先月末から受注開始したポルシェの「718 ケイマン」。「718 ボクスター」に続いて4気筒エンジンを搭載したことが話題となり、ゴールデンウィークを過ぎてからも、関連記事やインプレッションが数多く報道されている。

ポルシェ「718 ケイマン S」(画像手前)と「718 ボクスター S」

なぜそれほど話題になっているのか。自動車のエンジンは「シリンダーの数が多いほど高級」という暗黙のヒエラルキーがあり、高級スポーツカーメーカーであるポルシェはこれまで6気筒以上のエンジンをメインにしていた。そのポルシェが4気筒エンジンを採用したことが驚きなのだ。

この"事件"は2つの面から読み解くことができる。ひとつは欧州車全体を飲み込んでいるダウンサイジングの流れだ。燃費を改善し、CO2排出量を削減するという時代の要請に応えるため、エンジンの排気量を縮小し、シリンダーの数も減らす。それによって低下してしまうエンジンのパワーを補うため、ターボを追加する。そこへさらに最新の直噴技術を追加することで、燃費が良く、CO2排出量も小さいが、最高出力は高いエンジンができる。これがダウンサイジングだ。

シリンダー数について補足すると、自然吸気エンジンではシリンダー数が多いほうがハイパワーなエンジンを作れる。ひとつずつのシリンダーの排気量を小さくでき、ピストンやバルブといった構成部品を小さく、軽くできるからだ。それによってエンジンの高回転化が可能となり、最高出力が上がる。

しかし、多気筒化は諸刃の剣で、フリクションロス(摩擦抵抗)が大きくなるため、燃費の面では不利となる。一方、ターボエンジンでは回転数を上げなくても最高出力を高めることができるため、ことさら多気筒化にこだわる必要はない。

欧州でのダウンサイジングの流れは非常に大きなもので、たとえばメルセデス・ベンツ「Cクラス」を見るとそれがよくわかる。これまで歴代モデルにV型6気筒・8気筒を搭載したモデルが用意され、排気量も最低2.0リットルから最大6リットル以上もあった。それが現行モデルでは、直列4気筒のみのラインアップとなっており、排気量は1.6リットルと2.0リットルだ。メルセデス・ベンツよりスポーツ指向のメーカーであるBMWも、エントリーモデルには直列3気筒、1.5リットルといったエンジンを採用している。

このように、欧州メーカーにおいてダウンサイジングはもはや当たり前のこととして認識されている。ただ、そうはいっても、世界最高峰のスポーツカーメーカーであるポルシェだけは、ダウンサイジングなどとは無縁のはず。多くの人がそう思っていた。しかしそうではなかったわけだ。

「718 ケイマン S」

「718 ケイマン」

ちなみに、ポルシェのダウンサイジングは「718 ケイマン」「718 ボクスター」だけではない。看板モデルの「911 カレラ」も、3.6リットル自然吸気から3.0リットルターボへとダウンサイジングされた(シリンダーの数は6気筒のまま減らされなかったが)。いまや販売台数で「911」をはるかに上回る「パナメーラ」や「カイエン」に以前からハイブリッドモデルが用意されていることを考えると、ポルシェはすっかりエコロジーなメーカーになったといえるかもしれない。

「718 ケイマン」「718 ボクスター」ポルシェの新たな挑戦の象徴に

「718 ケイマン」「718 ボクスター」に関して、他の欧州車と同様、ダウンサイジングの波に乗ったととらえると、ちょっとネガティブな印象になりかねない。「ポルシェのスポーツカーが4気筒なんて」と思う人もいるだろう。しかし、このモデルをまったく別の角度から見るとこともできる。

冒頭に「シリンダーの数が多いほど高級」というヒエラルキーがあると書いた。これは絶対的なものではないが、ほとんどのメーカーはそれに従った商品展開をしているといっていいだろう。メルセデス・ベンツにしろBMWにしろ、ダウンサイジングしたモデルとは別に、V型8気筒、あるいはV型12気筒といったぜいたくなエンジンを搭載する高級モデルをそろえている。

しかし、ポルシェはこうした自動車業界の常識から、少し距離を置いてきたメーカーだ。そもそも世界で第一級のスポーツカーと認められる「911」が6気筒であり、8気筒ではない。フェラーリやランボルギーニ、マクラーレン、あるいはシボレー「コルベット」やアウディ「R8」など、ライバルを見回しても8気筒以上ばかりで、「911」以外で6気筒なのはホンダ「NSX」くらいだ。

また、ポルシェは4気筒エンジンにも熱心なメーカーだともいえる。歴史をひも解いてみると、「911」の前身である「356」は4気筒エンジンだし、「911」が登場した後も、「914」「924」「944」「968」と、継続的に4気筒モデルをラインアップしてきた。「911」のボディに4気筒エンジンを搭載した「912」というモデルもある。

これらの4気筒モデルは、基本的に「911」の下に位置するモデルではあるものの、ポルシェは異常といえるほどその開発に熱心だった。「924」には「924 カレラ GT」および「924 カレラ GTS」といったスペシャルモデルが投入されたし、「968」では「911」よりも先に6速MTやヴァリオカムといった最新メカニズムを投入した。「964」のエンジンは4気筒ガソリンエンジンで世界最大となる3.0リットルという大排気量を誇り、最高出力は240PS。これは「968」が登場した時点での「911 カレラ 2」の最高出力250PSよりわずか10PS低いだけだ。6MTと優れたハンドリングがそのパワー差を補い、サーキットでは「911」より速いとの評価も多かった。

合理性を重んじるドイツの自動車メーカーの中でも、ポルシェは際立って実利主義のメーカーだ。同じ性能を得られるなら、よりシンプルなメカニズムを良しとする。世間の常識を打破する商品展開も得意とし、リアエンジン・リア駆動の「911」はもちろん、SUVながらオンロードでのハンドリングにこだわった「カイエン」、超高級車クラスにハッチバックで参入した「パナメーラ」と、我が道を行くラインアップで成功を収めてきた。

こうしたことを踏まえると、「718 ケイマン」「718 ボクスター」は時代の波に抗しきれず妥協したようなモデルではないとわかる。「914」で途絶えてから40年ぶりに復活した水平対向4気筒エンジンは、むしろポルシェらしい新たな挑戦の象徴といえるだろう。