脳の栄養失調が引き起こすうつ症状

脳のエネルギーが低下すると、うつ症状になるのはなぜか? まず、人間の感情や思考が生みだされるとき、脳の中で何が起こっているか、脳のメカニズムを説明しておこう。脳の中には、約1,000億個といわれる無数の神経細胞がある。その先端にあるシナプスから心や体の働きを活性化する神経伝達物質が放出され、それを次のシナプスにある受容体が受け止めることで、情報が伝達され、感情や思考がスムースに活動する。この複雑なネットワークによって、人間らしい豊かな思考や感情が可能になるのだ。

神経伝達物質で有名なものには、感情を安定させるセロトニン、快感や欲求に関わり、行動をリードするドーパミン、神経を覚醒させ、闘争心や感情に関係するノルアドレナリンなどがある。これらの物質の原料は、すべてタンパク質だ。また合成される際にはさまざまなビタミンやミネラルが必要になる。ところが、更年期の男性にはこうした栄養素が不足しがち。ストレスや飲酒などによっても、どんどん消費する。不足すると神経伝達物質が作れなくなる。その結果、思考や感情が鈍くなり、さまざまなうつ症状が引き起こされるというわけだ。

脳の神経細胞と神経伝達物質の伝達するしくみ。通常と「うつ状態」では神経伝達物質の放出が少ない

公私共にストレスが多い更年期の男性は、強いストレスにさらされると、大量のノルアドレナリンが出て不快な気分になる。そのノルアドレナリンを和らげようと、セロトニンが消費される。ふつうは使った分だけまだ再生されるのだが、セロトニンがどんどん消費され、再生や供給が間に合わなくなると、気分が落ち込んだり、意欲が低下して、うつ症状になってしまうという。

ダイエットは脳によくない

要するに男性更年期のうつ症状は、一言で言えば"脳の栄養失調"みたいなもの。ということは、きちんと栄養をとれば、うつ症状は良くなるだろうか? 「その通りです」と、姫野先生は言う。「抗うつ薬もあるが、これは神経伝達物質を効率よく回す働きをするだけ。ちゃんと必要な栄養素を摂取すれば体の中できちんと神経伝達物質が合成されるので、必ずしも抗うつ薬は必要ありません」(姫野先生)。更年期のうつ症状が、薬を使わず解消するなんて! では、いったい何を食べればいいのか?

「まずは、なんと言ってもプロテイン、つまりタンパク質ですね」と先生。プロテインなどというと、筋肉をつけるものと思いがちだ。だが実は、脳は基本的にタンパク質からできている。神経伝達物質もタンパク質が分解されてできるアミノ酸から合成されるし、受容体もタンパク質、薬もタンパク質に結びついて血中に運ばれる。タンパク質がなければ、何も始まらない。だから、肉も卵もしっかり食べること。ダイエットと称して、野菜ばかり食べているとタンパク質が不足して、脳によくないのだ。

そんなことしたら、コレステロールが心配……。更年期の男性の中には、そういう人も多いだろう。だが神経伝達物質をキャッチするには、コレステロールも必要なのである。つまり、むやみにコレステロールを抑えてしまうと、せっかくセロトニンがたくさんあっても情報伝達がうまく行なわれなくなってしまう。

タンパク質のほかにも、鉄、亜鉛、ビタミンCはじめ、さまざまな栄養素が必要だ。こうした栄養素は、年齢とともに減ってくる。更年期の年代では、意識して補うよう心がける必要がある。だが、そうした栄養素の中でも、姫野先生が注目しているものがあるという。それは「ナイアシン」だ。

ナイアシンの効果とは

ナイアシンとはあまり耳慣れない栄養素かもしれないが、別名「ビタミンB3」。ニコチン酸とニコチン酸アミドの総称で、タンパク質や糖質、脂質の代謝に欠かせない水溶性ビタミンだ。これもまた神経伝達物質の合成になくてはならない。このビタミンを、姫野先生が注目する理由はなぜか? 論より証拠とばかり、さっそく臨床データを示して説明してくれた。

