米国航空宇宙局(NASA)は1月5日(日本時間)、月・惑星探査計画「ディスカヴァリー計画」において、次に実施するミッションとして、木星トロヤ群小惑星を探査する「ルーシー」と、小惑星帯にある鉄やニッケルでできたM型小惑星「プシューケー」を探査する「サイキ」の2つを選定した、と発表した。

木星トロヤ群小惑星もM型小惑星も、これまで地上や宇宙から望遠鏡で観測されたことしかなく、探査機が直接訪れて探査をするのは初めてとなる。この人類未踏の地に挑むのはどんな探査機なのか、またこれらの天体を探査する意義は何なのだろうか。

第1回では、木星トロヤ群小惑星を探査する「ルーシー」について紹介し、第2回では金属質の小惑星「プシューケー」の探査を目指す「サイキ」について紹介した。第3回では、日本も目指す木星トロヤ群小惑星の探査と、そして小惑星を資源として利用する可能性について取り上げる。

木星トロヤ群小惑星を目指す日本の「ソーラー電力セイル探査機」の想像図 (C) JAXA

小惑星からの資源採掘を目指す米国企業の探査機の想像図 (C) Deep Space Industries

日本が一番乗りできたかもしれない木星トロヤ群小惑星

今回NASAが探査機を送り込むと発表した人類未踏の天体のうち、木星トロヤ群小惑星へは、日本も「ソーラー電力セイル探査機」という探査機を送る検討を進めている(ソーラー電力セイル探査機の詳細は『この宇宙に帆を広げて - JAXAの「宇宙帆船」が赴くは木星トロヤ群小惑星』をご覧ください)。

しかし、ソーラー電力セイル探査機の木星トロヤ群小惑星への到着は、仮に2022年に打ち上げられた場合でも2033年と、ルーシーよりも遅いため、(ルーシーの打ち上げが大幅に遅れたり、失敗したりしない限りは)一番乗りは果たせない。

実は、ソーラー電力セイル探査機による木星圏の探査構想は、2000年代の初期にはすでに存在していた。もしその時点で計画が認められ、開発がスタートしていれば、今ごろには打ち上げられ、一番乗りを狙えたかもしれない。計画が認められなかったのにはさまざまな理由があるので一概に失策とは言えないが、単に結果だけ見れば、日本は成し遂げられるはずだった"世界初"を逃してしまったことになる。

また、現時点でもまだソーラー電力セイル探査機は正式なプロジェクトとして認められたわけではないので、仮に今後正式に認められたとしても、打ち上げは2020年代後半になるだろう。目指す小惑星の軌道などにもよるが、到着時期もその分遅れ、2030年代の後半にずれこむこともあろう。

それでも優位な点はまだある。いくつもの小惑星を通過(フライバイ)して観測するルーシーとは違い、ソーラー電力セイル探査機はあるひとつの小惑星を、その周回軌道からじっくりと探査でき、また着陸機を降ろして地表から地中まで探査することもできる。

NASAがルーシーの打ち上げから数年後に、その場観測ができる別の探査機を打ち上げ、なおかつ日本より早く到着しない限りは、この優位性は揺るがないだろう。

木星トロヤ群小惑星を目指す日本の「ソーラー電力セイル探査機」の想像図 (C) JAXA

数十年かかるサンプル・リターンが、その場観測に抜かれる可能性

さらにソーラー電力セイル探査機は、訪れた小惑星から岩石を持ち帰る、サンプル・リターンも行おうとしている。これもルーシーにはない優位な点であるが、ソーラー電力セイル探査機は電気推進という、少ない推進剤で宇宙を航行できるものの、その分時間がかかるエンジンを採用しているため、行って帰ってくるのに30年もの歳月を必要とする。つまりサンプルが手に入るのは2050年代~60年代となる。

これほどの時間がかかるとなると、探査機が壊れる心配はもちろん、NASAや中国など他国の探査機に、成果を先に取られてしまう可能性も考えなくてはならないだろう。

これには、電気推進ではなく通常のロケット・エンジンであれば、効率は劣るもののより早く行って帰ってこられる可能性があるということもあるが、もうひとつ、そもそもサンプル・リターンの意義が薄れる可能性もある。

筆者は以前、取材のなかで宇宙研の研究者に「どれくらいの規模の分析装置を送り込めれば、サンプル・リターンは不要になるのか」と聞いたことがある。その答えは「だいたい5トンくらい」というものだった。もちろん詳細な検討がされたわけではないので、研究者の勘による、おおざっぱな数字であることに留意する必要があるが、いずれにしても5トンより重くなることはあっても、軽くなることはないだろう。

さらに、分析装置のみで5トンということは、エンジンや電力源などを含めた探査機全体の質量はさらに大きくなり、10~20トン、あるいはそれ以上になるだろう。それほどの探査機を木星トロヤ群に送ることは、現代では難しい。

