今回は、前回の佐々木さんの著書「記憶 Hacks」の紹介で疑問に感じていた「どうしてやることを書き出すと能率が上がるのか」という、当たり前のようでいて当たり前ではない質問を佐々木さんにぶつけてみました。

「書き出すと効率が上がる」のはなぜ?

前回のお話では、記憶力を高めるよりもツールを使って外部に記録しろ、ということだったと思うのですが、GTD のような仕事術でも、頭にタスクを補完せずに、紙などに書き写すことによって処理や判断が速くできるようになるとうたっていますね。

佐々木 GTDではそれをどう説明しているのですか?

GTDを生み出したDavid Allenさんは、1つの仕事にとりかかっているときに、他の気になることが邪魔したりすると、能率を下げる大きな要因になると、本の中で語っています。

佐々木 なるほど。ということは、気になっていることを書き出して安心しようということも、ありそうですね。もちろん、ただ安心するばかりではなく、記憶しなければならないというプレッシャーから脳を解放し、それにまつわるストレスを減じようという意図もあるのでしょうが。

僕らは頭脳というのは記憶して、記憶したことを考えるためにあると思いがちです。でもいったん外に記録した方が、脳の処理の力も向上するのでしょうか? GTDファンの私がこういうことをきくとおかしいかもしれませんが、だとすれば、これってどうしてなんでしょうね。自明なようでいて、自明ではないですよね。

佐々木 そもそも脳は、「実行処理する」にも「記憶力」も使うし、「ちょっと記憶しておく」にしても「実行処理」機能は使うのです。コンピュータにとっては、「計算処理」と「記憶」は独立した機能かもしれませんが、脳にとってはそうではないので、「ちょっと覚えておく」ことをしないだけでも、「タスク処理」に使えるエネルギーを多くとれることになるわけです。

単純でも、必要時間が何時間で、何月何日に終わるというところまで見えると安心できる

「忘れないように」と努力するのと、タスクを処理するのが同じくらい脳にとってはストレスといいかえてもいいのですね。 だから「忘れてもいい」状態を作って、「実行」することだけに集中するのが効率的なんですね。

佐々木 さらに言い換えると、脳内の「記憶内容」は不安定で書き換えられたり、消滅したりするので、一度にたくさんの材料を扱えません。しかし、最近の仕事は処理すべき情報内容が複雑多岐にわたっているため、たくさんの情報をいっぺんに操作したくなる。しかしそうするには、頭の中で行うより、外部化させて安定的なものにしておく必要があるわけでしょう。

なるほど、これは GTD をやっていてもよく感じました。それに加えて、GTDをやっていて僕が痛感したのは、私たちは自分たちで思っているほど、「自分がなにをしたいか」「次のアクションは何か」「どのような手順でやればいいのか」ということをわかっていないということです。「あれを、ああしてこうして、なんとなくあそこへ」という曖昧さが含まれた思考しかできていません。

タスクをどのように「書き出す」べきか

佐々木 複雑な処理内容を、頭の中で、それも短時間でやろうと思うと、どうしてもあいまいな把握になりがちです。

だからこそ、主語と述語がちゃんとした「文章」に落とし込むことによってやるべきことが明確になるのだと思います。タスクを速くこなしたいと思った時、意外なハックですが、「ToDo リストにちゃんとした文章でタスクを書き込む」方がそれに実際にとりかかって、実行していることが多いことによく気がつきます。タスクを曖昧な形で ToDo リストにいれていると、どんなアクションを起こせばそれが完了するかも曖昧になってしまいます。頭の外に出して、書き込むというのは、それを明確化することでもあるのかなと思います。

佐々木 堀さんは、その「明確化」をどうやって実行されているのですか?

僕は、「今自分がしていること」が書き込まれている一枚の Doing リストという紙を目の前において、常に自分がその目標からずれないように錨をおろしておくことで、記憶のサポートをしています。

手がけているタスクの経過時間を計ることも、目標からずれないようにする方法の1つ

佐々木 なるほど。これは頭のいい人ほどそうではないかと思うのですが、自分の思考の流れを明瞭に意識できる人からすると、「今やること」だとか「あとでやること」だといったことを、いちいち紙に書き落とすなんて、ばかばかしいかもしれません。しかし、暗算が得意な人であっても、二桁のかけ算は筆算した方が、間違いは減るものです。

・脳をプレッシャーから解放する
・思考の流れを見失わない

という目標を確実なものにするためにも、「記憶の外部化」という習慣は重要だと思います。

対談後記

人間の脳がタスクを実行するのにも、それを記憶しておくのにも負担を感じているというのは発見であると同時に、ちょっと気の毒な気もするのでした。そもそも私たちの脳は、現代の仕事場で要求されているような複雑で抽象的な仕事にはそもそも向いていないのを、多少無理をして働かせているのではないでしょうか。

だからこそ、今回紹介した「ToDoは主語と目的語がちゃんとした文章にする」というハックも、脳に抽象的な思考を要求し続けるのではなくて、明快なメッセージを与えて楽をさせてやることにつながるのでうまくいくのかもしれません。

ToDoとやる気、そして先送りの問題も今後この連載で扱ってゆく話題としたいと思います。

佐々木 正悟(ささき しょうご)
心理学ジャーナリスト

「ハック」ブームの仕掛け人の一人。専門は認知心理学。 1973年北海道旭川市生まれ。97年獨協大学卒業後、ドコモサービスで働く。2001年アヴィラ大学心理学科に留学。同大学卒業後、04年ネバダ州立大学リノ校・実験心理科博士課程に移籍。2005年に帰国。 著書に、ベストセラーとなったハックシリーズ『スピードハックス』『チームハックス』(日本実業出版社)のほかに『ブレインハックス』(毎日コミュニケーションズ) 『一瞬で「やる気」がでる脳のつくり方』(ソーテック)などある。

ブログ「ライフハックス心理学」を主催

堀 E. 正岳(ほり まさたけ)
ブロガー・気候学者

1973 年アメリカ・イリノイ州エヴァンストン生まれ。筑波大学地球科学研究科(単位取得退学)。理学博士。地球温暖化の影響評価と気候モデル解析を中心として研究活動を続けている。その一方でアメリカでライフハックが誕生したころからその流行を追い続け、最新のハックやツール、仕事術や自己啓発に至る幅広いテーマをブログ Lifehacking.jp で紹介している。 著書に、「情報ダイエット仕事術」(大和書房)、「英語ハックス」 (日本実業出版社、佐々木正悟氏との共著)、Lifehacks PRESS vol2 (技術評論社、共著)がある。

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