テックファームは、NTTドコモの「しゃべってコンシェル」や全日空の「ANAアプリ」といったモバイルソリューションを開発・提供しているIT企業である。ITエンジニアの働き方には「不健康」なイメージがつきまとうが、テックファームの月平均の残業時間は約25時間。女性が活躍できる職場づくりにも取り組んでいる。なぜテックファームは「健康」に注力しているのだろうか? 同社持ち株会社のテックファームホールディングス 代表取締役社長 CEOの永守秀章氏にお話を伺った。

健康は付加価値の源泉

――はじめに、御社の事業をご紹介いただけますか?

テックファームホールディングス 代表取締役社長 CEO 永守秀章氏

私たちはモバイルを主軸に置いているIT企業です。スマホやガラケーだけでなく、タブレット、ウェアラブルからロボットまで、あらゆるモバイルに通じたテクノロジーサービスを提供しています。位置付けを小売で例えるなら、"成城石井"です。明治屋や紀伊国屋ほど敷居が高いわけでなく、かといってディスカウントストアでもなく、「ここに来たら、ほかにはないテクノロジーやサービスがあるのでは?」と期待してもらえるブランディングと品揃えを目指しています。顧客企業と直接お取り引きすることが多く、年間の案件数は1,000件くらいです。

――「付加価値の高いITサービスを提供する」というこだわりをお持ちということですね。そういう相談は、クライアント側からあるのでしょうか? それとも御社から提案するのでしょうか?

両方あります。ただし、すべての顧客がITに精通しているわけではありませんし、言われたままに作っているだけでは差別化を図れません。お客様のRFP(提案依頼書)にとらわれず、顧客の立場で考え、良いと思ったものはこちらから逆に提案することもあります。

――まさにそこが「健康経営」に関わるポイントだと思います。エンジニア業界に不健康なイメージがつきまとうのは、頻繁に仕様変更があったり、短すぎる納期が切られたりするなど、顧客とのコミュニケーションがうまくとれていないことが一因ではないでしょうか。

コミュニケーション不足のまま受けた仕事で駄目出しを繰り返されることは、たとえ社内であってもキツいですよね。言われたことだけをやっていると振り回されて時間もかかりますし、なにより仕事に魂が入りません。われわれは、お客さまの目的を熟知した上で自分たちが本当に良いと思えるものを提案して、ベクトルを合わせるように努めています。

付加価値の高いアイディアを生み出すには、世の中を知らなければなりませんし、心も体も健康でなければなりません。IT企業の資産は人ですから、健康はもっとも大事な基盤です。みんなが健康でいることが第一で、その上でたくさんのインプットを得て、良いアウトプットが出せるように、労働環境づくりやマインドの醸成をしています。

――そういった考えを、テックファームは最初から持っていたのでしょうか?

最初からです。エンジニアリング力を武器に最先端のさらに一歩進んだサービスを提供して、お客さまのニーズを満たし、社会の利便性を向上させるお役に立ちたいという思いがはじめから強くありました。テックファームは、単純労働で大量生産する工場ではなく、エンジニア個々のノウハウが日々積み上げられ、そして仲間同士の知恵と知恵が掛け合わされて新しいものを生み出していくイノベーションが起きる場でありたいと考えています。

労働基準監督署が驚く残業時間の少なさ

――具体的な健康経営の取り組み事例を教えてください。

いくつもの仕組みを回していますが、例えば、長時間労働を抑制するために21時には消灯しています。先日、労働基準監督署の定期点検があったのですが、「残業時間が少ないですね」とびっくりされました。先月も先々月も平均25時間くらいでしたから。多い月でも30時間を超えるかどうかです。

――日本企業の残業時間は月平均が47時間と言われていますから、かなり短いですね。20時間だと1日1時間の残業になります。

これは無理に帰れという話ではなく、時間を常に意識して働こうということです。私は、長く働ければ良いアウトプットが出せるとは思っていません。心身ともに健康で頭がクリアでいられるのは、月28時間の残業が目安だと考えています。

社員には、なるべく早く帰って家族や社外の人と交流したり、運動したりすることで、自分自身の充実の時間をとって欲しいですね。世間を知らずして、ITサービスの利活用が提案できるはずもありません。「こんなの作りました。すごいでしょう」では、一方通行の自己満足に終わってしまいます。会社以外での接点から多くのインプットを得ることが、結果として世の中をリードする発想のベースになると思っています。

――退社後のインプットこそが重要だという見方をすれば、経営者として社員を早く帰らせる抵抗が薄まりそうですね。一方で、新卒の新入社員に対する教育を徹底する必要があるように思いますが?

創業のときからずっと言っているのは「ITのプロフェッショナルであれ」です。プロであるということは、長時間働くということではなく、付加価値をどれだけ提供できるかに尽きます。終わりを切って働いているのは、甘やかしているわけではなく、限られた時間の中で付加価値を出すように意識付けするためでもあります。時間管理は徹底していて、会議はストップウォッチで時間を計っていますし、立ってやることもあります。新卒にも「タイムイズマネー」がプロであることの大前提だと意識付けをするようにしています。

テックファームの会議用テーブル。「会議の効率化」について書かれた紙が、各テーブルに貼られている

社員は自社への「投資家」である

――"ITエンジニアは長時間労働でひたすらコードを書く"というイメージが世間にはありますが、お話を伺っていると、そうではなく、イノベーティブなサービスを提供する仕事なんだという「誇り」を感じます。

私は社員を「従業員」としてのみならず、「投資家」としての側面もあると捉えています。株主がお金を会社に投資してくれるように、社員は時間とノウハウを会社に投資してくれています。自身の貴重な時間、ノウハウなどを投資してくれているわけです。経営者としては、株主にはお金のリターンを、社員には成長ややりがい、また昇進、賞与といった経済的リターンを返したいと考えています。そして株主とは共に、より有形無形の資産を増やし、社員にはより健康に、よりインテリジェンスをつけて私生活を充実させて欲しいと思います。そのパワーが会社へのさらなる投資の源になるわけですから。

――社員が仕事外の時間を充実させることで生まれたサービスはありますか?

例えば、全日空さまに導入していただいた「Passbook」というApple社のサービスがあります。これは、iPhoneの中にあるさまざまなクーポンやチケットを一元管理できるサービスです。もともとは、2012年にアメリカでiOS6がリリースされた時に搭載されていたアプリなのですが、この情報をエンジニアが見つけてきたんです。すごく便利だと感じて全日空さまに提案をしたところタイミングがピッタリ合って、日本初となるスピード感で導入してもらうことになりました。これは、エンジニアが情報アンテナを立てていたことがお仕事につながった事例です。

――1人の社員がたまたま得た情報がクライアントのニーズとつながる。これは素晴らしい事例ですね。

そうですね。「こんな技術やサービスがある」とテクノロジーだけ知っていてもお役には立てません。世界の利活用シーンを知ったり、想像することで、はじめて世の中に役立つものを作ることができます。

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提供するサービスの付加価値を高めるために、社員が健康であることに注力するテックファーム。後編では、オフィスの間取りに込められた工夫や委員会制度など、より具体的な取り組みについてお伝えする。