急速な景気回復や東北復興需要に加え2020年の東京オリンピック誘致決定を受けて、長らく低迷していた建設業界に活気が戻りつつある。これに伴い2014年は、深刻な人手不足や建設資材の高騰による建設費上昇が新たな課題として浮上している。

そんな建設業界の課題を、iPhoneを活用して解決しようと試みている企業がある。東京都西東京市の菊池建設では、全社員にiPhoneを導入し業務効率化に取り組んでいる。社長の菊池俊一氏はこう語る。

菊池建設株式会社 代表取締役 菊池俊一氏

「建設業界の人手不足は深刻です。長らく続いた不況で若手が育っていないことや少子化の影響、東北復興で関東に職人の人手がないことなどが背景にあります。また、建設資材の価格が高騰して建設費用は上昇傾向です。少ない人材でコストを抑えて良いものをつくる工夫が求められる時代において、iPhone導入による業務効率化は有効だと考えました」(菊池氏)

孤立する現場監督をフォローする仕組みが課題

同社は昭和45年に菊池工務店として創業以来、地元を基盤に活動範囲を拡げてきた。現在は東京の都心部から郊外まで幅広いエリアで建設工事を請け負っており、常時30~40カ所の建設現場で工事を進めている。

同社が請け負うのは、マンションや工場建設、耐震補強工事、高齢者施設、病院など多岐にわたる。建設現場に派遣され、起工から竣工まで工事の段取りや、進捗管理、職人・作業員への指示や采配などを行うのが現場監督だ。建設期間中は、建設現場に直行直帰で勤務し、現場の運営責任を一手に引き受ける。建設業はプロジェクトの金額が高額なため、なにかトラブルがあるとすぐに大きな損失となって跳ね返ってくる。現場監督の精神的なプレッシャーは相当なものになるという。

特にここ数年は震災の影響で職人の手配がしにくい状況が続いていた。工期の遅延により予定外の出費が次々かさみ、高額なコストが発生してしまう。現場で独り悩みを抱え込みプロジェクトが完了する頃には「辞めたい」と言い出す現場監督が増えていたという。

「熟練者になるまでには、それなりの年数と経験が必要ですが、その域に達する前に離職を選んでしまう。人手不足のなか若手が育ちきらず辞めてしまうのは会社としても大きな損失です」(菊池氏)

同じ業務スペースでコミュニケーションをとりながら仕事ができる会社員とは違い、本社にいる上司とは電話を通じたコミュニケーションが中心になる。先輩や同僚も、身近な場所にはいない。孤立しやすい現場監督をサポートできるコミュニケーションの仕組みが欲しい。たどり着いたのが社内SNS「Co-Work」だった。

同社の「Co-Work」の実際の活用方法は、以下の動画のようなものだ。


社内SNS「Co-Work」で離れた社員同士のコミュニケーション実現

Co-Workは、ネットワークを通してコミュニケーションが可能なサービスで、グループコミュニケーションや、投稿に対して「いいね!」ボタンで投稿を閲覧したユーザの表示、新規投稿の社内メールでの通知、閲覧履歴の確認などもできる。iPhoneからも利用できるので、離れた場所にいる社員同士でも手軽に情報共有が可能だ。

管理本部/情報システム課 課長代理 松下一統氏

Co-Workを導入した利点は、「現場監督同士が、共通のコミュニケーションツールを通じてほかの現場を知る機会を得たり、お互いが励ましあったりする場が作り出せたことです」と語るのは、IT担当の松下一統氏だ。

Co-Work導入により、現場監督の働き方に変化が生まれた。現場検査(建設完了まで複数回実施)を受けた現場監督が指摘事項を投稿して、他の現場の注意喚起に役立てたり、各現場から本社に提出していた紙の月報もPDF化してCo-Workに投稿し現場の様子や業務方法を学びあえるようになった。今までは、各現場でクローズしていた特殊な工法も見学会という形で各現場から情報発信している。

「現場監督が、『●△の工法をやるので、見学にきてください!』とCo-Workで周知する取り組みにより、現場から『もっと見学会を開いてほしい』『こんな勉強会を開催してほしい』といった要望が次々あがってくるようになっています」(松下氏)。

各現場に常駐している現場監督が自分の現場の進捗をiPhoneで撮影しCo-Workに投稿する

投稿やコメントにはすべて顔写真が付くため、顏を合わせる機会が少ない社員同士でも、顏と名前が一致する。竣工時には、設計・営業部門の同僚や上司からねぎらいの「いいね!」やコメントなどが届くのだという。

技術本部/技術部/建築施工管理課 主任 森本稔氏

現場監督歴15年の森本稔氏はCo-Workの効果をこう語る。

「現場と自宅の往復で、『自分の現場』しか見えない環境になるため、ほかの現場の様子が分かるのは新鮮です。自分の現場と近い施工技術を行っている他の現場の情報をCo-Workで知り『こういうケースはどうだった?』といった相談も可能になり、他の現場から学べることが増えました」(森本氏)

FaceTimeで「現場にいかなくてもわかる」管理体制に

さらに、各現場と本社のコミュニケーションには「FaceTime」を導入しコミュニケーションの向上と業務の効率化を実現している。

電話が中心だった現場監督と本社上司のコミュニケーションは、「FaceTimeで表情を確認しながらやり取りできるので、より密なコミュニケーションが可能になりました」と語るのは、本社で現場監督を管理する部長の服部正志氏だ。

技術本部/技術部 部長 服部正志氏

「現場の状況を映像で確認できるので、より具体的な指示を現場監督に伝えることができます。施工が気になる箇所があれば『そのネジをもっとよく見せて』など細かく指示を出して確認します。iPhoneの画像はきれいなので細かいところまで目で見て確認できるので安心です」(服部氏)

現場に足を運ばなくても、短時間で現場確認が可能になったことは、本社上司の業務効率化に役立っている。

「電話ではうまく状況を確認できないことも多かったので、現場に足を運んで目で確認という形を取っていましたが、現地訪問は、物理的に限界がありました」(服部氏)

現場の映像をFaceTimeで報告し(左)、本社上司が確認する(右)。映像を見ながら会話し、細かい指示が可能だ

都内各地に散らばる現場を視察するには、遠いところだと1日2件が限界だったという。

今後、ますます建設ラッシュは加速するとみられ、さらに多くの受注のチャンスがある。現場を管理する管理者側もそれに合わせて効率のよい業務体制が求められるが、iPhoneを活用したこの方法なら「管理する現場が増えてもまだ大丈夫」と服部氏は余裕をみせる。

ITを取り入れた業務効率化で人手不足を解消

「新卒採用説明会では、FaceTimeで会場と建設現場をつないで学生に説明しています。内定者には、iPhoneを配付しCo-Workにもログイン可能にして現場を知り仕事になじんで入社してもらおうと考えています。人手不足の今、大手に行ってしまうような優秀な人材が興味を持つきっかけになれば嬉しい」(菊池氏)

人手不足やコストの問題を解消しようと考えると、ITの活用は外せないと菊池氏はいう。

「建設業は、アナログの世界です。そこにいかにデジタルの世界を融合できるかが課題を乗り切るカギだと考えます。人手が足りない分、3人の仕事を2人でもできるようにする。事務作業はシステム化し、現場監督は専門的な業務に集中できるようにする。足りない部分をどう補おうか。IT導入でそれが可能になります」

ITを利用すれば、場所や時間の制約を超えたコミュニケ―ションや、効率のよいものづくりが可能になる。同社は人手不足やコストの問題を解消する手段として今後もiPhoneを役立てていきたいという。