マツダ躍進の原動力、スカイアクティブ・テクノロジーにまたひとつ新しい技術が加わった。新世代車両運動制御技術「スカイアクティブ ビークル ダイナミクス」だ。その第1弾「G-ベクタリング コントロール」(GVC)は新型「アクセラ」に搭載され、市販を開始している。これは一体どんな技術なのか。

六本木ヒルズで開催中のイベント「Be a driver. Experience at Roppongi」でも、特別塗装色「マシーングレープレミアムメタリック」の「アクセラ スポーツ 15XD L Package」(写真手前)が展示されている

「GVC」は4輪の接地加重を最適化するシステムであり、また、エンジンでシャシー性能を向上させるシステムだという。これだけでは何が何だかわからないが、要するに、自動制御によってハンドリングを向上させる技術だ。ということは、いまではすっかり一般的になった横滑り防止装置(ESC)や、スポーツカーにいくつかの採用例がある四輪操舵(4WS)と同じようなものだろうか。

ESCはセンサーによって車体が横滑りしているのを感知すると、左右のブレーキを別々に作動させて横滑りを収束させる装置だ。たとえばカーブを走行中にリヤタイヤが横滑りするとオーバーステア状態となり、その状態を放置すればスピンなど危険な状況に陥る。この場合、ESCは車両の外側の車輪にブレーキをかけることで、オーバーステアを解消し、車両の安定性を確保する。

逆に、カーブを曲がりきれないアンダーステア状態になると、カーブの内側の車輪にブレーキをかけ、アンダーステアを解消する。このように、ESCは車両の横滑りを発動のトリガーとしており、制御の手段はブレーキとなっている。

スポーツカーに多い「4WS」、マツダも得意な「トーコンサス」

一方、4WSは後輪にステアリングのような機能を持たせ、必要に応じて操舵するシステム。低速では前輪と逆向きに、高速では前輪と同じ方向にリヤタイヤが向きを変える。見てもわからないほどわずかな操舵角だが、ハンドリングに与える影響は大きく、高速走行時に前輪と同じ方向に操舵することで、安定したコーナリングが可能となる。なぜ、後輪を前輪と同じ方向に操舵すると、安定性が増すのか。ひと言で言えば、そうすることで「弱アンダーステア」という、最も安全とされるハンドリング特性を実現できるからだ。

自動車のサスペンションは、乗り心地を良くするためにゴムブッシュというパーツが使われる。これが曲者で、コーナリング中は遠心力によってゴムブッシュが変形し、その結果として後輪がコーナーの外側に向いてしまう。すると車体の後ろのほうがコーナー外側に流れていき、危険なオーバーステアへと発展してしまう。

こうした後輪の危険な動きを防ぎ、さらに一歩進んで後輪をコーナーの内側に向けることで、弱アンダーステアなハンドリングを実現するのが4WSだ。4WSはかつて日本で大流行したことがあり、ホンダ「プレリュード」や日産「スカイライン」などに採用例がある。また、最新のポルシェ「911」が4WSを採用しており、見直されている技術でもある。4WSは速度とステアリング操作を発動のトリガーとしており(そうではない4WDもあるが)、制御の手段は後輪の操舵だ。

4WSの説明を見て、遠心力を受けると後輪がコーナーの外側を向いてしまうのはなぜなのか、ブッシュが変形すると後輪がコーナーの内側を向くようにサスペンションを作ればいいではないか……と思う人もいるかもしれない。それはまさしく正論だ。

自動車のサスペンションは、普通に作ればコーナリング時に後輪がコーナーの外側を向いてしまう。しかし、巧みな設計によって、コーナーの内側を向くように作ることもできる。それを世界で最初に実現したのが、ポルシェのかつてのフラッグシップモデル「928」に採用されたバイザッハアクスルだ。バイザッハアクスルはほかのモデルに波及することなく消えてしまうが、その設計思想は世界中の自動車メーカーに影響を与えた。

