マイナンバーの利用が開始され、税や社会保障の分野では実務としてマイナンバーを記載した書類の提出など手続きが開始されています。

税の分野では、1月1日現在事業に使用している償却資産を事業所の所在する市区町村に1月中に申告する「償却資産申告書」で、個人事業主の場合は本人のマイナンバーを記載することになります。社会保障の分野では、従業員の入社や退社があった場合に「雇用保険被保険者資格取得届」や「雇用保険被保険者資格喪失届」に当該従業員のマイナンバーを記載して所定の期限までにハローワークに提出することになります。

税や社会保障の分野のプロである税理士や社会保険労務士は、関与している個人事業主や中小企業から上記の手続きを委託されている場合は、早速必要なマイナンバーを取得して、これらの手続きを行っていかなければならない状況になっています。

では、これら税理士事務所や社会保険労務士のマイナンバー対応は、実際どこまで進んでいるのでしょうか。中小企業、特に小規模な企業では、年末調整を税理士事務所に委託するため、従業員などのマイナンバーの取り扱いも委託するケースが大半ですが、その分これらの企業のマイナンバー対応も税理士事務所などの対応状況に左右されることになります。

今回は中小企業からマイナンバーの取り扱いを委託されている税理士や社会保険労務士の最新の動きをみていきたいと思います。

税の分野
昨年10月以降のあいつぐ変更にとまどいもあり「様子見」する傾向も

この連載でも取り上げてきましたが、昨年10月以降マイナンバーの取り扱いについて、特に税の分野であいついで変更が公表されました。主なものを列記してみると以下のようになります。

  1. 本人交付の源泉徴収票等には本人および扶養親族のマイナンバーの記載は不要

  2. 2016年以降提出する「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」も条件を満たせば本人および扶養親族のマイナンバーの記載は不要

  3. 平成28年度税制改正大綱で申請・届出等の書類では提出者等の個人番号の記載を不要とする見直しをおこなうこととし、これをうけていち早く関連省庁が見直し案を公表
    3-1. 財務省 マイナンバーの記載を省略する書類の一覧(案)
    3-2. 総務省 地方税分野における個人番号利用手続の一部見直しについて
    関連資料 地方税分野における個人番号・法人番号の利用について

3の見直しは、実際の法改正が行われて初めて決定となるわけですが、財務省や総務省がいち早く見直しの対象となる申請・届出書などを発表したこと、また大綱には、マイナンバーの記載を不要とする適用時期以前に提出される書類にマイナンバーが記載されていない場合でも、あらためて記載を求めることはしない旨書かれているため、法改正以前でもマイナンバーを記載せずに提出することができるのではないかと考えられています。

これらの変更は、すべて税の分野のことであり、企業や税理士などがマイナンバーを取り扱うことで負わざるを得ない負担を軽減していく流れをみてとることができます。

昨年のうちに関与している企業と連携して従業員などのマイナンバーを収集しようとしていた税理士事務所でも、こうした流れのなかで、退職時の本人交付の源泉徴収票にマイナンバーが不要となったことや、マイナンバーの通知が遅れ12月までかかってしまったこともあり、収集時期を後ろ倒しする傾向がでてきています。

一方、地方税の分野では11月中旬に総務省や各市区町村のホームページで、前記の「償却資産申告書」にマイナンバーの記載を必要とする内容が公表されました。関与している個人事業主からのマイナンバーの収集については、来年の所得税の申告書から必要となる扶養者や専従者などとあわせて、今年の所得税申告時に収集を考えていた事務所も多く、「償却資産申告書」が必要な個人事業主本人の分のみ急ぎ収集してマイナンバーの記載に対応する税理士事務所もあれば、「マイナンバーの記載がなくても受理する」とする市区町村が多いため、この時期にあわててマイナンバーを収集せずに「今年はマイナンバーを記載しないで提出する」とする税理士事務所もあるようです。

先の3で見直しの対象となるのはあくまで、個人事業主の申請・届出書関連がメインであり、従業員などのマイナンバーが必要となる源泉徴収票や給与支払報告書、個人事業主およびその扶養親族や専従者のマイナンバーが必要となる所得税申告書などは見直しの対象ではありませんので、いずれにしても、これらの業務の委託をうける税理士事務所では対象となるマイナンバーを収集する必要があることに変わりはありません。

通知カードが届いてから時間がたつと失くしてしまう従業員や扶養親族も出てくる可能性が高くなることから、すでに、これら必要となるマイナンバーの収集を昨年から開始している税理士事務所もあれば、ここまでの変更にとまどい、今後もなんらかの変更があることを想定して、この1月の「償却資産申告書」ではマイナンバーを記載せず、事務所としての繁忙期である所得税の申告時期を乗り切った後に、平成28年度の税制改正の決定など、様子をみたうえでマイナンバーの収集を順次開始していくように考えている事務所もあるようです。

社会保障分野ではたんたんと対応が進む?

