前々回の連載で、税の分野における1月から3月のマイナンバーの利用について振り返る中で、5月に地方自治体から事業者に送られる「給与所得に係る特別徴収税額の決定・変更通知書」(以下「特別徴収税額決定通知書」)へ従業員のマイナンバーが記載されることについて取り上げました。「官」から「民」にマイナンバーが提供されることのおかしさや、事業者がこの「特別徴収税額決定通知書」を使用して行う作業にマイナンバーは不要なことから、事業者に余計なリスクを負わせる「特別徴収税額決定通知書」へのマイナンバー記載をやめるよう要望しました。

その後の推移をみると、「特別徴収税額決定通知書」へのマイナンバー記載は取りやめることはなく実施されてしまいそうな状況です。今回は、「特別徴収税額決定通知書」へのマイナンバー記載の問題点を再度整理するとともに、実際にマイナンバーが記載された「特別徴収税額決定通知書」が送られてきた場合に事業者が取るべき措置について考えていきましょう。

「給与所得に係る特別徴収税額の決定・変更通知書」とは

給与所得を得ている従業員は、居住している市区町村に住民税を払わなくてはなりません。通常この住民税は給与から天引きされ、事業者が従業員の居住している市区町村へ納付します。この仕組みを特別徴収といいます。では、天引きされる住民税の額がどのように決まるかというと、毎年年末調整計算後の1月に市区町村に提出する給与支払報告書の個人別明細に記載された給与所得に基づき、各市区町村の税率などにより1年分の住民税が計算されます。そして、事業者に同じ市区町村に居住する従業員を一覧にした「特別徴収税額決定通知書」(事業者用)と従業員一人一人に配布できるようにした「特別徴収税額決定通知書」(納税者用)が5月に送られてきます。

事業者はこの「特別徴収税額決定通知書」で通知された従業員の住民税を6月以降の給与計算に反映させるために、従来の住民税の額を新たに通知された住民税の額に変更し、6月以降はその額を天引きして従業員の居住している市区町村へ納付することになります。 従業員の少ない中小企業であっても、従業員が全員同じ市区町村に住んでいることは稀ですから、事業者の元には複数の市区町村から「特別徴収税額決定通知書」が届きます。従業員が数十人にもなってくると、それだけ事業者のもとに届く「特別徴収税額決定通知書」の数も増えていくことになります。

「特別徴収税額決定通知書」へのマイナンバー記載は何が問題なのか

この5月に通知される「特別徴収税額決定通知書」から(図1)のとおり、従業員のマイナンバーを記載する欄が設けられました。

(図1)「特別徴収税額決定通知書」

本来、「マイナンバーの利用」は利用目的が限定されているものです。そして、従来の説明では、ひとりでも従業員を雇用する事業者は個人番号関係事務実施者として、従業員から本人および扶養親族のマイナンバーを収集し、マイナンバーの記載が義務付けられている源泉徴収票や給与支払報告書に、収集したマイナンバーを記載して、個人番号利用事務実施者である国や地方自治体などに提出することとされていました。マイナンバーの民間での利用(例えば社員番号や会員管理などにマイナンバーを利用する)は禁止されているわけですから、当然マイナンバーは「民」から「官」への流れのなかでしか利用できないものと考えられてきました。

今回の「特別徴収税額決定通知書」へのマイナンバーの記載は、この「民」から「官」への流れではなく、逆の「官」から「民」へマイナンバーが受け渡されることになります。そして、マイナンバーの流れが逆になるだけではなく、マイナンバーの提供を拒否した従業員や、従業員からマイナンバーの収集ができないまま今に至っている事業者の従業員のマイナンバーもすべて記載されることになっています。

要は、「特別徴収税額決定通知書」に記載されるマイナンバーは、事業者がセキュリティ対策など苦労して環境を整えて収集し、給与支払報告書に記載したマイナンバーではなく、住民票に紐づけて地方自治体で管理されているマイナンバーが記載されてくるということです。

