」から「民」に送付される「税額通知」にもマイナンバーの記載が必要かのように言っていますが、かなり無理して例示しているとしか思えません。

番号法19条(特定個人情報の提供の制限)1号では、マイナンバーが提供される対象として「本人若しくはその代理人又は個人番号関係事務実施者」の順になっており、逐条解説では、どのようなケースで「本人」にマイナンバーが提供されるのかを解説するのが本来であり、「本人若しくはその代理人」を飛び越えて、いきなり「個人番号関係事務実施者」へマイナンバーを提供するケースが解説されていることにも、違和感を感じます。

この逐条解説での例示がある限り、総務省では「税額通知」にマイナンバーを記載するよう地方自治体に指導し続けるとするのではないかと危惧します。今回の地方自治体が引き起こしたマイナンバーの漏洩について、責任ある立場にある総務省並びに内閣府には、逐条解説での「税額通知」の例示を取りやめ、来年同じようなマイナンバーの漏洩が起こらないように、「税額通知」へのマイナンバーの記載をしないよう要望したいと思います。

特別徴収税額通知(特別徴収義務者用)の電子化の現状と今後

前回も取り上げた、政府の規制改革推進会議が5月に取りまとめた「規制改革推進に関する第一次答申」では、この「税額通知」の電子化について、「特別徴収税額通知(特別徴収義務者用)の正本の電子交付を行っていない市区町村に対し、電子交付の導入の意義・効果に関する助言など電子交付の推進に必要な支援を行う」とされています。

「税額通知」の電子交付は、すでに制度上は可能になっているのですが、対応している自治体数は少数にとどまっているため、以上のような答申になっているわけです。一方、総務省の地方税分野における電子化の推進について記載された『「行政手続コスト」削減のための基本計画』では、国税での法人税などの電子申告義務化に対応して、地方法人二税などについての記載はあるものの、「税額通知」の電子交付についての記載はまったくありません。

「税額通知」に今後もマイナンバーが記載されて送付される場合、マイナンバーをシステムで管理しているのであれば電子データの方が、まだ管理がしやすいと考えますが、上記のような総務省の基本計画では、「税額通知」の電子交付が多くの自治体で対応するように一気に進むことは考えにくい状況です。

また、仮に「税額通知」の電子交付が進むとしても、そこにマイナンバーの記載はいらないはずです。デジタルファーストの考え方のもとに進められる電子化では、行政側のコスト削減のためだけではなく、事業者や個人にメリットをもたらすものでなければなりません。そうした観点からは、「税額通知」の電子交付を進めるにあたっては、事業者にとってデメリットでしかないマイナンバーの記載は取りやめ、各自治体が交付する「税額通知」のフォーマットを統一するなど、事業者にとってメリットをもたらすような内容で、できるだけ迅速に進めてほしいと考えます。

中尾 健一(なかおけんいち)
アカウンティング・サース・ジャパン株式会社 取締役
1982年、日本デジタル研究所 (JDL) 入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。マイナンバーエバンジェリストとして、マイナンバー制度が中小企業に与える影響を解説する。