今年の「世界最先端IT国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」の第2部「官民データ活用推進基本計画」(以下「基本計画」)は、第2部冒頭の文書にある通り、「官民データ利活用社会」のモデルを構築するため、官民データ活用推進基本法第8条に規定する官民データ活用推進基本計画を策定したものです。

このなかで、政府が集中的に対応すべき課題として設定した①経済再生・財政健全化、②地域の活性化、③国民生活の安全・安心の確保の3つの課題に応じて、8つの重点分野を定めていますが、今回はそのなかの「電子行政分野」を中心に、重点施策などを見ていきましょう。

基本法におけるオンライン化原則のための基本計画の施策

官民データ活用推進基本法(以下「基本法」では、データ活用の前提になる書面での手続きを電子化するために、基本的施策の第10条で官民にわたる手続きのオンライン化を原則とする旨が規定されています。

(図1)は基本法第10条に関する、内閣官房IT総合戦略室の1月時点の資料です。

(図1)内閣官房IT総合戦略室 「官民データ活用基本法を踏まえた対応(案)」より

ここでは基本計画に、行政手続及び民間取引に係る原則オンライン化に向けた措置を明確化し組み込んでいく必要があるとしています。

では、今回の基本計画では実際どのような措置が組み込まれたのでしょうか。 基本計画では「施策集」として、基本法の関連条文ごとに重点的に講ずべき施策が整理されています。

このうち基本法第10条関連をみてみると、まず「分野横断的な施策」として次の8項目を挙げています。

行政手続等の棚卸し
地方-民の行政手続の棚卸し
民-民の取引における対面・書面原則の見直し
オンライン化原則に向けた法整備等
行政手続等における住民票の写しや戸籍謄本等の提出不要化
行政手続等における登記事項証明書の提出不要化
法人インフォメーション等を活用した政府全体のバックオフィス連携
マイナンバーカードと電子委任状を活用した政府調達

最初の3項目では、国-民、地方-民、民-民で行われる手続等について、まず今年度中に書面・対面を規定している手続を洗い出し把握した上で、オンライン化原則に向けて優先的に取り組むべき手続と方策を取りまとめることとしています。そして、それらの検討を受けて、今年度中に改正が必要な個別法を把握し、2018年通常国会以降、順次個別法の改正を行い、オンライン化原則に向けた法整備を整えていくとしています。

そして、個人が行う行政手続においては、2018年度上半期までにマイナンバー制度を活用した住民票の写しや戸籍謄本等の提出不要化に向けた方策をとりまとめるとしています。同じく、法人が行う行政手続においては、同じく2018年度上半期までに登記事項証明書の提出不要化に向けた方策をとりまとめるとしています。そして、法人の役員や住所などの変更に伴う手続きのワンストップ化を実現するために、法人インフォメーション等を活用した政府全体のバックオフィス連携を活用する方針を2018年度上半期までにとりまとめるとしています。

これらの3項目は、個人においてはマイナンバー(またはマイナンバーカード)、法人においては法人番号をそれぞれの手続きで利用し、その情報を行政機関間のバックオフィス連携で活用することによって実現しようとするものと考えられます。これらが実現すれば、これまでなかなかメリットを感じることができなかったマイナンバー制度が、個人や事業者にとって行政手続きにおける負担の軽減というメリットをもたらすことになります。 そして、最後の施策として「マイナンバーカードと電子委任状を活用した政府調達」が挙げられています。

この電子委任状については、この連載の55回に日本経済新聞の「契約書 ネットで発行」という記事から一度取り上げましたが、基本法第10条3項にもあるとおり、「契約の申込みその他手続を行えるようにする」ための仕組みとして考えていました。実際に、6月に入って国会で成立した「電子委任状の普及の促進に関する法律」では提案理由として「電子契約の推進を通じて電子商取引その他の高度情報通信ネットワークを利用した経済活動の促進を図るため、電子委任状の普及を促進するための基本的な指針について定めるとともに、電子委任状取扱業務の認定の制度を設ける等の必要がある。」とされており、民-民での契約書などの電子化に重点が置かれていると思っていましたが、「基本計画」のこの分野では「政府調達」が施策として掲げられることになりました。すでに民間では電子委任状の仕組みを利用せずに、電子契約を可能とするサービスも登場しており、それらのサービスに電子委任状の仕組みを適用するための調整などが必要となることから、まずは国が主導して取り組める調達の分野での活用を施策として取り上げたものと考えられます。国の電子調達システムはすでに運用されており、「電子委任状の普及の促進に関する法律」も成立したことから、このマイナンバーカードと電子委任状に対応した電子調達システムを開発し、2018年度には利用開始するとしています。

オンライン化原則のための電子行政分野での施策

この基本計画で、基本法第10条関連の重点的に講ずべき施策で取り上げられている重点分野は、当然のことながら「電子行政分野」になります。

基本法第10条関連の「電子行政分野」の重点施策には、以下の7項目が挙げられています。

社会保険・労働保険関係事務のIT化・ワンストップ化
住民税の特別徴収額通知の電子化等
自動車保有関係手続のワンストップサービスの充実
株主総会招集通知添付書類の電子提供の原則化
不動産取引における重要事項説明のオンライン化
子育て・介護・相続などのライフイベントに係るワンストップサービス
産業保安手続のスマート化