今回の「特別徴収税額決定通知書」へのマイナンバーの記載の問題点を整理すると以下の3点に集約されます。

1.「特別徴収税額決定通知書」の用途からマイナンバーは不要にもかかわらず、何の目的でマイナンバーを記載するのか
2.「特別徴収税額決定通知書」を受け取る事業者側にマイナンバーの紛失や漏えいのリスクを負わせることに対して行政側の配慮がない
3.「官」から「民」へ従業員等のマイナンバーが通知できるのであれば、「民」から「官」への提出書類にマイナンバーを記載する必要があるのか

「特別徴収税額決定通知書」へのマイナンバー記載についての行政側の見解

個人情報保護委員会は3月29日、「特別徴収税額決定通知書」へのマイナンバーの記載について、「特定個人情報の適正な取扱いに関するガイドライン(事業者編)」などに関するQ&Aを更新し、以下のQ1-3-2 およびQ1-3-3を追加しました。

(図2)「特定個人情報の適正な取扱いに関するガイドライン(事業者編)」などに関するQ&A

このA1-3-2によれば、「利用目的を特定し、本人に通知等しているのであれば、本人以外から提供を受けた個人番号についても、その利用目的の範囲内で利用することができます。」としています。これは本人がマイナンバーの提供を拒否しているケースなどへの回答にはなっているかもしれませんが、A1-3-3もあわせて先に挙げた問題点の1の回答にはなり得ていません。あらかじめ「特別徴収税額決定通知書」へのマイナンバーの記載ありきで、今回の措置で、本人以外からマイナンバーが提供されることになることを追認したかたちになっています。

そして、日本税理士会連合会のホームベージに4月14日、「総務省からのお知らせ」として、以下のような文書が掲載されました。

(図3)日本税理士会連合会のホームベージの「総務省からのお知らせ」

こちらでは、「特別徴収税額決定通知書」へマイナンバーを記載する根拠となる条文が示されています。番号法19条(特定個人情報の提供の制限)1号では「個人番号利用事務実施者が個人番号利用事務を処理するために必要な限度で本人若しくはその代理人又は個人番号関係事務実施者に対し特定個人情報を提供するとき。」は提供可能としています。これは、災害などで手続きが必要な際に本人にマイナンバーの確認ができない場合などを想定したものと考えられますが、今回の措置が「必要な限度」に入るとはとても思えません。 また、先に見た個人情報保護委員会のQ&Aで本人以外から提供されたマイナンバーを利用可能としながら、「個人番号の収集ができていない従業員等については、引き続き個人番号の収集に努める必要があります」としている点はどのように考えれば良いのでしょうか。「個人番号の収集ができていない従業員」の分もマイナンバーを記載し、事業者にその利用を促しておきながら、番号法6条の「個人番号及び法人番号を利用する事業者は、基本理念にのっとり、国及び地方公共団体が個人番号及び法人番号の利用に関し実施する施策に協力するよう努めるものとする。」の条文を盾に、すでに分かっているマイナンバーでも収集するようにと言っているわけです。

政府や地方自治体は、中小企業など事業者やその委託を受けてマイナンバーを管理する税理士や社会保険労務士の苦労を分かっているのでしょうか。法律を杓子定規に解釈し、やらなくてもよいことをやっているとしか思えません。「特別徴収税額決定通知書」の本来の目的からすれば、どう考えてもマイナンバーは不要です。

デジタルファーストを目指す政府の資料のなかには、「サービス・デザイン思考に基づく取り組み」という言葉が何度もでてきます。サービス・デザインという考え方は、いろいろと定義されていますが、サービスを利用者にわかりやすくかつ価値が感じられるようにデザインするという考え方といえます。今回取り上げている「特別徴収税額決定通知書」の問題は、サービス・デザイン思考に反するものですし、そもそも行政側にサービスを提供するという意識さえないとしか思えません。事業者へリスクを負わせることの配慮もされないまま、マイナンバーを記載した「特別徴収税額決定通知書」を事業者へ送ることを、取りやめることを行政側には要望します。

