家族連れやオールドファンで賑わいを見せる

文部科学省の発表によると、2008年10月の時点で全国に約6,000もの博物館が存在している。もちろん、その種類も千差万別。東京国立博物館のような大規模な博物館もあれば、規模こそ大きくないものの、他の博物館では決して見られないキラリと光る展示を行う博物館もある。本連載では、そんなちょっぴりマニアックながらも、しっかりと学べる博物館を紹介する。初回は、世界中から集めたたばこと塩に関連する貴重品を展示する「たばこと塩の博物館」だ。

一日500人が訪れる、渋谷の隠れた名物博物館

JR渋谷駅から、神南方面へ向かう坂を上りながら歩くこと約10分。「たばこと塩の博物館」は、渋谷の喧騒(けんそう)から離れた所にひっそりとたたずんでいる。1978年の11月3日の開館以来、たばこと塩にまつわる数々の貴重な展示品で、今なお多くの来場者に愛され、親しまれている。

大蔵省(現財務省)専売局が始めた収集事業が、博物館のルーツ

同館設立のきっかけは、1932年(昭和7年)にまでさかのぼる。大正から昭和初期にかけて、江戸時代に主流だった刻みたばこをきせるで吸う文化が衰退していき、都市部を中心に紙巻きたばこが主流となっていった。

「紙巻きたばこの台頭によって、『日本の伝統的なたばこ文化がすたれてしまうのではないか』と危惧した大蔵省(現財務省)専売局が、その文化を残そうと、喫煙風俗が描かれた浮世絵や、きせる・たばこ盆などの喫煙具を集めだしたのが、当館のルーツと言えます」と、同館の広報担当・袰地(ほろち)由美子さんは話す。今やそのコレクション数は約4万点にも及び、他に類を見ない専門博物館となっている。

主に江戸時代に使用されていたきせるやたばこ盆

たばこは元来、薬や儀式などに用いられる神聖なものだった

そもそも、たばこ文化がどのように広まったかを知っている人は少ないだろう。たばこの原産地はアメリカ大陸とされており、15世紀末頃のコロンブスの航海以降、ヨーロッパ経由で世界に広がったとされている。

当時の古代アメリカでは、たばこは神聖な植物として、儀式等で神々にささげられていた。また、炎や煙の形から戦いの勝敗や吉凶を占う儀式に用いられたり、粉末やしぼり汁、煎(せん)じ液などの形で外傷や胃痛、リウマチなどの治療に用いられたりすることもあった。それが時を経て、嗜好(しこう)品的にも用いられるようになり、日常生活での喫煙風習が広がっていったという。

セイウチの牙を用いたパイプ

イナゴやフクロウを象徴するパイプ

たばこの伝播ルートがわかるビデオ

日本への普及は17世紀頃と推定、喫煙とたばこの耕作が始まる

たばこが日本に伝わった正確な年代や状況は定かではないが、17世紀初めには日本とヨーロッパに信頼できる記録が残されている。また、風俗画にも喫煙姿が描かれていることから、17世紀ごろには喫煙文化や耕作が始まっていたと推測されている。

江戸時代の喫煙は、細刻みをきせるで吸うというスタイルだったが、文明開化とともに、明治時代からは紙巻きたばこ(シガレット)が都市部で流行した。

同館では、江戸から明治、大正、昭和、平成までのたばこスタイルの移り変わりや、その歴史をじっくり学べる。

喫煙文化が民衆にも浸透している姿がわかる江戸時代初期の風俗画

装飾品顔負け!世界のライター、灰皿、パイプなどのコレクション

館内には、多くのたばこに関するアイテムが展示されているが、中でもパイプ、灰皿、卓上ライター、嗅ぎたばこ入れなどの喫煙具コレクションは、その精巧で美しい造りに目を奪われる。

その他にも、皇太子殿下(現在の天皇)が御成婚された際やミロのビーナスが特別公開された際の記念たばこなど、コレクション心をくすぐるような展示が満載だ。

子供たちに人気の塩のコーナー、製塩方法の歴史もわかる

同館は、たばこの他に塩の展示コーナーも常設している。特に子供たちから人気なのが、夏休み限定のイベントとして開催中の「塩の実験室」と「塩のミニ学習室」だ。前者は8月18日までと、残り回数は少ない(予約制で、既に申し込み受付終了)が、移転先でも開催に期待したい。後者は、9月1日まで観覧することが可能だ。

1階の展示コーナーでは、4種類の塩を実際に触れる

3階では本物の岩塩や塩の結晶を見ることができるほか、古代から現在に至るまでの製塩方法が、パネルやミニチュアなどで学べる。

ふだん、食卓に当たり前のように並んでいる塩だが、その精製工程を詳細に知っている人はそんなには多くないだろう。

日本では古来より海水から、かん水(濃い塩水)を採る「採かん」と、かん水を煮詰めて塩の結晶を作る「煎(せん)ごう」という2つの工程からなる製塩法を行ってきた。江戸時代の「入浜式塩田」と呼ばれる製塩法以降、多様な製塩法が用いられているが、その手法の変遷は、大人が見ても十分に楽しめる内容となっている。

また、9月1日までは特別展として「渋谷・公園通り たばこと塩の博物館物語 ~35年の感謝をこめて~」を開催。これまでの歴史を振り返る、メモリアルな特別展だ。

たばこと塩の、ふだんとは違う側面を学ぶことができる博物館

たばこは健康を損なうリスクがあるとされており、一見すると“嫌われ者”と思われるかもしれない。また、塩は調味料としてのイメージが強い。ただ、それは両者のほんの一面にすぎない。広報の袰地さんは言う。

「たばこは嗜好(しこう)品というイメージが強いですが、古代では儀式に使われていたという一面もありますし、印刷の歴史やデザインの変遷といった多方面からご覧いただくことで、お客さまにご興味をお持ちいただけると思っています。塩も、科学的・民俗的な見地から見ると、違った楽しみがあると思います。ご来場された方それぞれの観点から見ていただいて、楽しんでいただければと思っています」

多様な観点の必要性を改めて思い出させてくれる「たばこと塩の博物館」。リニューアルしてパワーアップしたその姿を、幅広い世代のファンが心待ちにしているだろう。

「たばこと塩の博物館」
開館時間:10~18時(入館締め切りは5時30分、9月1日も通常通り)
休館日:月曜日(月曜日が祝日、振替休日の場合は翌日)
料金:大人・大学生 100円(50円)
  :小・中・高校生 50円(20円)
   ()内は20名以上の団体料金
住所:東京都渋谷区神南1-16-8

※同館は9月2日より休館となり、墨田区横川への移転準備に本格的に着手。リニューアルオープンは2015年の春ごろを予定している。