8月14日、日本経済新聞の朝刊一面に「年末調整 ネットで完結 企業・会社員の負担減」という記事が掲載されました。政府が進める官民手続きのオンライン化原則(デジタルファースト)なかで、法人税・法人消費税の電子申告の義務化など、いち早くデジタルファーストの施策を進める税の分野で、年末調整業務についても新たな施策が打ち出されました。 従業員を雇用しているすべての事業者が行なわなければならない年末調整ですから、効果的に運用されれば事業者にとって大きなメリットがあります。今回は、この年末調整をめぐる動きについてみていきたいと思います。

年末調整の何が変わるのか

年末調整の業務で作成される源泉徴収票(国税)や給与支払報告書(地方税)は、従業員本人および扶養親族のマイナンバーの記載が求められる書類として、この連載で何度もとりあげてきましたが、そのなかで述べてきたように源泉徴収票や給与支払報告書の電子申告はすでに実現しています。したがって、年末調整で作成された書類の提出はすでにネットで完結しています。では、8月14日の日本経済新聞の記事では、何が変わるといっているのでしょうか。

(図1)は政府税制調査会の海外調査報告(総論)のなかで、日本の年末調整を説明した資料です。

(図1) 日本における年末調整事務の流れ(政府税制調査会海外調査報告(総論)より)

現在、従業員が年末調整で生命保険料控除をうけるためには、(図1)の①で生命保険会社から生命保険料控除証明書を郵送で受け取り、それをもとに給与所得者の保険料控除申告書を作成し、証明書を添付して雇用主である事業者に提出します((図1)②)。この①②のプロセスは、現在すべて書面で行なわれていますので、事業者が年末調整を行う際には、従業員から提出されたこれらの書類を確認し、年末調整計算に反映しなければなりません。

日本経済新聞によると、この①②のプロセスが、「新しい仕組みになると、個人はマイナポータルで金融機関から証明書の電子データを受け取り、勤め先に送る。企業も電子データをもとにネット上で確認し、税務署にもネットで申請する。」ように変わるとしています。

そして、この年末調整の新しい仕組みは2018年度の税制改正大綱に盛り込み、2020年度をめどに導入を目指すとしています。

年末調整の新しい仕組み マイナポータルに求められる機能

もともと、マイナポータルでは民間の金融機関などから電子で証明書などを受け取る「電子私書箱」という機能が構想されていました。マイナポータルの最新の提供予定サービス一覧では、この「電子私書箱」は「民間送達サービスとの連携」となっているようです。このサービスでは「行政機関や民間企業等からのお知らせなどを民間の送達サービスを活用して受け取ることができる」とされています。

年末調整の新しい仕組みでは、マイナポータルの「民間送達サービスとの連携」機能により、生命保険料控除証明書や住宅ローン残高証明書などを生命保険会社や金融機関などから電子データで受け取ることができるようになります。日本経済新聞の記事では、「マイナポータルで電子データを受け取り、勤め先に送る」と簡単に書かれていますが、マイナポータルで受け取った証明書等電子データを、マイナポータルから取り出しメール添付で送るなどといったことでは、今ひとつ利便性に欠けます。

(図1)で引用した政府税制調査会の海外調査報告(総論)では、この日本経済新聞の記事と係る内容として「年末調整手続きの電子化の推進」として検討項目などを挙げています((図2)参照)。この内容は、政府の規制改革推進会議が5月に取りまとめた「規制改革推進に関する第一次答申」の内容を踏襲したものになっています。

(図2) 年末調整手続きの電子化の推進(政府税制調査会海外調査報告(総論)より)

このなかに「被用者が電磁的に交付された控除証明書を活用して簡便に控除申告書を作成し、雇用者に提供することができる仕組みの構築についても検討し、結論を得る。」とあります。ここで「被用者」とは従業員のことですが、従業員がマイナポータルで生命保険料控除証明書を電子データで受け取ると、マイナポータル上で証明書データから給与所得者の保険料控除申告書が簡便に作成され、申告書と証明書を雇用者である事業者へ電子データで送る仕組みを検討するとしています。

生命保険料控除は(図1)の資料にある通り、3,100万人が利用していますので、それだけの従業員が保険料控除申告書を手書きで作成していることになります。(図2)の資料では「簡便に控除申告書を作成し」とありますが、申告書は「本人が記載すること」といったこれまでの建前にこだわらず証明書データから必要なデータを連携して申告書を自動で作成することは可能なはずです。そこまで踏み込んで、年末調整時の従業員側の手間を省けるようにすれば、マイナポータルの利用も促進されるはずです。年末調整の新しい仕組みに対応して、保険料控除申告書が自動作成され、ボタンひとつで雇用者である事業者に送ることができる仕組みの構築がマイナポータルの機能として装備されることが求められます。

年末調整の新しい仕組み 生命保険会社・金融機関などに求められること

この年末調整の新しい仕組みにおいて、従業員が生命保険料控除証明書を電子データで受け取れるようになるということは、証明書を発行する生命保険会社にとっては証明書を書面で作成し、郵送するコストを削減できるメリットがあります。ただし、生命保険会社によって送信する電子データの形式が異なるようでは、先に取り上げたような保険料控除申告書を自動作成することもままなりません。おそらく、国税庁などが主導して生命保険料控除証明書や住宅ローン残高証明書などのデータ仕様を決定し、統一したデータ様式のもとに運用が開始されることになると考えられますが、新しい仕組みの導入のめどとされている2020年度に間に合うように仕様が公開され、生命保険会社・金融機関などのシステム改修が整うようにしてほしいと思います。

