秘密のヴェイルに包まれた快舟ロケット

断片的ながらも情報が出てきた快舟一号とは対照的に、打ち上げに使われた快舟ロケットの方はまったくといって良いほど謎に包まれたままだった。

まず中国国防部や中国国家航天局などは、快舟ロケットについて「小型ロケット」としか明かさなかった。しかし中国の宇宙専門新聞「中国航天報」が報じたところによれば、快舟は中国航天科工集団公司によって開発されたという。中国航天科工集団公司、通称CASIC(China Aerospace Science and Industry Corporation)は、ロケットやミサイルを開発、製造している企業で、長征ロケットの開発、製造を担っている中国運載火箭技術研究院(CALT)や上海航天技術研究院(SAST)、及びその上位組織である中国航天科技集団公司(CASC)とはライヴァル関係にある。

その後、2013年10月9日になって突如、中国の宇宙開発ファンが集う掲示板に、快舟とされるロケットの機体と、飛翔後の航跡を撮影した写真が投稿された。Exifは削除されていたため撮影日時や撮影場所の特定はできなかったが、少なくとも酒泉衛星発射センターにおいて撮影された画像であることは確かなようだ。またロケットの形は明らかに長征とは異なっており、加えて地上設備の少なさや、上空にくっきりと残る白煙の航跡から、それが固体燃料ロケットであることは明らかだった。さらに酒泉衛星発射センターは現在、弾道ミサイルの試験場としては使われていないことからしても、この写真のロケットは長征でも弾道ミサイルでもなく、快舟であると見なすのは妥当であろう。

中国の航空航天報のフォーラムに投稿された快舟ロケットの写真 (C)航空航天報

中国の航空航天報のフォーラムに投稿された快舟ロケットの打ち上げの写真 (C)航空航天報

白い筒状の部分はロケットかもしれないし、キャニスター(発射筒)である可能性もある。その白い筒と並んで立つ梯子状のものは、ロケットを支えたり、外部から電力や空調を供給するための構造物と思われる。先端の黒い部分はフェアリングであろうが、なぜこの部分だけ黒いのかは不明だ。黒色は熱を吸収しやすいことから、内部に人工衛星を持つフェアリングの塗装にはあまり使われない。ただ、酒泉衛星発射センター周辺の平均気温は10度以下で、特に9月から10月にかけては急激に気温が下がるため、ロシアのロケットで見られるような、低気温から内部の衛星を保護するための脱着式のカヴァーなどである可能性はある。

ロケットの下に写っているのはおそらくTELであろう。TELとはTransporter Erector Launcherの略で、ロケットを積んで目的地まで輸送でき、かつ発射角度に向けて立て、発射まで行える車両のことだ。東風21や31はTELからの発射に対応しているが、ミサイル本体はキャニスターに収められており、外部には露出していない。また中国が現在保有する、固体の準中距離弾道ミサイル、中距離弾道ミサイル、大陸間弾道ミサイルの中で、機体を外部に露出させた状態で発射するものは確認されていない。東風15などは露出した状態から発射されるが、短距離弾道ミサイルであり、快舟の打ち上げ能力には遠く及ばない。したがってこのTELは、快舟のために特別にあつらわれたものである可能性が高い。

これらの写真は貴重かつ衝撃的ではあったが、不鮮明なものであったことから、残念ながらロケットの形状や性能などを特定するまでには至らなかった。

そして年が明けて2014年1月になり、CASICはようやく快舟ロケットのものとする画像を公開した。明らかにCGと分かる簡素な絵ではあったが、CASICが開発元であること、また固体ロケットであることがある程度裏付けられた。

CASICが公開した快舟ロケット (C)CASIC

CASICは準中距離弾道ミサイル(MRBM)の東風21など、固体燃料を用いた弾道ミサイルの開発と製造を手がけており、またかつて「開拓者一号」という、東風21を基にした小型の衛星打ち上げ機を開発したこともある。開拓者一号は4段式のロケットで、地球低軌道に300kg、極軌道に100kgの打ち上げ能力を持つとされ、CASICとしては中国国内の衛星打ち上げの他、商業ロケットとして国外にも売り込むつもりだったようだ。しかし、2002年と2003年に行われた打ち上げが相次いで失敗し、それ以来打ち上げは行われておらず、計画は中止になったと思われる。また、開拓者二号や開拓者一号Aなど、能力増強型の開発構想もあったようだが、これも立ち消えになってしまった。

快舟が開拓者一号の名前を変えた機体、あるいはその発展型ではないか、という説は誰もが想像できるところであろう。快舟一号の質量が、少なくとも試験一号や三号と同じ200kgか、あるいはそれよりも大きいことを考えると、開拓者一号そのままでは打ち上げはできないが、その増強型を「快舟」に名を変えて開発した機体である可能性は十分ありえた。

快舟の正体としてはもう一つ、長征十一号、もしくはその姉妹機ではないかとする説もあった。長征十一号は、中国の比較的新しい大陸間弾道ミサイル(ICBM)である東風31を基に開発されているとされる衛星打ち上げ機で、高度700kmの太陽同期軌道に350kgの打ち上げ能力を持つとされる。推進剤は固体燃料で、またその固体ならではの即応性、すなわち災害や戦争などが発生した際に、短時間で観測衛星を最適な軌道へ打ち上げることができる能力を持っていると明かされており、これらは快舟が持つ特性と一致している。

また2013年2月には、国連宇宙局の小委員会において配布された資料の中に、LM-MLVと呼ばれる小型ロケットの想像図が含まれており、これは長征十一号のことではないかと話題になった。またこの資料には、LM-MLVを太原衛星発射センターから極軌道へ打ち上げた場合の、第1段、第2段の落下予想区域も掲載されており、それは快舟ロケットのNOTAMのそれとおおむね一致している(その後何らかの理由により、LM-MLVの想像図と各段落下区域の図は削除されている)。

だが、この説には欠点がある。長征十一号は航天動力技術研究院(AASPT)かCALT、どちらにせよCASC傘下の企業が開発を担当しており、またその基となっているといわれる東風31もCALTが製造している。はたして、長征十一号と目的も性能も被る快舟ロケットのために、CALTがCASICに対して東風31を提供するだろうかという疑問が生じるのだ。

もちろん両社はライヴァルとはいえ、ともに中国の国営企業であるため、技術のやり取りが行われた可能性がまったくないとはいえない。だが、今度はなぜCASICは東風21由来の開拓者一号の使用をやめたのか、という問題が生じる。開拓者一号が失敗した原因は明らかになっていないが、基になった東風21がミサイルとして配備されている以上、東風21そのものに原因があったとは考えにくい。あったとしても改良が行われているはずだ。つまり、わざわざCALTの力を借りて東風31を使わずとも、開拓者一号を改良するか、改めて東風21から新しい衛星打ち上げ機を開発すれば、快舟ロケットは造れるはずなのだ。また開拓者一号と長征十一号の打ち上げ性能はほとんど似通っているので、開拓者一号より打ち上げ能力の大きなロケットを造るために東風31を使ったというのも考えにくい。

筆者を含め、世界中で多くの人々が快舟ロケットの正体を思案した。そして2014年11月、ようやくその答えが、少しだけではあるが明らかになった。

(次回は12月21日に掲載する予定です)

参考

・http://bbs.9ifly.cn/thread-12572-1-1.html
・http://www.oosa.unvienna.org/pdf/pres/stsc2013/tech-26E.pdf
・http://www.nti.org/country-profiles/china/facilities/
・http://www.globalsecurity.org/space/world/china/kt-1.htm
・http://www.sinodefence.com/strategic/missile/df31.asp