この1月~3月、国税分野では源泉徴収票や支払調書などの法定調書、所得税確定申告書、個人事業主の消費税申告書、地方税分野では給与支払報告書や償却資産申告書など、マイナンバーの記載が求められる多くの書類が提出されました。

このマイナンバー記載の書類を個人が窓口に紙で提出する場合は、本人確認(番号確認と身元確認)が必要になるなど、去年に比べて提出に際しての手続きが面倒になり、提出する側も受け取る側も負担がかかる状況になりました。

マイナンバーが本格的に利用されたこの1月~3月の状況を振り返ってみましょう。

マイナンバー記載や本人確認 税務署等の対応は

2月から3月の所得税確定申告の時期には、JRや私鉄の駅構内などあちらこちらに所得税確定申告のポスターが貼られ、今年からマイナンバーの記載が必要となることなどをアピールしていました((図1)参照)。

(図1) 平成28年分確定申告ポスター

そして、3月も上旬になってくると例年のことではありますが、税務署では朝早くから多くの人たちが列を作って窓口が開くのを待つ風景が見られました。また、この時期は申告書の作成を支援するために税理士による相談コーナーが税務署内または別会場で設けられ、そこにも多くの人たちが詰め掛けます。今回から所得税申告書にはマイナンバーを記載する必要があることから、税理士が行う支援業務においては、納税者に対して「特定個人情報の取扱いに関する同意書」の記載を求めた上で、申告書の作成をサポートするようになりました。ただし、納税者がマイナンバーを把握しておらず、申告書にマイナンバーの記載ができない場合は、申告書には本来マイナンバーの記載が必要であり本人確認書類の提示または添付が必要であることを指導した上で、そのまま受け付けることになったようです。

また、税務署の窓口においても、実際にマイナンバーの記載や本人確認がルール通りに行われたのかというと、「マイナンバーを書いてなくても受理された」といったことがネット上で話題になるなど、窓口での対応も厳格に行われたわけではなかったようです。これは、国税庁「番号制度概要に関するFAQ」のQ2-3-2の(答)を拠り所とした措置と見ることができますが((図2)参照)、「制度導入直後の混乱を回避する観点などを考慮し」とは何を意味するのでしょうか。

(図2) 国税庁「番号制度概要に関するFAQ」より

税の分野では、マイナンバーが交付されて1年以上が経過した今年の1月~3月になって、ようやく本格的にマイナンバーが利用されることになったわけですので、納税者側にマイナンバー記載についての認識が浸透していなかったこともなきにしもあらずですが、実際のところ紙での提出の場合に本人確認を必要としたことが、より「混乱」を巻き起こすことになったのではないでしょうか。

この窓口での本人確認を避けるために、所得税の申告を納税者から委託を受けて行う税理士では、マイナンバーを記載した所得税などの申告において、これまで以上に電子申告に取り組むようになってきています。これは、電子申告では本人確認書類の添付が必要ないからです。本人確認書類、特に番号確認のための書類はマイナンバーカードや通知カードのコピーなどが想定されていますが、マイナンバーの紛失・漏えいを防ぐためには、安全な取扱いが求められることになります。多くの所得税申告書などでマイナンバーを取り扱う税理士にとって、マイナンバーの紛失・漏えいのリスクを避けるためには、番号確認書類が不要な電子申告が最善の方法ということになります。

では、電子申告では送信されたマイナンバーが正しいかどうか、どのように確認するのでしょうか。国税庁「本人確認に関するFAQ」のQ1-6では、税理士が代理送信した場合の「本人の番号確認」については、「(税務署において)システムにより確認」としています。

紙で提出された所得税申告書も、その後税務署においてシステム入力されることになっています(システム入力を省力化するために提出用の申告書はOCR紙が使用されています)。したがって、提出時に番号確認しなくても紙で提出された申告書についても番号確認は可能なのではないでしょうか。マイナンバーカードや通知カードのコピーが添付された申告書を受理することは、税務署側にとっても管理しなくてはならないマイナンバー記載書類を増やすことになります。

今後も所得税申告書などにマイナンバーの記載を求めていくのであれば、当局側のシステム対応で本人確認書類を不要にするなど、「混乱」を防ぐ手立てを講じなければ、来年以降もマイナンバー記載をめぐってスムーズな運用ができないまま、マイナンバーの記載のない書類を受理し続けていくことになるのではないでしょうか。

地方税のマイナンバー対応 地方自治体の対応は

地方税では1月末提出期限の給与支払報告書や償却資産申告書でマイナンバーの記載が必要とされました。特に、今年からは給与支払報告書に従業員やその扶養親族など多くのマイナンバーを記載することとなったため、その影響もあってか地方税の電子申告であるeLTAX(地方税ポータルシステム)において、1月下旬アクセスが集中し繋がりにくい状況となり、送信しても受信されていないケースもあり、提出期限が延長される措置がとられました。

これもマイナンバー記載の書類を窓口に提出する際の紛失・漏えいなどのリスクを避けるために、電子申告での提出に集中したためと思われますが、この時点で受信されていないケースでは、送信側で正しく状況確認ができ再送信されれば問題はありません。しかし、受信されなかった件数はかなりの件数になったようで、今後自治体から事業者や代理送信を行った税理士に問い合わせを行うことも検討されており、混乱は当面続きそうです。

