平成28年1月より、マイナンバーの利用がスタートしました。同時にマイナンバーカードの発行も始まります。

正月明けのニュースでは、さっそく雇用保険関係の手続きなどでマイナンバーの利用がスタートしたニュースが流れる一方で、総務省が各種ポイントカードをマイナンバーカードに一本化する検討を始めるといったニュースも飛び出してきました。

このニュースを見て「これもマイナンバー制度なの?」と思われた方もいらっしゃるかと思いますが、もともとマイナンバーとマイナンバーカードは別物であり、マイナンバー制度のなかではそれぞれ果たす役割も異なってきます。

今回はマイナンバー制度の運用という面で、マイナンバーおよびマイナンバーカードが担う役割および中小企業におよぼす影響について考えてみましょう。

マイナンバーは行政事務などに利用され行政側が活用するための番号

これまでこの連載では、マイナンバーを「利用する」という言葉を、中小企業が源泉徴収票などに従業員などのマイナンバーを記載することやそのためにマイナンバーを取り扱うことに使ってきました。しかし、実際のところ中小企業は税や社会保障の手続きのために従業員などのマイナンバーの記載が義務付けられている書類にマイナンバーを記載して提出する以外にはマイナンバーを「利用する」ことはできません。マイナンバーを利用して自らの事業になんらかの効果生み出すといったことはできないわけです。

中小企業など事業者は「個人番号関係事務実施者」として、行政機関や地方公共団体などがおこなう個人番号利用事務のために、従業員など他人のマイナンバーを取り扱う事務、すなわちマイナンバーを記載した書類等を作成・提出することが役割として求められ、かつマイナンバーに関する限りはそれ以上のことはできません。このため中小企業にとっては、マイナンバーを取り扱う負担だけを押し付けられた感じがするのも無理はありません。

マイナンバーを実際に「利用する」のは、「個人番号利用事務実施者」である税務署や地方公共団体、健康保険組合やハローワークなどの行政機関です。では、なんのために利用するのかというと、「公平・公正な社会の実現」や「行政の効率化」、「国民の利便性の向上」などマイナンバー制度の目的を実現するために利用するわけです。

そのなかでも特に重視されているのは「公平・公正な社会の実現」という目的のもと、「より正確な所得把握を可能として社会保障や税の給付と負担の公平化を図る」ためにマイナンバーを利用することです(内閣官房 講演資料「マイナンバー制度の開始について」より)。マイナンバーの利用でこうした効果をあげていくためには、今後予定されているマイナンバーを利用した行政側の情報連携の確立などを待つことになりますので、目的に沿って本当に効果をあげる運用となっていくかは、今後の動きを注目していく必要があります。そして、こうしたマイナンバーの利用、行政側の情報連携により、社会保障や税に係る「行政の効率化」がはかられ、同時に個人や事業者が行う行政手続きにおいても添付資料が省略可能になるなど、「国民の利便性の向上」がはかられていくことになります。

中小企業は、「公平・公正な社会の実現」という目的を目指すマイナンバー制度という新たな枠組みのもとで、行政機関が担う個人番号利用事務の効率的かつ円滑な運用のために、「個人番号関係事務実施者」としてその一翼を担い、マイナンバーの取り扱いでかかる負担をITの力でできるだけ軽減しつつ、適切な対応でこの制度に適合していくことが求められているわけです。

マイナンバーカード 官民の各種オンラインサービスの本人確認に利用することで利便性を

では、マイナンバーカードはマイナンバー制度のなかで、どのように位置付けられることになるのでしょうか。

マイナンバーカードはマイナンバーが記載された顔写真付きのカードです。身分証明書として利用できますし、マイナンバーの番号確認にも利用できます。そのため、個人がマイナンバーを記載した書類を行政機関に提出する際に求められる本人確認に利用することができます。これがマイナンバーの利用を補助する利用方法として、マイナンバー制度の運用のなかでは、もっとも本来的な利用方法といえます。

ただし、冒頭にあげたポイントカードの一体化などマイナンバーカードの利用範囲はこれだけにとどまりません。

[図1]は総務省の講演資料で「個人番号カードのメリット」として掲載されている、今後想定されるマイナンバーカードの利用シーンを示しているものです。

上記のとおりカードの「券面」だけをみていくと「個人番号を証明する書類として」利用できるほか、「公的な身分証明書として」利用できることとなりますが、その他の利用シーンは単に券面に記載された内容により可能となるものではなく、図にあるとおり「アプリ」または「電子証明書」によって可能になるものです。

