日産自動車は11月2日、新電動パワートレイン「e-POWER」を搭載したコンパクトカー「ノート e-POWER」を発売した。同時に「ノート」全車において一部仕様向上も実施している。これまでいまひとつ印象の薄かった「ノート」だが、本来なら日産の最量販モデルとなり、看板となるべきモデル。その「ノート」が影が薄かったことは、日産の現状を象徴しているといえるかもしれない。

日産「ノート e-POWER」が発売された

しかし、そんな状況からV字回復といわんばかりに、新型「ノート」は力作となっている。なにしろ燃費性能でホンダ「フィット」やトヨタ「アクア」を抜き、クラストップの低燃費となったのだ。これはひとつの事件といえる。新型モデルがターゲットとしたライバルのスペックを上回るのは当たり前ともいえるが、トヨタ「アクア」の燃費性能は2011年の登場時から、ホンダ「フィット」に抜かれた数カ月間を除き、ずっとトップを守ってきた。その王者を「ノート」が退けた形だ。

日産はこれまで、燃費競争では後れを取っていた。先代「ノート」のJC08モード燃費は26.8km/リットル。ハイブリッドではないガソリンエンジンとしては驚異的な低燃費だが、「アクア」と比較すれば10km/リットルも負けていたのだ。この劣勢からの大逆転劇は、もちろんハイブリッドを採用することで実現した。

「ノート e-POWER」はEV? それともハイブリッドカー?

かつて、トヨタがその優位性を証明したハイブリッドシステムに多くのメーカーが追随する中で、日産はEVにかけるという大胆な選択をした。そこから生まれたのが世界初の量産EV「リーフ」だが、販売面ではとてもハイブリッドに対抗できているとはいえない状態だ。今回、新型「ノート」にハイブリッドシステムを採用したことは路線変更であり、ある意味で敗北宣言という見方もできる……かと思いきや、決してそうではないのが「ノート」に搭載された「e-POWER」の面白いところだ。

「e-POWER」は従来型のパラレルハイブリッドとは異なり、エンジンはタイヤに直接つながっておらず、モーターのみで100%駆動することが最大の特徴だという

「e-POWER」はシリーズ方式のハイブリッドシステムで、ガソリンエンジンを発電専用に使い、モーターのみのパワーで走行する。そのため、発電機を搭載したEVとみることもできる。実際、日産はハイブリッドではなく「レンジエクステンダーEV」と呼んでいる。発電用のガソリンエンジンを搭載することで、EVの弱点である「レンジ」(航続距離)を「エクステンド」(拡大)したEVという意味だ。そう、日産の解釈では、「ノート e-POWER」はハイブリッドカーではなく、EVなのである。

「アクア」「フィット」を打ち負かす燃費性能を発揮し、同時に「日産はEVで行く」と大見得をきったメンツもつぶさない。「e-POWER」は日産にとってなんとも都合の良い低燃費技術だといえるし、EVとハイブリッドのいいとこ取りをしたシステムともいえる。ただ、混乱を避けるために申し添えておけば、「e-POWER」はやはりハイブリッドシステムと考えるのが妥当だ。理由は発電用エンジンへの依存度が非常に大きいところにある。

レンジエクステンダーを取り入れたEVとしては、BMW「i3 エクステンダー」があるが、「i3」はエクステンダーなしのピュアEVバージョンもあり、そちらも実用上十分な航続距離を確保している。ピュアEVとして通用するモデルに、補助的な意味で発電用エンジンを搭載したのだ。一方、「e-POWER」は仮に発電用エンジンをなくしたとしたら、航続距離が短すぎて実用にならないはず。発電用エンジンがなければ自動車として成立しないのであれば、ハイブリッドと呼ぶべきだろう。

もちろんハイブリッドだから悪いということではない。「e-POWER」は発電用エンジンへの依存をあえて高めることで、高価なバッテリーの容量を大幅に減らし、コストダウンと車内の拡大を実現した。それはそれで意義のある選択だ。

エンジンの「一番おいしいところ」だけを使う

「ノート e-POWER」では、かなり高い頻度で発電用エンジンが稼働するはずだ。ならばシンプルな普通のガソリンエンジン車の方がいいのではないか、という疑問を持つ人もいるかもしれない。これは「e-POWER」に対する疑問ではなく、シリーズハイブリッド全体に対する疑問といえる。

