【コラム】
今回のテーマは『VoIP(Voice over IP)』。技術的には単純に「音声をIP網に乗せて伝送する」というただそれだけのことなのだが、世間では「通信費圧縮のための切り札」などとして語られることもあるこの技術。なぜ音声をIP網に乗せることがコスト圧縮につながるのか、今回はそのあたりを解説していく。
■VoIP以前の技術
さて、その前にVoIP登場以前の技術を振り返っておきたい。これを説明しなくてはなぜVoIPで劇的なコストダウンが可能なのかが説明できないからだ。
まず通常の電話回線で音声通話を行った場合、1回線あたりに使用する帯域幅は64kbps。これは通常の電話回線で伝送できる音の周波数的な上限が4kHz(=毎秒8,000回のサンプリングが必要)であり、これをデジタル交換機で処理する際に8bitの分解能でサンプリングするため、情報量として毎秒4,000×2×8=64,000bitが必要になることに由来している。
しかしこれはあくまで何の圧縮も施さない生データ。当然のことながら何らかの圧縮を行えばデータ量は非常に小さくなる。例えばPHSで使用されているADPCM方式では帯域は元データの半分の32kbpsに圧縮されているし、携帯電話の世界で俗に「ハーフレート」として知られるPSI-CELPという圧縮方式では、何と音声を3.45kbpsにまで圧縮してしまう。ただハーフレートはさすがに音が悪いので、最近はcdmaOneで使われるEVRC方式などのように、8kbps程度の帯域を確保するのが一般的なようだが…。
これだけの圧縮ができる技術を一般の電話回線にも利用しない手はない。何しろ従来の電話回線1回線分の帯域で10回線以上の通話が可能になってしまうわけだから、例えば、全国に事業所を持つ企業などが内線電話の交換機にこの音声圧縮機能を内蔵したタイプのものを導入すれば、事業所間を結ぶ通信回線のコストを削減することができてしまう。というわけで、一時期大企業ではこの手の交換機の導入が常識となっていた時代があった。
とここまでがVoIP登場以前の状況だ。つまり、VoIP登場以前でも"そこそこ"通信費を削減するための手法は存在した、というわけ。
■VoIPの画期的な点
ではVoIPは何が画期的だったのだろうか。それは「音声パケットとデータパケットをシームレスに1つの回線に統合できるようになった」ことだ。
上記のようにVoIP登場以前の段階でも、音声圧縮技術の進化によって、通常の「もしもし電話」のデータを圧縮、帯域を削減することはできた。ところが近年は一般企業でもLANの導入が当たり前になり、事業所間を結ぶデータ通信用の回線が必要になるケースが増えてきた。そこで企業からは「音声伝送用の回線とデータ伝送用の回線をひとまとめにしたい」というニーズが出てきたのだが、VoIPの登場まではなかなかそれが難しかったのだ。
もちろんVoIPの登場以前も、「マルチメディア多重化装置(TDM)」と呼ばれる装置を導入することで音声とデータを1本の専用線にまとめて伝送すること自体は可能だった。ところがTDMの場合は、基本的に1本の専用線の中で帯域を8kbpsぐらいの単位に細かく区切って、その細かい区切り(これを「タイムスロット」と呼ぶ)ごとに「このスロットは音声用」「このスロットはデータ用」と設定するのが一般的だったため、例えば音声用のタイムスロットは一杯でデータ用のスロットはがら空き、なんてことも起きてしまう。もちろん高級機にはスロットの割り当てをオンデマンドで行う機能を持つものも存在したが、そういう機械は値段も高いし、またタイムスロットに満たない単位の帯域の無駄が発生してしまうのは避けられない。
ところがVoIPの場合は、音声もデータも全て同じIPパケットとしてごちゃ混ぜにして伝送するから、面倒なタイムスロットの設定も不要で、帯域の無駄もほとんど発生しない。それに何より機械が安いし、事業所間を結ぶ回線も高い高速ディジタル専用線(HSD)ではなく、安いIP網が利用できる。そのため、VoIP登場以前に比べてもさらに一段コストを削減できることから、最終的に通常の電話回線を利用した場合に比べて「劇的なコストダウン」が実現するのだ。
■VoIPはなぜ普及に時間がかかるのか?
とはいえ、VoIPがまだ世間一般に普及しているかといえば、あまりそういう印象は受けない。それはなぜだろうか。
その原因の一つにはVoIPが抱えていた技術的な問題があった。というのも、電話の場合はデータの正確性よりも「音声がそれっぽく聞こえれば良い」というニーズが優先するのだが、TCP/IPプロトコルはあくまでデータ伝送用に設計されたプロトコルのため、途中でパケットの欠落やエラーがあると、実際に聞こえる音声への影響はほとんどないにも関わらず、受信側はそこでパケットの再送要求を出してデータの転送が一時ストップしてしまう。また、VoIPの場合は音声をIPパケットに変換し、またそれを音声に戻す、という手順を踏むため、その相互変換にかかる時間が影響して音声の遅延につながるなどの問題もあった。
ただこのへんの問題は、RSVPなどの「帯域予約プロトコル」を併用してあらかじめ音声パケットのための帯域を確保、優先的に音声パケットを伝送するようにすることや、CPUの性能アップによるパケット変換の時間短縮などにより、ほぼ解消されつつあるので、今後はそう問題になることはないだろう。
そしてもう一つの原因は、これまでの説明を見てもわかるように、VoIPがあくまで「企業が通信費を削減するのに有効な技術」として開発されてきたため、なかなか個人がその恩恵を受ける機会がなかったためだろう。もちろん技術的には個人でもVoIPを利用することは不可能ではないのだが、従来個人がインターネットに接続する方法としてはダイヤルアップ接続が一般的だったため、よほど特殊な用途を除けば「普通に電話をかけたほうが早い」という状況があり、個人向けのVoIP、つまりIP電話が普及するには至らなかった。
とここまで読んで、「それじゃ、ADSLやFTTHなどが普及してきた今なら、個人向けのIP電話も可能性があるんじゃ?」と考えた方がいるかもしれない。その指摘は非常に鋭いのだが、IP電話が一般に普及するためにはまだいくつか壁がある。それについては次回詳しく解説したい。
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