前項でみた「分野横断的な施策」は、政府全体でみた課題設定として施策間の関連も含めて理解しやすかったのに比べて、こちらは政府各省庁が課題を持ち寄った感があります。そのため、全体を通して内容を読み解くのは難しいため、ここではこの7つの重点施策のうちいくつかについてみていきたいと思います。

まず、トップにおかれている「社会保険・労働保険関係事務のIT化・ワンストップ化」です。税の分野の電子申告は重点施策に取り上げられず、社会保障分野の関係事務のIT化・ワンストップ化が、重点施策として取り上げられています。これは、税の分野の電子申告がこれまで利用率を伸ばし、法人税の電子申告の義務化も視野に入れるところまで来ているのに対して、社会保険・労働保険関係事務の電子申請を行うe-Gov(イーガブ)の電子申請機能の利用率が今一つ伸び悩んでいることにあります。このe-Govは、社会保険・労働保険関係事務の主管象徴である厚生労働省だけでなく、「電子政府の総合窓口」として政府の全省庁に係る法令等を調べたり、申請・手続を行うための機能をもったサイトです。政府の全省庁が係ってきたことから、その利用実態についてこれまであまり顧みられなかったのですが、マイナンバーを記載しなければならない書類が多い社会保険・労働保険関係事務の電子申請の利用率を上げていくことが課題として注目され、電子行政分野の重点施策のトップに挙げられたものと思われます。

厚生労働省では現状の使いづらさを解消し、利用率を伸ばすために、民間システム開発者との対話を行うなどして、電子申請の利用を前提とした最適化を行い2020年度までに電子化を徹底するための工程表を作成し、実施するとしています。実現までの期間が長いと感じられますが、事業者にとって負担を軽減できるような社会保険・労働保険関係事務のIT化・ワンストップ化を実現するためにも、民間システム開発者からの合理的な要望にこたえた工程表の早期公開を望みたいところです。

次に重点施策として掲げられているのは「住民税の特別徴収額通知の電子化等」です。この住民税の特別徴収税額通知書については、マイナンバーを記載して事業者に送付されることの問題をこの連載でも何度か取り上げました。その住民税の特別徴収額通知の電子送付を徹底しようというのが、この施策です。もともとこの住民税の特別徴収税額通知書は、制度的には電子署名付きの電子データ送付が可能になっていますが、対応している市区町村が少数にとどまっており、経団連などからも電子化に対応する市区町村の拡大が求められていました。基本計画では事業者用の特別徴収税額通知書については今年度中に2020年度までの対応市区町村数を策定するとしています。総務省は、この特別徴収税額通知書へのマイナンバーの記載については、一貫して市区町村に記載を求める指導を続けましたが、こと市区町村のシステムに関わることとなると市区町村まかせとする立ち位置にみえます。このような進め方では、全市区町村が電子化に対応するまで、事業者は紙と電子データが混在した状態で特別徴収税額通知書を受け取ることになり、かえって手間がかかることになります。ましてや、今年のようにマイナンバーが記載されてくるとなると、事業者の負担を増やすことにしかなりません。

総務省には、来年以降の特別徴収税額通知書にはマイナンバーを記載しないこと、そして早めに多くの市区町村が統一された様式で特別徴収税額通知書の電子化に対応できるような措置をとることを要望したいと思います。

そして、重点施策のうちもうひとつ「子育て・介護・相続などのライフイベントに係るワンストップサービス」をとりあげてみましょう。もともと子育てのワンストップサービスはマイナポータル開設時の提供サービスとして予定されていたものです。そのため、この子育てのワンストップサービスについては今年10月以降保育所等の入所申請などを開始、今年度中にサービスの検索・閲覧の開始など、スケジュールも具体的に示されています。この子育てに加えて重点施策では介護・相続といった分野が追加されていますが、この基本計画ではマイナンバー制度の活用により、介護・相続の手続にかかる負担を軽減できると想定し、今年度内に課題を整理し、2018年度から制度改正やマイナポータルへの機能拡充などを行い、可能なものからワンストップサービスを開始するとしています。マイナンバー制度のひとつの成果物といえるマイナポータルが、個人のライフイベントに応じた諸手続をどこまでワンストップ化して、個人にとって便利なポータルとして機能するようになるのか、今後に注目していきたいと思います。

ここまで、基本計画で重点分野の筆頭にあげられた「電子行政分野」について、基本法第10条に関連した関連施策をみてきました。この、基本計画では基本法のその他の条文に関しても重点施策が挙げられており、「電子行政分野」については[図2]のような全体像が示されています。

(図2)電子行政分野の今後 「世界最先端IT国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」より

今回取り上げた、行政が係る分野で基本法第10条関連の施策が重要な役割を負うことになることが、この図からもみてとれます。それだけに、電子行政分野の重点施策として掲げられた項目の統一感のなさが気になります。基本計画において重点分野を8つに絞る際には「集中と選択」ということばが使われていましたが、各省庁が課題を持ちよっただけで終わるのではなく、個人や事業者に配慮した省庁横断での「集中と選択」による課題設定と解決のためのIT化・ワンストップ化の推進こそがこの「電子行政分野」で大事なのではないでしょうか。

次回は、基本計画のうち基本法第13条関連としてマイナンバーカードの普及・活用についての重点施策をみていきましょう。

中尾 健一(なかおけんいち)
アカウンティング・サース・ジャパン株式会社 取締役
1982年、日本デジタル研究所 (JDL) 入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。マイナンバーエバンジェリストとして、マイナンバー制度が中小企業に与える影響を解説する。