社会保障分野でのマイナンバー利用については平成28年1月からは雇用保険、平成29年1月から健康保険・厚生年金保険と順次利用が開始されることは早くから公表されていました。厚生労働省がホームページで公表している事業者向け資料は昨年12月に改定され、より詳細な内容となりましたが、そこまでに公表されていた内容に大きな変更はありませんでした。

もともと、平成28年1月以降で中小企業など事業者が従業員のマイナンバーを記載して提出しなければならない書類は前記の「雇用保険被保険者資格取得届」や「雇用保険被保険者資格喪失届」など少数の書類に限定されています。また、事業者が提出する「雇用保険適用事業所設置届」のような書類では個人事業主の場合はマイナンバーを記載する必要はなく、法人のみ法人番号を記載することになっています。そのため、社会保険労務士が中小企業などから委託を受けてこれらの手続きを行う場合でも、入社時および退職時に該当する従業員からマイナンバーを取得すれば良いことになります。ただし、来年以降の健康保険・厚生年金保険に係る手続きでは在職者のマイナンバーが必要となるケースもあり、システム対応など準備ができている社会保険労務士では、関与している中小企業の従業員のマイナンバーを通知カードが届いたところから順次収集しているようです。

このように社会保険労務士が関与している場合は、マイナンバー対応はたんたんと進んでいるように見えますが、社会保険労務士の企業関与率は3割程度といわれており、社会保険労務士に委託していない中小企業では、必要に応じて自ら従業員のマイナンバーを収集し、「雇用保険被保険者資格取得届」や「雇用保険被保険者資格喪失届」などの書類を作成・提出しなければならないことになります。

現状を中小企業や個人事業主の立場でみると…

様子見で税理士事務所がいまだにマイナンバーの収集を始めていない場合、関与先である中小企業や個人事業主は現状をどのようにみているのでしょうか。

法人企業の場合は、最低でも今年分の源泉徴収票など法定調書作成時つまり来年1月までに従業員および扶養親族および支払調書の対象となる支払先の個人事業主のマイナンバーを収集しなければなりません。そして、税理士に源泉徴収票など法定調書作成業務を委託している場合は、収集したマイナンバーを法定調書等の作成・提出期限までに渡さなければなりません。

また、個人事業主の場合は本人および扶養親族や専従者のマイナンバーを所得税の申告業務を委託している税理士に来年の申告時期までに渡すことになります。

特に自ら保険・労務関連業務をおこなっている中小企業では、従業員の入社や退社に際して、自ら該当する従業員のマイナンバーを取得して、「雇用保険被保険者資格取得届」や「雇用保険被保険者資格喪失届」を作成することになります。そうした企業が、税理士に源泉徴収票など法定調書作成業務を委託している場合は、在職者や入社してくる従業員の本人および扶養親族のマイナンバーを収集・管理する体制を税理士事務所とともに構築し、二重・三重に収集作業をすることは避け、早めに必要なマイナンバーの収集を済ませてしまいたいと考えているようです。

また、個人事業主の場合も扶養親族などの分も含めて税理士事務所に渡す必要があるため、扶養親族まで含めると通知カードをなくしてしまう懸念があることから、早めに税理士事務所に渡してしまいたいという意向を示すケースもあるようです。

税理士事務所は今現在、年末調整から1月提出期限の法定調書、償却資産申告書の作成業務、そして引き続き2月に入れば所得税の申告業務と一年の中でも最も忙しい繁忙期真っただ中といった状況です。そうしたなかでも、税理士事務所として上記のような中小企業や個人事業主の状況を考慮すると、例えば社会保障分野ですぐにでも従業員のマイナンバーが必要となる、人の出入りが多い企業の従業員などのマイナンバーは今すぐにでも収集をはじめる、個人事業主関連のマイナンバーは所得税申告後に個人事業主に申告内容を報告する際に収集する、その他の企業の必要なマイナンバーはそれ以降に収集するなどの計画を立てて、その計画に基づき関与している中小企業や個人事業主に案内することが大事ではないでしょうか。

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幸いなことに税の分野であいついだ変更により、税理士事務所がマイナンバーの取り扱いについて委託を受け、マイナンバーの保管・利用・提出を担う場合、委託元である中小企業がマイナンバー記載の書類などを保管する必要はなくなりました。今後もマイナンバーに係る変更がある可能性はまだまだありますが、税理士が様子見していては、中小企業は不安になるばかりです。

税理士事務所としては忙しい時期ではありますが、年末調整から法定調書の作成、償却資産申告書の作成などで関与先とコミュニケーションをとる時期でもあります。

現状でマイナンバーの収集を開始できてない税理士事務所では、マイナンバーを管理するシステムをきちんと選択した上で、システムに応じた安全管理措置を講じ、中小企業や個人事業主の不安を払拭するためにも、いつマイナンバーを収集するか計画を立て関与先に急ぎ案内することをお勧めします。

著者略歴

中尾 健一(なかおけんいち)
アカウンティング・サース・ジャパン株式会社 取締役
1982年、日本デジタル研究所 (JDL) 入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。マイナンバーエバンジェリストとして、マイナンバー制度が中小企業に与える影響を解説する。