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3 水素社会は実現する? FCV「2030年までに80万台」普及を宣言

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発売が相次ぐFCV、目標80万台は多いか少ないか?

一昨年にトヨタが量産車初のFCV(燃料電池自動車)「MIRAI」を発売し、今年3月にホンダが「クラリティ フューエル セル」を発売した。来年には日産もFCVを発売する予定だ。にわかに発売ラッシュとなったFCVは、有害な排気ガスをいっさい排出しない「夢のクルマ」といわれる。しかし、現時点ではコストが高く、水素供給インフラも整っていないなど課題が多いのは、もはや周知の事実といえるだろう。

ホンダ「クラリティ フューエル セル」

トヨタ「MIRAI」

ところが、そんな課題もすぐ解決できるということなのか、経済産業省は3月16日、FCV普及の新しいロードマップを発表した。それによると、FCVを2025年までに20万台、2030年までに80万台普及させるという。これは国内の累積販売台数とほぼ同義と考えてよい数字だ。輸出も含めた生産台数ではないので注意したい。

ちなみに、2015年の販売台数は約500台だった。単純に毎年同じ比率で販売が増えると仮定して、2030年の目標を達成すると、2030年の年間販売台数はざっと20~30万台に達するはずだ。いきなり80万台とか20~30万台といわれてもピンとこない人も多いだろうから、参考になりそうな数字を挙げておこう。2015年の乗用車(登録車と軽自動車の合計)の国内販売台数は約500万台だった。この数字が2030年までに大幅に増えることは考えにくいので、2030年には乗用車全体の5%前後がFCVになるイメージだ。販売される乗用車の20台に1台がFCVということになる。

比較としてふさわしいかどうかわからないが、EV(電気自動車)の普及状況は(少し古い数字だが)2014年の国内保有台数で約7万台となっている。日本で本格的にEVが販売されるようになったのは、世界初の量産型EVである日産「リーフ」が2010年に登場してからと考えていいだろう。その後、三菱なども参入し、4年間の累積販売台数が7万台ということだ。ハイブリッドカーについても参考の数字を挙げておくと、2015年の年間販売台数は約96万台(累積ではなく単年なので注意)と、さすがに大きな数字になっている。世界初のハイブリッドカー「プリウス」が発売されたのは1997年で、「プリウス」の累積販売台数が80万台を超えるまでに13年を要した。

FCVの目標に対して小さすぎる水素ステーションの目標

大きな期待を集めて発売され、補助金の後押しも大きいEVでさえ、4年経過して7万台にとどまっていることを考えると、より普及へのハードルが高いFCVをあと9年で20万台、14年で80万台に持って行こうという経済産業省のロードマップはかなり強気のように見える。当然、普及は価格低下とセットであり、これについては2025年に現在のハイブリッドカーと同程度の200万円前後まで引き下げるというが、これもかなり強気というか、楽観的な見通しだ。

このロードマップは経済産業省の水素・燃料電池戦略協議会が策定したもので、FCVだけでなく、水素ステーションについても数値目標を設定している。ただ、この数字がどうも腑に落ちないもので、2025年に320カ所を整備することが目標とされている。率直に言って、これはFCVの目標と整合性が取れないのではないだろうか? 前述の通り、FCVは2025年に20万台を目標としている。

20万台に対して320カ所はあまりに少ない。ここで再びEVの例を見ると、2016年1月現在の急速充電設置箇所数は約6,000カ所となっている。最新のEVの普及状況が8万台として、それに対して6,000カ所。しかも、EVオーナーのほとんどは自宅にも充電設備を設置している。それでも、充電設備が少ないことがEV普及の足かせになっていると批判を受けているのが現状だ。

もちろん、EVはFCVよりもずっと航続距離が短いなど、考慮しなければならないことはたくさんある。しかし、何をどう考慮しようとも、20万台に対して320カ所というのが少ないことに変わりない。ちなみに、日本のガソリンスタンドの数は2014年の数字で大体3万3,000カ所だ。