[図2]は総務省の「マイナンバー制度と個人番号カード」サイトに掲載されている「個人番号カードの3つの利用箇所について」というイメージ図です。

[図2]マイナンバーカードの3つの利用箇所
総務省「マイナンバー制度と個人番号カード」サイトより

この図では、マイナンバーカードの利用箇所としてカード券面のほかに、「ICチップの空き領域」、そのICチップに格納された「電子証明書」があります。

この「ICチップの空き領域」は市町村等が独自に用意したアプリケーションを搭載することで、「コンビニなどで行政上の各種証明書を取得」することができたり、「付加サービスを搭載した多目的カード」として印鑑証明書や図書館カードとしても利用できるようになります。この「コンビニ交付サービス」について、現在実施済みの地方公共団体は100団体程度にとどまっていますが、総務省では、今後マイナンバーカードの導入に伴い平成28年度中に300団体、サービス提供対象6,000万人を超えることを目指しています。

また、「電子証明書」は、これまでの住基カードに搭載されていた電子申告に利用する「署名用電子証明書」と新たに「利用者証明用電子証明書」が搭載されています。そして、公的個人認証法が改正され平成28年1月以降これらの電子証明書の機能が民間事業者にも開放されることになりました。

この「電子証明書」により、電子申告をはじめとする「各種行政手続きのオンライン申請」にマイナンバーカードを利用することができるとともに、今後の民間事業者による「電子証明書」の活用により「各種民間のオンライン取引/口座開設」などにもマイナンバーカードを利用することができるようになることが想定されています。冒頭で取り上げた各種ポイントカードをマイナンバーカードへ一体化する動きもこうした流れで出てきた動きということになります。

この電子証明書機能の民間開放については総務大臣の認可が必要なことや、事業者側のシステム構築にも時間がかかることから、すぐに「各種民間のオンライン取引/口座開設」にマイナンバーカードが利用できるようになるわけではありませんが、民間事業者は電子証明書機能を利用することでオンラインでも確実な本人確認を行うことができ、さらに異動情報なども確認できますので、金融機関や保険会社など本人確認に手間とコストがかかっているような事業者を中心に利用が進んでいくことが想定されています(電子証明書機能の民間開放については総務省「公的個人認証サービスによる電子証明証(民間事業者向け)」を参照ください)。

電子証明書機能が民間開放されたといっても、中小企業が電子証明書機能を活用するために自らシステムを構築することは難しいことだと思われます。ただし、今後大手ITベンダーなどが電子証明書機能を共同利用できるようなプラットフォームを構築し、電子証明書機能を利用したい中小企業などへ提供していく流れも考えられます。そうすると、自らの事業展開のなかで、マイナンバーカードを利用することで、なんらかのメリットを生み出すことが中小企業にとっても身近なこととして考えられるようになってくるのではないでしょうか。

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以上みてきましたように、マイナンバーそのものの利用はあくまで行政主導の利用ということになります。一方のマイナンバーカードはマイナンバー制度での本人確認ツールとして位置付けられますが、券面記載事項による公的な身分証明書やマイナンバーの番号確認のような利用方法だけでなく、官民のオンラインサービスで幅広く本人確認ツールとして活用できることにより、マイナンバー制度の目的の一つである「国民の利便性の向上」に大きく寄与することが期待されているツールということができます。

マイナンバーカードの発行は始まったばかりです。マイナンバーカードの交付申請は1月上旬の時点で320万件と報道されています。[図1]で示したような利用シーン、特に民間も巻き込んだ利用シーンが次々に登場してくるようになるかどうかは、どれだけの人がマイナンバーカードを申請し、取得するかによっても変わってきます。このマイナンバーカードの普及と利用範囲の拡大についても今後の推移をみていきたいと思います。

著者略歴

中尾 健一(なかおけんいち)
アカウンティング・サース・ジャパン株式会社 取締役
1982年、日本デジタル研究所 (JDL) 入社。30年以上にわたって日本の会計事務所のコンピュータ化をソフトウェアの観点から支えてきた。2009年、税理士向けクラウド税務・会計・給与システム「A-SaaS(エーサース)」を企画・開発・運営するアカウンティング・サース・ジャパンに創業メンバーとして参画、取締役に就任。マイナンバーエバンジェリストとして、マイナンバー制度が中小企業に与える影響を解説する。