【CASE1】47歳:一部上場企業課長クラスの場合

大きなプロジェクトを任され、日常的に強いストレスを感じていた。 プロジェクトが終わった頃より、微熱、動悸、倦怠感、風邪症状が続き、一年ほど前から、気力、集中力の低下を感じるようになった。内科を受診し、検査を行なうも異常なく、薬を出されたが、症状は軽快しなかった。

その後、当院受診し、軽い抗うつ薬とナイアシンを投与。2週間すると微熱がなくなり、気分がよくなった。集中力が出て、仕事がはかどると言う。出社拒否の気分も薄れた。1カ月後、気力が充実して、まるで10年前に戻った気分。会社で定期的に勉強会を始めたら、部下のモチベーションも上がり、仕事の能率も上がるようになった。また、複数の案件を抱えることにも面倒くささを感じなくなった。半年後、勉強会のメンバーは100人にも達するようになり、社長からお褒めの言葉をもらう。しかも、気がついたら血圧も下がっていた。

栄養素を摂れば、男性更年期は恐くない!?

こうしたナイアシンの効果は、分子整合医学のパイオニアであるカナダ人医学者エイブラム・ホッファー博士が1952年に発表しており、治療に用いられてすでに半世紀以上の歴史がある。姫野先生のクリニックでも、まず血液検査を行い、ナイアシンが不足しているかどうか判断するそうだ。個人差があるので、必要量は検査データから割り出し、一般的に1,000~1,500mgの投与からスタートする。通常必要とされるナイアシンは30mg程度だから、かなり大量だ。投与の結果をデータで見ながら、効かなければ量を増やしていく。最高で8,000mgまで、文献的には12,000mgまで可能だというが、ふつうは1,500mgで十分よくなるケースがほとんどだという。

ビタミンとはいえ、こんなに大量に摂取して大丈夫なものなのか。姫野先生に尋ねると、「血液検査で必要な量をきちんと管理するから心配ありません」とのこと。しかも薬品ではなく天然の食品だ。薬と違い、体の芯から元気になっていく様子が治療する側からもはっきりわかるという。確かに「10年前に若返った」なんて言葉は、薬での治療からは患者さんから出てこないだろう。

「ちょっと大げさですが、ナイアシンがあれば、男性更年期恐れるに足らず!と言ってもいいでしょう」と姫野先生は言う。男性更年期障害の中にはナイアシン不足からくるものがかなりあり、そんな場合はサプリメント摂取で容易に治る。なるほど、男性更年期の症状が脳の栄養失調からくるものだとすれば、足らない栄養を補ってあげればいいわけだ。正体がつかめず、恐い存在だった男性更年期やうつ症状もこうしてわかってしまえば、もう恐くない。

「ただし……」、姫野先生の表情が再び真剣になった。脳の栄養失調には、もうひとつ大きな原因があって、実はそれが恐いという。何ですか、それ? 解決策を伝授されて、すっかり安心しきっていたのに、一撃をくらった思いで聞き返した。「それは、炭水化物(糖質)のとりすぎ」。炭水化物って、ご飯やパンや麺類……、日本人の主食はみんな炭水化物じゃないですか! それがうつ症状の原因に? 姫野先生は驚くべき話をはじめた。(次回につづく)

監修者

姫野 友美(ひめの・ともみ)

東京医科歯科大学卒業。ひめのともみクリニック院長、心療内科医、医学博士。テレビ東京「主治医が見つかる診療所」TBSラジオ「生島ヒロシのおはよう一直線」等に出演のほか、新聞、雑誌などでも、ストレスによる病気・症候群などに関するコメンテーターとして活躍中。

主な著書は『「疲れがなかなかとれないと思ったとき読む本』(青春出版社刊)『女はなぜ突然怒り出すのか?』『男はなぜ急に女にフラれるのか』(角川書店刊)など多数。