しかし、たとえばスペースXは現在、超大型ロケットの「ファルコン・ヘヴィ」を開発中で、さらにNASAも「スペース・ローンチ・システム」という超大型ロケットを開発している。中国には「長征五号」や、開発中と伝えられる超大型ロケット「長征九号」もある。こうした超大型ロケットで分析装置部分やエンジン部分などを分けて打ち上げるとすれば、実現の可能性が見えてくる。

あるいは、スペースXの「惑星間輸送システム」が完成すれば、分析装置はおろか、科学者を直接送り込むことさえも可能になるだろう(惑星間輸送システムの詳細は『私たちが火星人になる日 - イーロン・マスクの火星移民構想は実現するか』をご覧ください)。

それは明日明後日にできることではないが、30年後であれば可能性は十分見えてくる。もちろん、だからといって独自の探査を諦める理由にはならないが、そういう時代が来ることに備える必要はあり、またより良い成果を求めるなら、むしろそのような時代を実現するための努力をすべきだろう。

スペースXが開発中の超大型ロケット「ファルコン・ヘヴィ」の想像図 (C) SpaceX

スペースXが構想している「惑星間輸送システム」が実現すれば、木星圏の有人探査も可能になるかもしれない (C) SpaceX

宇宙資源としての小惑星利用も始まる

小惑星には、太陽系や生命誕生の謎を解き明かす可能性だけでなく、将来人類が宇宙に進出した際に、資源として利用できる可能性も秘められている。

人が宇宙で生活する場合、水や酸素はもちろん、宇宙船や家、電子機器などを造るための金属も必要となるが、それらをすべて地球から打ち上げるのは現実的ではないため、宇宙で調達することが求められる。たとえば水はC型小惑星などから取り出せるかもしれないし、M型小惑星の場合、鉄やニッケルがある。さらにM型小惑星には電子部品などに必要不可欠なレアメタルが大量に眠っている可能性もあり、もし本当に存在するならば、宇宙で電子部品を製造できるだけでなく、地球の資源問題を解決することもできるかもしれない。

すでに米国では、2013年に、小惑星からの資源採掘を目指した「プラネタリー・リソーシズ」と「ディープ・スペース・インダストリーズ」という2つの会社が設立されている。手始めに資源が豊富そうな小惑星を見つけるための宇宙望遠鏡や、掘り出した金属を加工するための3Dプリンタの開発が行われている。出資者のなかには英国ヴァージン・グループのリチャード・ブランスン会長や、Googleの前CEOラリー・ペイジ氏など有力者が名を連ねており、決して冗談ではなく、現実のビジネスにすべく動き出している。

プラネタリー・リソーシズが開発している、小惑星を探すための宇宙望遠鏡の想像図 (C) Planetary Resources

ディープ・スペース・インダストリーズが開発している小惑星探査機 (C) Deep Space Industries

また2015年11月には、米国で民間による小惑星の資源採掘や利用を認める法律が成立し、こうした会社が、実際に小惑星の資源採掘ビジネスを始めることが可能になった。

今回選ばれたサイキは、あくまで科学探査が一番の目的ではあるものの、探査によって金属質の小惑星がどういうものかという理解が進めば、ほかの資源をもつ小惑星を見つける技術や採掘方法の確立につながり、資源としての利用方法も見出せるだろう。

もちろんこれも、前述の大型探査機や有人探査と同じように、今はまだ夢物語と思われるかもしれない。たしかに、小惑星に本当に資源があるのか、それは利用できる状態であるのか、どうやって掘り出すのか、といった問題は山積みだが、そう遠くないうちに問題が解決され、実現する可能性は十分にある。

残念ながら、日本ではまだこうした動きはなく、米国に比べれば出遅れた状態にある。だが今後、小惑星の採掘が可能になった段階から動き出したのでは、木星トロヤ群小惑星への一番乗りを逃したのと同じ、優位性を失う過ちを繰り返すことになろう。

「はやぶさ」と「はやぶさ2」で小惑星探査に率先して取り組んでいる日本にとって、小惑星の探査と利用をめぐるあらゆる未来の可能性に備えること、あるいはその未来を自ら切り拓いていくことは、大きな意義があるのではないだろうか。

【参考】

・NASA Selects Two Missions to Explore the Early Solar System | NASA
 https://www.nasa.gov/press-release/nasa-selects-two-missions-to-explore-the-early-solar-system
・ソーラー電力セイル探査機による木星トロヤ群小惑星探査計画について
 http://www.hayabusa.isas.jaxa.jp/kawalab/files/documents/20160615SPS_introduction_ver1.1.pdf
・ソーラー電力セイル探査機による 外惑星領域探査の実証
 https://repository.exst.jaxa.jp/dspace/bitstream/a-is/560432/1/SA6000046250.pdf
・President Obama Signs Bill Recognizing Asteroid Resource Property Rights into Law | Planetary Resources
 http://www.planetaryresources.com/2015/11/president-obama-signs-bill-recognizing-asteroid-resource-property-rights-into-law/
・H.R.2262 - 114th Congress (2015-2016): U.S. Commercial Space Launch Competitiveness Act | Congress.gov | Library of Congress
 https://www.congress.gov/bill/114th-congress/house-bill/2262