大手総合商社の住友商事は、時間外勤務の削減や仕事と育児・介護の両立支援など、さまざまなワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)の施策に取り組んでおり、2015年4月には、特に優良な子育てサポート企業として、厚生労働大臣の"プラチナくるみん認定"を受けた。10年前から良い職場環境づくりに取り組み続けている背景にはどのような考えがあり、また、どのような世界が見えているのだろうか。ワーク・ライフ・バランス推進を担当している人事厚生部 課長の本山ふじか氏にお話を伺った。

ワーク・ライフ・バランスの理念と推進体制

――まずは御社のワーク・ライフ・バランスに対する基本的な考えを教えていただけますか?

住友商事 人事厚生部 課長 労務チーム サブリーダー 本山ふじか氏

当社がワーク・ライフ・バランスへの取り組みを積極的にはじめたのは2005年からなのですが、この時に「社員一人ひとりの仕事を含めた生活全体の充実が、活力を生み、新たな価値創造の原動力になる」と基本理念を掲げました。皆さんに共感してもらえる普遍的な概念だと思いますが、それをあらためて言葉にしたわけです。

一般的に人材戦略のサイクルは「人材の確保」→「人材の育成」→「人材の活用」という流れとなりますが、当社ではワーク・ライフ・バランスを主に「人材の活用」面での施策と位置付けています。それが社員の活躍のベースになるという考えがあるからです。

――どのような体制で、理念を具体的な施策に落とし込んでいるのでしょうか?

「ワーク・ライフ・バランス推進プロジェクトチーム」を設立し、就業環境の整備や意識改革など、さまざまな施策を実行し続けてきています。人事だけで旗を振るのではなく、現場の状況もよく分かっている、各部門からの代表者で構成されており、いろいろなテーマで議論をしたり、人事からの提案を現場でもんでもらえるような双方向の関係を築いています。働き方の変革が活動の柱で、時間外勤務の縮減や有休取得の推進を全社員向けにやってきています。また、育児や介護といった個別事情を有する社員の支援も、法律で求められている以上の制度整備や事業所内保育所の設置など、積極的にやってきました。

社員の意識をどう変えていくか

――ワーク・ライフ・バランスの概念はどうやって社員に伝えていったのでしょうか?

意識改革については、例えば、労働組合と協力して「働き方カイゼンセミナー」を開催し、「働く」ということの意味を、さまざまな角度から考える機会などを提供しています。昨年は「今でしょ!」の林修先生や、医師と小説家を両立されている海堂尊先生を招いて、仕事か私生活かの二択ではなく、自分の人生で大事な物事をどうやってマネージしていくかなど、自分自身にとっての仕事の意味を考えさせられるお話をしていただきました。また、「ワーク・ライフ・バランスの推進」「仕事と育児」「仕事と介護」をテーマにしたパンフレットをつくり、全社員に配って、自社にはこのような制度があるということや、各種制度の趣旨や適正な利用についてきちんと紹介し、理解を促しています。

――いずれもボリュームのある、充実した内容の冊子ですね。

当事者だけでなく、妊娠中はどのようにコミュニケーションを取るべきかなど、上司や同僚が日頃思っている疑問にも答えるような内容にしています。育児休職に入る女性は、必ず上司と共に個別の面談をしているのですが、その時にこれをテキストとして使っています。本人と上司それぞれが気を付けるべきことや、本人のキャリアをどうやって考えていけばよいのか、良い事例・悪い事例ともにこれまでのノウハウが詰まっています。

とはいえ、ライフイベント(結婚・妊娠・出産・育児など)の態様は一般化できるものではなく、住まいが遠い・近い、妊娠中の体調、お子さんの状況、家族のサポートの有無など個人の事情がそれぞれ違うので、一人ひとりの実状を踏まえた上で、各種支援制度の適切な利用方法を判断してほしいと、本人と上司に伝えています。

女性が活躍できる職場に

――出産・育児関連としては、どのような施策をされているのでしょうか?

代表的な例としては、事業所内保育所を2008年から運営しています。普通の保育園は4月にしか入れませんが、この保育所はいつでも入所が可能ですので、復職のタイミングをあえて4月にする必要がありません。現在は20名弱の方が使っていて、男性社員の利用も3割程度あります。

――保育所を含め福利厚生の充実は、就職先を考える学生にとっても好評だと思うのですが、女性社員の採用はどの程度あるのでしょうか?

女性は基幹職と事務職に分かれるのですが、女性基幹職を新卒で初めて2桁採用したのは2003年からです。以降は年度によって多少凸凹ありますが、平均して全体の2割程度を採用しています。2003年以前は、毎年1人2人の採用でした。

――女性比率が少ないにもかかわらず、出産・育児のための制度を充実させることは、大きな決断のようにも思えます。

そうですね。2003年から一定数の女性基幹職を採用するようになり、2005年に全女性基幹職を対象に意識調査を実施し、その時の「保育園があったらいい」「こんな制度が欲しい」という声を一つずつ検討し、必要と判断したものを実現してきました。当時はまだまだ女性基幹職の人数が少なかったので、不安な気持ちも大きかったようですが、こうした環境整備を、「会社が本気で自分たちに期待してくれている」というメッセージと捉え、「モチベーションが上がった」という声も多く聞かれました。

採用した女性を、男性と同様に育成してきており、育児休職からの復職率もほぼ100%です。今後は、特にライフイベントと両立させながらの活躍事例をいかに増やしていくかが課題です。

育児休職取得人数推移

配偶者出産休暇取得人数・日数推移

海外勤務の支援制度

――御社には海外駐在員が多数いらっしゃいますが、その方々に対しても支援をされているのでしょうか?

海外駐在は商社の中でキャリアを積みあげていく上では当たり前にある仕事です。しかし、「小さい子どもがいるから」と、海外に送ることを上司がためらってしまっているところがありました。女性たちに聞いてみたところ「子育て中だからといって、海外駐在というチャンスを無くしたくない」という意見が多くあったので、それをもとに支援制度を設けたという経緯があります。

――通常、海外駐在はどれくらいの期間になるのでしょうか?

先進国への駐在の場合は4、5年とそれなりの期間になります。今、お子さんがいる女性はアメリカに2人、タイに1人いて、それぞれ活躍してもらっています。

――具体的にどういった支援をされているのですか?

いろいろありますが、例えば、保育費が日本以上にかかる場合は超過分を会社が補助しています。また、海外勤務ではまず自分が先に現地へ行って、あいさつ周りをしたり生活環境を整えてから帯同家族を呼び寄せるのですが、小さなお子さん一人では飛行機に乗れないですよね。このとき連れていく家族の渡航費も会社で負担をしています。

個別対応にしても良かったのですが、あえて制度にしたのは「子どもがいる女性も海外に出していいんだ」と分かってもらうためのメッセージです。能力もやる気もあるのに活躍の場を提供できないのは、「もったいない」と考えています。

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10年間にわたってワーク・ライフ・バランスに取り組んでいる住友商事。後編はプロジェクト発足の経緯と、今後のビジョンについてお伝えする。