なぜこんなに水素ステーションの目標が低いのだろうか? 水素ステーションといえば、設置コストが非常に高いことが幾度となく報道されている。水素ステーションを1カ所整備するのに必要な費用は5億円前後といわれ、ガソリンスタンドの整備費用のざっと5倍だ。しかも、水素の取扱いや貯蔵にはさまざまな規制があるため、水素ステーションを経営しても儲けを出すのは難しいといわれている。

水素ステーションの整備は現時点ですでに遅れが出ている。以前に発表したロードマップでは、FCVの発売に合わせ、2015年度まで、つまりこの3月末までに100カ所を整備するのが目標だった。しかし結果は80カ所前後にとどまる見通しだ。こういった状況を考慮し、達成不可能な目標を立ててもしかたがないので、水素ステーションの目標は低く抑えられたのかもしれない。しかし水素の扱いに関する規制は順次緩和されているし、技術革新で設置コストも圧縮されていく見込みなので、やはりこの目標には疑問が残る。

水素社会が実現すれば、日本の経済も潤う?

疑問といえば、そもそもこうしてFCV普及を国が後押しし、水素社会を実現させようとするのはなぜなのか? という疑問を持つ人は多いだろう。なぜEVではなくFCVなのか? と思う人も多いはずだ。これには一応、ちゃんとした理由がいくつかある。まず、EVは充電に時間がかかる、航続距離が短いという欠点があり、その解決がなかなか難しそうだということ。FCVは燃料電池という発電機を積んだEVであり、だから欠点を解消したEVだともいえる。

エネルギー効率の高さとCO2排出量の少なさもFCVの大きなメリットだ。EVも非常に優れているのだが、FCVはそれを上回る、あるいは上回る見込みがある。最近注目されている災害時の電力供給源としても、FCVは非常に有効だ。この面では発電能力のないEVの効果は限定的で、なんとかして燃料さえ調達すればその場で発電できるFCVやハイブリッドカーのほうが優れている。

そして最後に、水素関連の技術を日本が確立するその意義だ。資源のない日本は技術によって経済大国となり、多くの富を手にしてきた。かつて繊維産業が栄えたが低価格な海外製品に押されて衰退し、代わって日本製の電気製品が世界を席巻したが、これも中国や韓国の台頭により、現在はきわめて厳しい状況にある。自動車産業はいまも世界のトップを走っているが、韓国の追撃もあり、いつまでもこの地位を守れるとは限らない。

長いスパンで日本の未来を考えたとき、新たな技術をものにしていく必要がある。H2ロケットに代表される宇宙開発や、MRJに期待がかかる航空機産業も、これからの日本を支える産業、少なくともその候補といえるだろう。しかし宇宙開発や航空機産業では、いまからトップグループに入ることはできても、トップになることはまず無理だ。その点、水素関連の技術なら、現時点で日本が間違いなくトップ。もし水素社会が世界中で現実のものとなれば、日本の技術が再び世界を席巻することになる。

……と、ここまではFCVに肯定的な見方だが、もちろん反対の見方もある。そもそもFCVが普及し水素社会が現実となる可能性がどの程度あるのか、誰にもわからない。CO2を排出しない再生可能なエネルギーの開発・普及が急務なのは確かだが、それを実現する方法として、水素はいくつかある選択肢のひとつにすぎない。

また、ガソリン価格が下がったことで、エコカー一辺倒だった消費者心理が変化してきている。もともとガソリンより燃料代が安いわけではないFCVは、ガソリン価格次第で苦境に立たされるだろう。加えて、FCVの普及はEVの動向にも左右される。EVの欠点の解決は難しそうだと前述したが、リチウムイオンバッテリーの改良は世界中で研究されており、画期的なブレークスルーが起きる可能性がまったくないわけではない。それによって航続距離の延長や充電時間の短縮、あるいは低価格化が実現すれば、「FCVなんていらない、EVでいい」ということにもなりかねない。

直噴2ストエンジンやセラミックエンジン、水素燃料エンジン、スターリングエンジン、空気エンジン……などなど、巨費を投じて開発しながら普及に至らなかったエコ技術はたくさんある。FCVはそれらと比べても格段に普及へのハードルが高い。それでも水素社会は実現するのか? 国策で水素社会実現をめざす日本にとって、FCV普及の成否は自動車産業にとどまらない大きな意味を持っている。

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