この連載では、経済の動きを「個人」「企業」「政府」という登場人物が演じる物語として理解したうえで、それらをつないでいる「お金」の働きについて考えてきました。最終回の今回は、そうした知識の復習をかねて、参院選後に議論が盛り上がり始めた政府の経済政策について説明しましょう。

景気が悪くなったとき、個人と企業は……

第5回で見たように、景気には波があります。「何年ごと」というはっきりした法則はありませんが、好況と不況を繰り返しているのです。これは言い換えると、私たちがモノやサービスを生み出す「生産」という活動が安定せず、極端に活発になったり、滞ったりする傾向があることを示しています。景気が良いときは問題ないのですが、ときどき生産の1年間の成果であるGDPの伸びが鈍ったり、前年より縮小してしまったりするのです(第3回参照)。

一度みんなが「景気が悪くなってきたな」と思い始めると、やっかいな「負の連鎖」が起きます。個人も企業もお金を使わなくなるので、世の中で必要とされるモノやサービスが減ってしまいます。すると企業はそれに合わせて生産を縮小するでしょう。結果として利益を上げられなくなるので、給料やボーナスを気前よく出すことができなくなります。それを見た個人はますます財布のひもを引き締め、世の中で必要とされるモノやサービスがさらに減ってしまうのです。

こうなってしまうと、個人や企業の力で流れを変えることは難しくなります。そもそも、不況になったときに節約するのは、とても自然な行動だからです。ところが、みんなが「正しい」行動をとればとるほど、社会全体では不況が深刻になるのです。

生産を活発にする公共投資

そこで登場するのが経済という物語の第三の登場人物である「政府」です。政府は企業と違って「利益を上げる」ことを目標にしていません。基本的には個人や企業の生活を豊かにすることがその役割です。ですから、みんなが過度に節約志向になっているとき、その流れにあえて逆らうことも大事な仕事なのです。これが「経済政策」と呼ばれるものです。

経済政策の代表が「公共投資」です。投資とは「将来を豊かにするための行動」でした。政府の場合は、みんなが使える道路を作って交通の便をよくしたり、古い校舎を建て替えて災害に強くしたりする公共工事が中心になります。

こうした仕事を政府が企業に頼むと、再び生産が活発になります。工事をするには鉄骨が必要ですから、製鉄工場で仕事が生まれます。鉄骨を組み立てる職人さんも仕事が増えるでしょう。企業がもうかれば従業員の給料が増え、「じゃあ久しぶりにお寿司でも食べに行くか」といった気持ちになってきます。するとお寿司屋さんも客が増えるのです。

みんなが生産をためらっている不況期に政府が投資をするのには、もう一つ理由があります。その方が安上がりで使う税金が少なくなるからです。

景気がいい時期にはみんな仕事が忙しくて、雇うにも高い給料を払う必要があります。でも、不況期には仕事にありつけていない失業者がたくさんいて、働いている人も給料が下がっているものです。

第6回で説明したように、モノやサービスの値段は「世の中がどれだけ必要としているか」で決まります。企業や政府の側から見ると、給料の額というのは私たちのサービス(働き)を買うときの値段にあたります。つまり、不況で働き手があまり必要でなくなっている時期には、労働力を安く買うことができるわけです。

もちろん「誰も使わない道路」や「維持費ばかりかかる建物」を造るのは税金の無駄遣いになります。でも、いつか造らなければならない公共施設なのであれば、不況期に造った方がお得なのです。

政府には、ほかにも景気を回復させる手段があります。たとえば税金を安くする方法です。たとえば個人なら、政府に納める税金が減れば「少し生活が楽になるので贅沢でもするか」と思うかもしれません。この場合、増えるのは「消費」ですが、政府が「家や工場を建てたら減税します」といえば、投資が増えるでしょう。このように、政府が税金を減らすことも、世の中に「新しい必要」を生み、経済の流れを良い方向に誘導することにつながります。

