この前すごい発見をしてしまったんです。というのも、「ユビキタス・キャプチャー」で検索すると、この言葉が何と大辞林に新語として登録されているんですよ。

佐々木 そうらしいですね。辞書に載っていたのはちょっとした驚きですが、辞書では「ユビキタス・キャプチャー」はどう定義されているのでしょう?

もともとこの言葉は、GTDの「頭を空にする」ことやノートにすべての記憶を書き付けていくという習慣に対し、アメリカのライフハック界で誰ともなく使い始めていた言葉なのですが、僕は日本に持ち込んだ際、もっとシステマティックに「日常生活の中で生じるあらゆる着想について、手帳などに逐次記録する手法」として紹介しました。それが大辞林にそのまま反映されているみたいで面映ゆいです。

佐々木 堀さん自身は、「ユビキタス・キャプチャー?」をどんな風に実践しているのですか? 特に常用しているツールなどはありますか?

今はありとあらゆる記憶の断片を、Evernoteとモレスキン手帳の両方でとらえるようにしています。EvernoteはWebを通して得られる情報をクリッピングするのに使いますが、モレスキンは経験、感情、ある出来事の経緯といった、「この日を特別な一日にするための記憶」を蓄積させる場所として利用しています。佐々木さんはこれに似たような習慣を実践していますか?

佐々木 ツールとしては、Evernoteとロディアで似たようなことをやっています。僕がやっていることは堀さんほどシステマティックではなく、主に仕事に役立つネタをメモしているほかに、自分の精神状態を安定させておくためによくメモ書きをします。

ある出来事に対する「感情」を記録しておくのは、とても役に立ちますよね。よく「ノート1冊にすべてをまとめろ」的な本にはデータをすべて記録するという話が出てくるのですが、データは本で言うならせいぜいタイトルと副題にすぎなくて、感情や文脈こそがその豊かな中身だと思ってます。それを再生可能な記憶としてノートに書き込むのはとても大事です。

佐々木 感情や文脈の記録は、後から読み返してみると記録というよりも写真のスナップと似ているような気がします。写真を見返す時に人が期待しているのは、出来事自体を思い出すことではなく、出来事の味わいを再体験することですよね。ただ、感情や文脈は写真に撮れないので、言葉で記録するということになるのだと思いますが。

そうです。そしてそれには実際的な利益もあって、大きな仕事を抱えている時に、作業と目的が一人歩きをして「どうしてこうなった?」ということがよくありますが、過去の会議のやりとりを再体験したり、話の流れを感情とともにノートに込めたりしておくことで、今やっていることに文脈を与えられるのです。「過去の自分を味方に付ける」なんて、僕は言ってます。

佐々木 Evernoteやモレスキンなどのツールがよく紹介されていて、「すべてを記録することの重要性」もよく説かれていますから、Webクリップをはじめ、膨大な記録をとっている人も多いでしょう。が、膨大な記録を見返してみても、今回登場した「感情や出来事を経験してきた推移」は、まったく記録していない人も少なからずいらっしゃるように思います。それはとてももったいないことですし、「事実とデータ」ばかりの記録は読み返す気がもうひとつ起こらないでしょう。ぜひ、自分自身だけが経験し感じたところまで書き落とし、それを読み返してみることをお勧めします。

僕は今から数十年後の自分がすでに目に浮かぶんですよ。ノートを開いて過去の自分を再体験している自分を。きっとその時、僕はタスクの一覧表や、会議の議事録ではなくて、娘が生まれた瞬間や成長の一瞬一瞬を繰り返し読んでいるはずです。小さな記憶の断片から、大きな人生の織物を作り上げたいという、結構、野心的な習慣なのですよ(笑)。

対談後記(堀 正岳)

ガルシア・マルケスの『生きて、語り伝える』という書籍の冒頭のエピグラフに、「人の生涯とは、人が何を生きたかよりも、何を記憶しているか、どのように記録して語るかである」という言葉があります。ユビキタス・キャプチャーは正にこの「過去を語る」ための手法で、実際的な生活レベルから、人生レベルまでメリットがあります。

まずは、これまで「スケジュール」や「タスク」に偏っていた手帳の片隅に「どうしてこのような流れになったか」「その時自分はどう思ったか」といった心の欠片を置くようにしてみてください。たったこれだけのことで、手帳の再利用価値がグッと上がるはずです。

佐々木 正悟(ささき しょうご)
心理学ジャーナリスト

「ハック」ブームの仕掛け人の一人。専門は認知心理学。 1973年北海道旭川市生まれ。97年獨協大学卒業後、ドコモサービスで働く。2001年アヴィラ大学心理学科に留学。同大学卒業後、04年ネバダ州立大学リノ校・実験心理科博士課程に移籍。2005年に帰国。 著書に、ベストセラーとなったハックシリーズ『スピードハックス』『チームハックス』(日本実業出版社)のほかに『ブレインハックス』(毎日コミュニケーションズ) 『一瞬で「やる気」がでる脳のつくり方』(ソーテック)などある。

ブログ「ライフハックス心理学」を主催

堀 E. 正岳(ほり まさたけ)
ブロガー・気候学者

1973 年アメリカ・イリノイ州エヴァンストン生まれ。筑波大学地球科学研究科(単位取得退学)。理学博士。地球温暖化の影響評価と気候モデル解析を中心として研究活動を続けている。その一方、アメリカでライフハックが誕生したころからその流行を追い続け、最新のハックやツール、仕事術や自己啓発に至る幅広いテーマをブログ Lifehacking.jp で紹介している。 著書に、「情報ダイエット仕事術」(大和書房)、「英語ハックス」(日本実業出版社、佐々木正悟氏との共著)、Lifehacks PRESS vol2(技術評論社、共著)がある。ブログ「Lifehacking.jp」を主催