この連載もずいぶん続いてきたのですが、振り返ってみると驚くほど何度も同じテーマに立ち返る瞬間がありますね。それはEvernoteであれ、モレスキンの話であれ、手帳の話であれ、いずれも「記憶をどこに預けるか」「何を記憶するのか」という話だと思うのです。

佐々木 記録することには人それぞれの意味があるでしょうが、望むところは「思い出すべきタイミングで、思い出すべきことを、思い出したい」ということだと思います。ただ、記録する時点では、将来何を思い出したくなるかわからないし、だからといって闇雲に記録すると、思い出したい時に思い出すべきものを探し出せなくなってしまうおそれが高くなる。両者の矛盾を解消するために出てくるのが、「可能な限り何でも記録する」と同時に、柔軟で高度な検索技術を駆使して、どんなに大量の情報があっても思い出すべきことは思い出すことを目指すのですね。

記憶していることを思い出す記憶」、メタ記憶のお話ですね。実際Evernoteであれ、手帳であれ、本当にすべての情報を書きこむことはできないので、「思い出す」ためのキーワードを記録するわけです。あとは例えば、頭の中にあるタスクをすべて外に出せばGTDになりますし、感情も含めて記録すればユビキタス・キャプチャーになります。また、デジタルで記憶することアナログで記憶することも可能です。つまり仕事術もツールの利用も、結局は「何を記憶するの?」という話だったんですね。これは発見です。

佐々木 堀さんはEvernoteもモレスキンもお使いですね。ちょっと確認しておきたいのですが、それらはどのように使い分けているのですか?

実は、それほど厳密には使い分けていないのです。モレスキンには手描きのイラストなどが多く、EvernoteにはWebのクリップが多いといった偏りはありますが、その場で記録できることを片っ端から記録しているという状態です。

佐々木さんにも経験があると思いますが、僕らは記憶しておけることを選べませんよね? 僕は記録もそれと似ていると思うんです。Evernoteだから全部記録できるとか、モレスキンだから完璧にうまくいくということはなくて、「メジャーな受信箱」を決めたなら、そこにその場その場で可能な限りの「メタ記憶」を詰め込むのが精一杯だと思っています。ただ、それでもやらないよりは、膨大な記憶が手に入りますよ。「3年前の今日何を食べたか」とか(笑)。

佐々木 一応、確認のために聞いておきますが、その「3年前の今日、何を食べたか」という記録はどんなきっかけで読み返すのですか?

記録するのは、過去の自分と出会ってそこから現在に役立つインスピレーションをもらうという後ろ向きの視線と、例えば「1年前の自分が立てた目標」を読み返して現在を改めるという未来への視線の両方のためだと思うのです。だから、過去を振り返ろうと思って手帳を開いていると偶然現在へのフィードバックが得られるといったように、やればやるほど味わい深いですよ。

佐々木 主として思い出に浸るという、過去の記憶を味わう目的が1つ。もう1つは、過去の自分の志向性を現在に生かすという目的があるわけですね。前者の例に旅行のスナップショットなどがありますね。「今年の目標」などの記録が後者の例になるでしょう。これは、スパンの長い展望的記憶ととらえることもできそうです。

こういう習慣をどうつけたらいいかという質問もありそうですが、ここは逆に考えて堀さんのような体験を増やすうちに、それを心が求めるようになるので、結果としてとことん記録を取るという習慣につながるのだと思います。面白そうな話を聞くと、私たちはつい「どうやってそういう習慣をつけたらいいのか。何かうまい方法は?」と問いがちですが、得られるものがあるから習慣がつくという側面をもっと重視すべきでしょう。

編集後記(堀 正岳)

Evernoteや手帳の中身は未来への予感と過去との出会いが待っている場所ですが、だからといってそれを記録している「現在」に重々しく書いたり、かしこまったりする必要はありません。「何を食べたか」から「どんな気持ちで仕事に望んでいるか」まで、自由に書いてみましょう。つながりは未来で待ってくれているはずです。

ただし1つだけ注意があります。何か価値のある情報が外にあると思うのではなく、自分にとって大事なことを記録するほうが書きやすいですし、あとで利用価値が高まります。「情報のための情報」の保存はWikipediaにでも任せておきましょう。

佐々木 正悟(ささき しょうご)
心理学ジャーナリスト

「ハック」ブームの仕掛け人の一人。専門は認知心理学。 1973年北海道旭川市生まれ。97年獨協大学卒業後、ドコモサービスで働く。2001年アヴィラ大学心理学科に留学。同大学卒業後、04年ネバダ州立大学リノ校・実験心理科博士課程に移籍。2005年に帰国。 著書に、ベストセラーとなったハックシリーズ『スピードハックス』『チームハックス』(日本実業出版社)のほかに『ブレインハックス』(毎日コミュニケーションズ) 『一瞬で「やる気」がでる脳のつくり方』(ソーテック)などある。

ブログ「ライフハックス心理学」を主催

堀 E. 正岳(ほり まさたけ)
ブロガー・気候学者

1973 年アメリカ・イリノイ州エヴァンストン生まれ。筑波大学地球科学研究科(単位取得退学)。理学博士。地球温暖化の影響評価と気候モデル解析を中心として研究活動を続けている。その一方でアメリカでライフハックが誕生したころからその流行を追い続け、最新のハックやツール、仕事術や自己啓発に至る幅広いテーマをブログ Lifehacking.jp で紹介している。 著書に、「情報ダイエット仕事術」(大和書房)、「英語ハックス」(日本実業出版社、佐々木正悟氏との共著)、Lifehacks PRESS vol2(技術評論社、共著)がある。ブログ「Lifehacking.jp」を主催