前回に引き続き、住友商事ワーク・ライフ・バランス推進プロジェクトチームの本山ふじか氏に対するインタビュー。後編は、プロジェクトの10年間と、今後のビジョンについての話をお届けする。

気軽に悩み事を相談できる場所

――近年、従業員へのメンタルヘルス対策が注目されていますが、この分野ではどういった取り組みをされているのでしょうか?

住友商事 人事厚生部 課長 労務チーム サブリーダー 本山ふじか氏

ワーク・ライフ・バランスの取り組みを始めた2005年4月に、事業所内カウンセリングルームを開設しました。困っている社員が誰なのか知りたいと人事としては思いますが、そういったことは一切せずに、"守秘義務"の遵守を前面に出しています。人事に情報がいかないという安心感が口コミで広がり、社員がちょっとしたことでも気軽に相談に行ける場所として活用されています。10年が経過した昨年にはのべ約900人の利用がありました。

外部のカウンセラーと異なり、住友商事がどんな会社なのか、どんな仕事があるのか、どんなストレスがあるのかを分かっており、話が早いです。家庭のことでも不安や心配があると仕事に身が入らないと思うので、会社としてはできるだけこうした悩みを軽減したいと考えており、目的に資する取り組みとなっています。

「できるわけない」と思ったけれど

――時間外勤務の削減や育児・介護支援、心身の健康増進など、多岐にわたって御社はワーク・ライフ・バランスに取り組まれていますが、注力し始めたきっかけは何だったのでしょうか?

ワーク・ライフ・バランス推進プロジェクトチームは2005年から活動を始めているのですが、この年は、次世代育成支援対策推進法が施行された年でした。

また、この頃の当社は相当な残業問題を抱えていました。「商社パーソンたるもの24時間仕事をするべき」「昼夜を問わず働き続ける自分がカッコイイ」という時代だったんです。「ワーク・ライフ・バランス」という言葉も「ワークライフ(仕事生活)を充実すること」という意味に誤解されるくらいでした。私もプロジェクト立ち上げ当初から携わっているのですが、「うちの会社にこんなことはなじまないのでは、本当に根付くのだろうか」と思っていました。10年でここまで浸透したことには、あらためて振り返ってみて感慨や驚きがあります。

――「うちの会社にはなじまない」。同じように思われる人事担当者の方は少なくない気がしますが、御社がここまで来れた理由はどこにあるとお考えですか?

社長自らが残業問題についてメッセージを出すなど、トップの強い意志が大きいと思います。それから、スピード感を持って施策を実行してきたことが良かったのではないでしょうか。

――初期は残業時間の規制について、現場からの不満はありましたか?

「できるわけないじゃないか。世界は24時間動いてるんだよ」ということをずいぶん言われました。ただ、2年後の2007年の意識調査では、「ワーク・ライフ・バランスの推進で会社がより好きになった」「いまは長く働きさえすればいいという時代ではない」など、ポジティブな意見が多く集まりました。

10年前の仕事、今の仕事

――10年前と比べて今はどのように仕事の質が変わっていると思いますか?

時間を使えば成果が出るという仕事が減ってきていると思います。昔は足で稼いで仕事を取ってきていましたが、今それだけではお客さんがついてきません。双方がwin-winの関係で利益が上がり、社会にも貢献できるような事業・スキームをいかに提案できるかなど、新たな価値を生み出すための工夫や発想が重要になっています。

今は、時間をかけて仕事の量をこなすことが「良い」という考え方から、「時間は有限。もっと効率的なやり方はないか」と考えるようになりました。逆に言えば、いつまでに何をやるか、ということを自分で考えて組み立てることができないと、何の成果物がないまま、ただ時が過ぎて行くというリスクがあると思います。

ワーク・ライフ・バランスは第二のステージへ

――これからの目標はどういうものをお持ちでしょうか?

ワーク・ライフ・バランスは2013年12月に方針を少し転換しました。これまではトップダウンで、一律に時間外労働をぐっと減らしてきたのですが、残業を減らすことそれ自体が目的化しているところがあったので、今後は「メリハリのある働き方」を推進していきます。

――"メリハリ"とはどういう意味でしょうか?

例えば、若い時は成長曲線が立っていますし、吸収力も高く、全ての経験がその後のキャリアに生きてきます。特に女性社員は、子育ての時期など、長い会社人生において仕事をしたくてもできない時期があるわけです。若いうちに密度の濃い仕事をやり遂げる経験をすることも大事なので、忙しいときはとことん働く、一方でプロジェクトが終わって帰れる時はどんどん早帰りをして良い、そういう意味でのメリハリです。有給休暇の取得も2019年までに年平均14日取得を目標に推進しています。一人前の商社パーソンになってもらうためにも、やりたい時、やるべき時にはとことんやらせてあげたいですし、成功体験を含めて、できるだけ良い経験をさせてあげたいと考えています。

有休取得率の低かった管理職層でも増加

育児や介護との両立など、法律を上回る制度や、事業所内保育所などハード面のインフラは整ってきました。今後は、それらを使いながらどう活躍してもらうか、「成果を出すワーク・ライフ・バランス」を目指していきます。

当社に限らず日本の企業は、「一律に休暇を取りなさい」と言えば取れるのでしょうが、「自分の時間をちゃんと自分で考えて使いなさい」と言われるのはちょっと苦手で、真面目であるがゆえに周りを気にしてしまって、結局会社に来てしまう、という事例も多いとと思います。でも、一人ひとりがそれぞれ、自分にとって大事なものは何か、どういう人生を過ごしたいか、その軸をしっかり持った上で、それでいてまとまりがある会社って、すごい強いと思うんです。

――強い個々がありながら、有機的につながっている。まるでレベルの高いサッカーチームのようですね。

まさにその通りです。多様性が新しい価値を生み出すということだと思います。当社がその次のステージへ上がっていけるように、これからもサポートを続けていきたいと思います。