この地方税の電子申告では、本来ならば不要な個人事業主の本人確認書類の添付を求める自治体があり、一部に混乱を招く結果となりました。例えば従業員を雇用している個人事業主が給与支払報告書を電子申告する場合、国税同様多くの自治体では事業主の本人確認書類は不要としていましたが、マイナンバーの取扱いについての法律等を厳格に解釈したのか、一部の自治体では本人確認書類を電子データにして添付を求めたわけです。

もともと地方税の分野では、紙での申請や申告の場合自治体によって様式が異なり、複数の自治体に同様の書類を提出する場合、面倒なことが多かったのですが、電子申告でのマイナンバーの本人確認書類添付といったところで、異なる対応が出てくるとは思ってもいなかったため、これに対応しなければならなくなった地域の税理士などからは抗議の声もあがりました。

日本経済新聞の3月20日朝刊に、「行政手続きが競争力奪う 書類の山に溺れる企業」という記事が掲載され、この中でも自治体ごとの様式の違いなどに言及されていますが、今回の地方税電子申告の本人確認の対応の違いは、行政サービスを提供する側にユーザー視点がない事例といえるのではないでしょうか。

「特別徴収税額の決定・変更通知書」にマイナンバーは必要か

マイナンバーを記載して提出された従業員の給与支払報告書により、地方自治体は前年の所得を把握し今年の住民税を決定し、事業者に「特別徴収税額の決定・変更通知書」(以下、「通知書」)で従業員の今年の住民税を5月に通知します。それを受けた事業者は6月以降に従業員から徴収する住民税を変更する作業を給与計算システムなどで行うことになります。

この「通知書」に従業員のマイナンバーが記載されて通知されることになっています。マイナンバーは本来行政機関などが利用するものであり、そのため行政側を個人番号利用事務実施者と呼び、マイナンバーが必要な書類にマイナンバーを記載して提出する事業者などは個人番号関係事務実施者と呼ばれています。これまでのマイナンバーに関する多くの講演などでは、マイナンバーの利用は法で決められた税や社会保障などの分野でしか利用できず、民間で取り扱うマイナンバーは最終的に行政機関に提出される、つまり”民”から”官”への流れでしか利用できないことが説明されてきました。しかし、この「通知書」では”官”から”民”への流れでマイナンバーが利用されることになります。 (図3)が、今年から使用される「通知書」の様式ですが、従業員個々人が記載される欄に個人番号欄が設けられ、そこに個人番号が記載されて事業者に送ることになっているのです。

(図3) 「特別徴収税額の決定・変更通知書」

この「通知書」は、数人規模の小規模企業でも従業員の住所地の地方自治体から送られてくるため、複数枚の「通知書」を受け取ることになります。従業員が多いほど、受け取る「通知書」の数も多くなっていきます。その「通知書」に従業員のマイナンバーが記載されて送られてくるとなると、厳重管理しなければならない書類が増えることになります。せっかくすべて電子で管理することで、セキュリティもそこに集中してきた事業者からみると、余計な負担を行政が強いているとしかみえません。

これに対して事業者の立場に立つ税理士や社会保険労務士からは、当然抗議の声が上がっていますが、総務省からは法で決められたことに従っているだけというようなよく分からない見解で、「通知書」へのマイナンバー記載をこのまま進めようとしています。

そして、さらに問題なのは給与支払報告書にマイナンバーの記載がなかった従業員についても、マイナンバーが記載されて通知されるということです。これらの従業員は、事業者に対してマイナンバーの提供を拒否した従業員もいるでしょうし、もともと事業者がマイナンバーを収集することをあきらめて、給与支払報告書にはマイナンバーを記載しなかった事業者の従業員なども該当します。

もともとマイナンバーは、地方自治体が管理する住民票に基づいて発行されていますので、地方自治体が住民票に紐づく個人についてマイナンバーを確認でき、給与支払報告書にマイナンバーの記載がなかった個人についても「通知書」に記載できる立場にあることはわかりますが、では、紛失や漏えいのリスクに怯えながらマイナンバーを収集したのは一体何のためだったのか、と言いたくもなります。

住民税についての今年の特別徴収税額の決定については、先述のeLTAXのトラブルもあり遅れる可能性も報じられるなか、その「通知書」にマイナンバーを記載されることになれば、「混乱」を助長することにしかなりません。「通知書」へのマイナンバー記載については、今すぐに再検討のうえマイナンバーを記載しないような対応を政府には要望したいと思います。

事業者や事業者の委託を受けてマイナンバーを取り扱う税理士や社会保険労務士は、マイナンバーの利用については、行政側がマイナンバーを利用できるようにするために、従業員からマイナンバーを収集するなどして協力しなければならない立場に立たされています。マイナンバーを取り扱う必要がなければ、誰もマイナンバーを取り扱いたくはないのです。行政側がシステムでマイナンバーの確認ができるのであれば、番号確認書類の提示や添付は必要ないはずですし、さらにいえばマイナンバーを記載する必要もないといえます。今後のマイナンバー利用で「混乱」を回避するためにも、再度マイナンバー記載が必要な書類の見直しと、本人確認の必要性について、行政側の再考を求めたいと思います。

中尾 健一(なかおけんいち)
アカウンティング・サース・ジャパン株式会社 取締役
1982年、日本デジタル研究所 (JDL) 入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。マイナンバーエバンジェリストとして、マイナンバー制度が中小企業に与える影響を解説する。