また、現状のマイナポータルの普及状況(マイナンバーカードの交付状況)から、導入当初は生命保険会社などが発行するすべての生命保険料控除証明書などを電子データに置き換えることは難しいと考えられます。生命保険料控除証明書などを、マイナポータルを利用している人には電子データで、そうではない人にはこれまで通り書面でとなると、生命保険会社や金融機関は書面を電子データに置き換えることによるコスト削減メリットをすぐには最大化することはできません。

本当に便利なものは必ず普及します。年末調整に必要な各種証明書を発行する生命保険会社や金融機関などは、当面電子データと書面と併用で対応することになっても、電子データでの提供を積極的に行うことで、年末調整の新しい仕組みが効果を発揮するように、その役割を担ってほしいと思います。

年末調整の新しい仕組み 事業者にとってメリットのある仕組みにするために

中小事業者の多くは、税理士に年末調整業務を委嘱しています。もちろん中小事業者が年末調整業務を自ら行う場合もありますが、いずれが行うケースでも多くの場合年末調整システムが使用されています。これまで従業員から書面で受け取っていた生命保険料控除証明書や給与所得者の保険料控除申告書などを電子データで受け取れるようにするためには、年末調整システム側の改修も必要になります。

現在、年末調整システムを中小事業者や税理士向けに提供しているベンダーは、当然従業員から提出されるこれらの電子データをシステムに取り込んで、効率的に処理できるようなシステムの改修を行うことになります。この辺りの改修内容はベンダー任せになってしまいますが、これまで書面から手入力していた項目が自動的に入力されることになれば、事業者や年末調整を請け負う税理士にとっては、これまで以上に業務負担の軽減を実現することができます。それだけに、年末調整業務を行う事業者や税理士などは、多くの従業員が電子データで生命保険料控除証明書や給与所得者の保険料控除申告書などを提出することを望むようになると考えられます。

また、年末調整で提出される給与支払報告書を受けて決定する従業員の住民税の通知について、「規制改革推進に関する第一次答申」では「住民税の特別徴収額通知の電子化」として、特別徴収税額通知(納税義務者用)の従業員への交付を、

1) 事業者に電子的に送信して従業員が取得できるようにする
2) マイナポータルを利用して事業者を経由せずに従業員が取得できるようにする

などの方法が検討するとしています。

現状では、事業者は書面で送付されてきた特別徴収税額通知(納税義務者用)を従業員一人一人に配布する作業を毎年行なっています。検討されている1)の方法では、それに対応したシステムを事業者側で用意する必要があり、そこに新たな負担が生じます。事業者は特別徴収税額通知(特別徴収義務者用)で、従業員各人の住民税の特別徴収額を確認できますので、従業員へ配布する特別徴収税額通知(納税義務者用)は必ずしも事業者を経由する必要はありません。2)の方法であれば、事業者は一切関与せずに従業員への特別徴収税額通知が完了することになります。

年末調整の新しい仕組みや住民税の特別徴収税額通知(納税義務者用)の電子化で事業者の業務負担が軽減されるためには、マイナポータルの普及、すなわちマイナンバーカードの普及が欠かせないことになります。こうした電子化の動きが周知されるようになると、事業者によっては、マイナンバーカードの取得・マイナポータルのアカウントの開設を従業員へ依頼する動きも出てくると考えられます。ただし、マイナンバーの収集時にマイナンバーの提供を拒む従業員がいたように、事業者の依頼に進んでマイナンバーカードを取得する従業員がどれだけいるかは、現状のマイナンバーカードの普及率が10%にも満たないことを考えると、そう簡単にはいかないのではないかと考えられます。

マイナポータルの利用では、マイナンバーカードを持ち歩く必要はありませんが、現状ではカードリーダが必要であり、よほどのメリットがない限りマイナポータルのためにマイナンバーカードを取得するのはハードルが高いと考えられます。今後、スマートフォンでのマイナンバーカードの読み取りや、スマートフォンに電子証明書を格納してマイナンバーカードなしでもマイナポータルが利用できるような構想が進んでいます。これらの構想が実現していくと、年末調整の新しい仕組みや住民税の特別徴収税額通知(納税義務者用)の電子化が、マイナポータルを利用して一気に進む可能性もあります。

政府が進めるデジタルファーストの流れは、今回の年末調整の新しい仕組みのように事業者にとってもメリットのあるものを構築していこうとしています。そして、その基盤となるのはマイナンバー制度であり、個人レベルではマイナンバーカードの普及とマイナポータルの利用促進があって初めて基盤といえる役割を果たすことができるようになります。 マイナンバー制度が本来求められているように社会的な基盤として機能できるかどうか、そうした観点から、税の分野で進むデジタルファーストの流れと、マイナンバーカードの普及状況やマイナポータルの利用促進については、今後とも注目していきたいと思います。

中尾 健一(なかおけんいち)
アカウンティング・サース・ジャパン株式会社 取締役
1982年、日本デジタル研究所 (JDL) 入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。マイナンバーエバンジェリストとして、マイナンバー制度が中小企業に与える影響を解説する。