また、問題点の3で取り上げた点についても、きちんとした説明をすべきだと考えます。

マイナンバーを記載した「特別徴収税額決定通知書」に対する事業者の対応

今現在、5月にマイナンバーを記載した「特別徴収税額決定通知書」が送られてくることを知っている事業者がどれだけいるのでしょうか。日本税理士会連合会のホームベージに掲載された「総務省からのお知らせ」では、「平成29年3月に各市区町村等へ通知し、各市区町村等を通じて特別徴収義務者に周知することとしています。」としています。その市区町村からの周知がどれくらい行われているかは、現時点では分かりませんが、実は市区町村の「特別徴収税額決定通知書」へのマイナンバー記載への対応も分かれていることが、一部で報告されています(東京保険医協会ホームページなど)。

ただし、総務省は先に見たとおり、あくまで「特別徴収税額決定通知書」へのマイナンバー記載を進めようとしており、事業者や事業者からマイナンバーの管理や給与計算業務を請け負っている税理士や社会保険労務士は、マイナンバーが記載された「特別徴収税額決定通知書」が送られてきた場合にどのように対応するか、マイナンバーを紛失・漏えいしないための取り扱い方法などを決めておく必要があります。

地方税の電子申告を行っている場合は、「特別徴収税額決定通知書」を書面ではなく電子データで受け取る方法もありますが、対応している地方自治体に限りがあること、また今から手続きして間に合うかどうかは定かではありません。

このことも考慮して対応方法のポイントを整理すると以下のようになります。

・「特別徴収税額決定通知書」が送られてくる市区町村にマイナンバーを記載するのかどうか確認する

・マイナンバーを記載する市区町村には「特別徴収税額決定通知書」を電子データで受け取ることができるか、受け取るためにはどのような手続きが必要か確認する(可能な限り電子データで受け取れるようにする)

・書面でマイナンバーが記載された「特別徴収税額決定通知書」が送られてくる市区町村分の郵便物を、マイナンバーの担当者・責任者以外が開封しないようにあらかじめ従業員に周知する

・マイナンバーの担当者・責任者は書面でマイナンバーが記載された「特別徴収税額決定通知書」を受け取ったら、ただちにマイナンバーを確認できないように黒塗りするなどマスキングする(本人が提供を拒否しているのに本人の承諾なしに登録・管理することはのちのち問題になる可能性が高いので、その分もマイナンバーを確認できないようにすることをお勧めします)

・マイナンバーの担当者・責任者は電子データでマイナンバーが記載された「特別徴収税額決定通知書」を受け取ったら、ただちにマイナンバーは削除する

・以上の対応ののち、「特別徴収税額決定通知書」を給与計算業務に利用する

インターネットで、「特別徴収税額通知 マイナンバー」で検索すると、早い段階からたくさんの団体や個人が「特別徴収税額決定通知書」へのマイナンバー記載に反対の声をあげていることがわかります。それでも直近の総務省の見解は、先に示した通り杓子定規というほかないものです。こうなると、直接事業者と向き合っている多くの市区町村が、その事業者に余計な負担をかけず事業に専念できるように、「特別徴収税額決定通知書」にマイナンバーを記載しないという決断をすることを要望するしかありません。事業者の方が、今回の件への対応の一環で市区町村にマイナンバーの記載の有無を確認する際には、是非そのような要望をしていただきたいと思います。

中尾 健一(なかおけんいち)
アカウンティング・サース・ジャパン株式会社 取締役
1982年、日本デジタル研究所 (JDL) 入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。マイナンバーエバンジェリストとして、マイナンバー制度が中小企業に与える影響を解説する。