その答えは「効率」だ。そもそもガソリンエンジンは自動車用のパワーユニットとして決して適性の高いものではなく、幅広い回転数を使用しなければならないため、トータルの効率は非常に低いものになってしまう。それ以前に、トランスミッションやクラッチ、あるいはトルコンの力を借りないと、まともに走らせることすらできないともいえる。

そのガソリンエンジンを発電専用とすることで、回転数を上下させる必要がなくなるので、最も効率の高い回転数、つまり「一番おいしいところ」だけを使える。もう少し詳しく説明しよう。従来のガソリンエンジンでは、日常的な走行なら2,000~3,000回転あたりをよく使うが、その回転数で最も効率が良くなるようにエンジンを作るわけにはいかない。それだと最高回転数が4,000回転程度の、最高出力の小さなエンジンになってしまい、高速道路を走行することも難しい、実用に耐えない自動車になってしまう。

たとえごくまれでも高速走行をする必要があるなら、エンジンはそこに合わせて作らざるをえない。すると、日常的な使用では、効率の高い回転数から大きく外れた、効率の悪い回転数を使うことになってしまう。そこでエンジンの設計者は、効率の良い回転数の幅を広げようと、可変カム、可変吸気、可変排気とさまざまな知恵を絞ってきた。しかし、これらのメカニズムを使っても効率を高める効果は限定的である一方、コスト増や信頼性の低下を招きかねない。

発電専用のエンジンなら非常にシンプルに作っても高効率を実現できるし、トランスミッションやクラッチ、トルコンも不要となる。シリーズハイブリッドに対して「システムが複雑でそのため高価」という批判があるが、こういったことを考えると、従来のガソリンエンジン車と比較して一概にシステムが複雑だとはいえないだろう。

懸案はユーザーが心理的に受け入れるか

おそらく、エンジニアリングとして理論的に考えれば、「e-POWER」のようなシリーズハイブリッドは低燃費、低炭素を実現するためにきわめて正解に近い解答だろう。しかし、それならなぜ、シリーズハイブリッドはいままであまり例がないのだろう。

基本的にシリーズハイブリッドは、技術的なハードルはさほど高くなく、試作車レベルならかなり以前から多くのメーカーがチャレンジしている。しかし、ちゃんと商品化したのはホンダ「アコード ハイブリッド」とシボレー「ボルト」くらいだろう。

当然ながらシリーズハイブリッドにも弱点はある。たとえばモーターのみで走行するため、大パワーの大型モーターを搭載しなければならない点だ。シリーズ方式でないハイブリッドでは、モーターはエンジンと協力して働くため、必ずしもハイパワーである必要はなく、非常に小型のものを使うこともできる。しかしシリーズハイブリッドではそうはいかず、大型モーターはコスト増や重量増を招く。

ただし「e-POWER」の場合、モーターは「リーフ」用を転用しているので、コスト増は最低限に抑えることができているはずだ。

もうひとつ、ユーザーが心理的に受け入れてくれるかという問題もある。とくに最近見直されている「運転する楽しさ」の面では分が悪い。「e-POWER」はガソリンエンジンを搭載しているのに、それが走行状態とまったくシンクロしない。アクセルを踏み込んでもエンジン回転数は一定のままで、吹け上がりを楽しむ快感はない。

また、ガソリンエンジンを走行のパワーとして利用できないのを不満に思う人もいるかもしれない。従来のハイブリッドなら、100馬力のモーターと100馬力のエンジンを搭載していれば、システムトータル出力は200馬力に近いハイパワーとなり、力強い加速を楽しめる。しかし、シリーズハイブリッドでは100馬力のモーターと100馬力のエンジンを搭載していても、システムトータル出力は100馬力のままだ。

自動車は嗜好性の高い商品なので、理論的に優れていれば必ず売れるとも限らない。このあたりがシリーズハイブリッドの最大の悩みかもしれない。しかし、EV技術で一日の長がある日産は、それを克服できたからこそ新型「ノート」に採用したはずだ。低燃費技術の新勢力となることを期待したい。

日産「ノート e-POWER」外観・内装イメージ