金利を下げる「金融政策」

日本銀行(日銀)も政府とは違った方法で経済の流れを変える手段を持っています。それは税金や公共事業ではなく「お金」を操作する方法で、「金融政策」と呼ばれます。

具体的には、私たちがお金を借りるときに払う利息(金利)を下げます。お金を借りやすくなるので、企業が工場を建てたり、個人が住宅ローンを借りて家を買ったりする「投資」が増える効果が期待できるのです。

ただし、日本の場合は金利がすでに「ゼロ」に近づいています。住宅ローンを20年間借りるのに、1%より低い利率でいいと言い始めている金融機関さえあります。これは世界的に見ても、歴史的に見ても、かなり異常な状態です。言い換えると、日本ではそれくらい個人や企業の節約志向が強まっているのです。

お金の量を増やして価値を下げる

そこで、政府と日銀が始めたのが「お金の価値を下げる」という試みです。第8回で説明したように、発行するお金の量を増やすことで「お金の値段」を下げようというのです。

ドルやユーロに対して日本円の価値が下がれば、外国人から見た日本製品の値段も下がります。これが「円安」と呼ばれる現象です。そうなると、やはり「経済の流れ図」にある「外国(からの需要)」が増えます。「安く輸入できるようになったので日本の車や家電製品を買おう」という人が増えるのです。この場合も、「必要の増加が生産を促す」という循環が起きます。

お金の価値を下げるもう一つの効果は、国内の企業や人に、「お金を持っているより使った方が得だ」と思わせることです。

お金の価値が下がるということは、裏返せばモノやサービスの値段、つまり物価が上がるということです。いつか買わなければならないモノがあったとき、「これから確実に値上がりする」と分かっていれば、みんななるべく早く買おうとするはずです。すると、消費や投資が活発になって、生産が拡大するはずだというわけです。

ただ、こうした政策は今のところ期待した通りの成果を上げていません。日銀が世の中に出回るお金を増やそうとしても、発行したお金が「分身の術」をうまく使えず、思ったように増えないからです。この点については前回、説明しました。

これらの経済政策を考えるうえで、もう一つ大事なポイントがあります。それは、これまで説明してきた方法は、日本では多かれ少なかれ「国民からの借金」で賄われている、ということです。

本来、政府の仕事は国民から集めた税金で行うのが基本です。しかし、政府が公共投資をしなければならないのは不況期です。税金を増やせるような状況ではないのです。

そこで政府は、国民に「税金を増やす代わりにお金を貸してください」と頼みます。なにしろ不況でみんなお金を使わず貯めている時期なので、喜んで貸してくれるのです。

ただし、ここで忘れてはならないのは、「政府の借金は、国民から集めた税金で返す」ことになっているという点です。つまり、政府が不況期に借りて公共事業などに使ったお金は、あとで増税して集めたお金で返済することが前提なのです。要するに「国の借金」とは、国民の側から見れば「納税の先延ばし」にすぎません。結局は政府が使った分を支払わなければならなくなるのです。

ところが景気が良くなっても、政治家は「じゃあ増税しますね」とは、なかなか言えません。そうすると国民に恨みを買って、選挙で落選するかもしれないからです。日本では、国が借金を返すための増税をずるずる先延ばししているうちに、私たちが1年間に生み出す価値(GDP)の2倍の借金がたまってしまいました。これを、今後、増税や政府の仕事を減らすことで返していく必要があるのです。

ここまで、10回にわたり経済の仕組みや流れについて説明してきました。今後、経済ニュースを目にした時は、「これは『経済の流れ』のどこについての話なのだろう」「このニュースが起きたということは、次にどんなことが起きるかな」と、自分の頭で考えてみてください。きっと、経済の動きがこれまでより具体的に理解できるはずです。

著者プロフィール:松林薫(まつばやし・かおる)

1973年、広島市生まれ。ジャーナリスト。京都大学経済学部、同大学院経済学研究科修了。1999年、日本経済新聞社入社。経済解説部、東京・大阪の経済部で経済学、金融・証券、社会保障などを担当。2014年、退社し報道イノベーション研究所を設立。2016年3月、NTT出版から『新聞の正しい読み方~情報のプロはこう読んでいる!』を上梓。