そのひとつが、マツダが1980年代に大ヒットさせた「ファミリア」に搭載された「SSサスペンション」。詳しい説明は省くが、コーナリング時に後輪をコーナーの内側に向くようにしてあるのは、まさにバイザッハアクスルと同じアイデアだ。「ファミリア」といえば、FFで初めてスポーティなハンドリングを実現し、それが評価されて大ヒットモデルとなった。当時のFFはアクセルを踏めばアンダーステア、踏まなければオーバーステアという扱いにくい代物だったが、SSサスペンションがそれを解消し、スポーツ走行を可能にしたのだ。

こうしたサスペンションを、ここでは「トーコントロールサスペンション(トーコンサス)」と呼ぶことにしよう。「トー」とはタイヤの向きのことだと考えればいい。トーコンサスは遠心力(横G)を発動のトリガーとし、後輪のトーコントロール(操舵)を制御の手段としている。

制御の手段としてエンジンを使う「GVC」

さて、そろそろ「G-ベクタリング コントロール」(GVC)に話を戻そう。このシステムは、前述のさまざまな装置と似たものに見える。しかし、そのシステムも、目的も、どうやら根本的に違うようだ。

「G-ベクタリング コントロール」概念図

「G-ベクタリング コントロール」作動イメージ

まずシステムだが、「GVC」はステアリング操作を発動のトリガーとしている。この点は4WSに似ている。ただし、制御の手段はエンジンの出力コントロールとなっており、4WSとは大きく異なる。いや、4WSだけでなく、ESCやトーコンサスともまったく異なる。ハンドリングを制御するなら、ブレーキなり操舵なり、足回りに干渉すると考えるのが普通。しかし、「GVC」はエンジンなのだ。ここが「エンジンでシャシー性能を向上させる」と表現される理由だろう。

では、なぜエンジン出力をコントロールすることでハンドリングを制御できるのか。多少なりともスポーツドライビングを練習したことのある人なら、説明するまでもなくわかるかもしれない。自動車はエンジン出力をコントロールすることで、つまり、アクセルを踏んだり離したりすることで、荷重を変化させることができ、これがハンドリングのコントロールにつながるのだ。

たとえば走行中にアクセルを離すと車体は減速し、フロント荷重、つまり前輪に大きな重量がかかった状態となり、逆に後輪は浮き気味となる。この状態でハンドルを切るとよく曲がる。つまりオーバーステア方向にハンドリングが変化する。逆にアクセルを踏むとリア荷重となり、ハンドリングはアンダーステア方向に変化。このように、エンジン出力をコントロールすることで間接的にハンドリングを制御することが可能なのだ。

もちろん、エンジン出力を自動制御してハンドリングを変化させるというのは、これまでになかった手法だ。ただ「GVC」が従来の装置と根本的に異なるその最大の違いは、じつはこの点ではない。

最も大きく違うのは、その目的だ。従来の装置はいずれも、安全性の向上をその目的としていた。コーナリング中にスピンしたり反対車線に飛び出したり、そういった危険な状況を未然に防ぎ、乗員の安全を守るための装置なのだ。一方、マツダの「GVC」は、「運転の楽しさ」の実現・向上が最大の目的となっている。

もちろん、結果的に「GVC」は安全性の確保にも寄与するはずだが、それにしても運転の楽しさを目的として掲げたのは画期的といえる。というのも、ここまでに挙げた装置のうち、ESCや4WSはスポーツドライビングを愛する人々にきわめてウケが悪く、「出しゃばりなおせっかい装置」と見なされているのだ。とくにサーキット走行を楽しむ人々は、こうした装置はキャンセルするのが当たり前と考えているといって差し支えないだろう。

やや偏った見方だが、ESCや4WSは安全性を向上させる反面、運転の楽しさを奪う弊害があった。マツダの「GVC」はその逆だという。それが本当かどうか、「GVC」はこれから多くのドライバーの審判を受けることになるだろう。