【連載】

事例で学ぶiPhone/iPad活用術

131 鳥取県立中央病院がXenDesktopを利用したカルテの遠隔閲覧システムを導入

131/200

地域医療の現場から寄せられる医師不足の声を受けて、政府・与党が「緊急医師確保対策について」という施策を発表したのは平成19年5月。そこでは「病院勤務医の過重な労働を解消するため、交代勤務制など医師の働きやすい勤務環境の整備、医師、看護師等の業務分担の見直し」が急務とされ、全国の医療機関でその対策が始まった。

鳥取県東部にあって、急性期医療や高度な医療を提供できる基幹的な医療機関である鳥取県立中央病院は、昭和50年代から救命救急センターを有し、近年は周産期医療にも力を注いでおり、救急患者や重症患者を多く受け入れている。そのため、日夜を問わず搬送されてくる急患の対応や入院患者の容態急変などに対応する医師の精神的・肉体的な負担は少なくない。そこでITを活用した独自の負担軽減策を導入している。

鳥取県東部の基幹病院である鳥取県立中央病院

当番制で自宅待機する専門医の負荷軽減に向けた取り組み

同院での夜間における当直体制は、内科、外科、整形外科などの医師が交替で当たる救急外来の当直医が1人、救急対応する看護師が2人、院内で発生する諸問題に院長代行的な意味合いで対応する管理当直として看護師長が1人、さらにレントゲン技師や検査技師、薬剤師が1人ずつという人員配置である。

しかし、これだけでは十分な救急対応は行えず、当直医師では診断や処置が難しい場合もある。例えば内科医が当直中に、重篤な外傷患者が救急搬送された場合、当直医は当番制で待機している外科の専門医に電話連絡し、処置内容の助言を受けたり、必要ならば病院に駆け付けるよう依頼する。

鳥取県立中央病院 医療情報管理室 副室長 小谷訓男氏

「待機医は通常の勤務を終えると、自宅に帰って食事をして風呂に入り、就寝するという通常の生活を送ります。特に呼び出しがなければ翌日に出勤すればよいのですが、急患や急変で呼び出しが掛かると、深夜や休日を問わず病院に駆け付けて診断や処置に当たります」と語るのは、医療情報管理室 副室長 小谷訓男氏である。

寝ているところを起こされて、病院に駆け付け2~3時間は対応に当たり、患者が落ち着くとようやく帰宅できる。当然、睡眠時間を削ることになるので、翌日は寝不足状態で勤務に当たることになる。

「こうした緊急対応は医師の肉体的な負担は大きく、また常に呼び出しがあるかもしれないという状況は、精神的にもきついものです。こうした医師の負荷を何とかしたいという思いがありました」(小谷氏)

院内の電子カルテを自宅でも閲覧できるデバイスとしてiPadを導入

当直医から待機医への電話連絡では、詳細な状況を知らせるのは難しく、検査の数値やレントゲン写真などの画像も共有できない。そこで中軽症の患者であっても、万が一に備えたいという医師の責任感から病院に来てしまうケースも少なくないという。

そこで同院は、すでに導入済みだった電子カルテシステムを待機医の自宅から安全に閲覧できるシステムを導入した。待機医が使用するデバイスは、起動が早く、レントゲン写真などを確認するのに十分な画質解像度があるとして、iPadが選定された。これにより、当直医と待機医は同一のカルテを見ながら会話できる環境が整った。導入された電子カルテの遠隔閲覧システムを実際に利用している神経内科の周藤豊氏は、そのメリットを次のように語る。

鳥取県立中央病院 神経内科 周藤豊氏

「カルテの内容を自宅で確認できるのは、待機医にとって非常に有効です。以前なら当直医から電話連絡を受けると、まず必要な処置を指示しますが、その後の経過が気になって病院に行って対応することが多かったです。iPadの導入後は、処置をした患者の経過が電子カルテに随時記録されていくので、それを自宅から確認して、問題があるケースのみ病院に行けばよくなりました。リアルタイムに電子カルテを確認することで、行く/行かないの判断をスムーズにできるようなった結果、病院に駆け付ける回数は、2~3割程度減りました」(周藤氏)

自宅待機の当番が月12日(5日に2日)ほど回ってくる周藤医師は、急患が多く脳梗塞などの重篤な患者も来る神経内科に所属するため、待機日の3日に1回は病院に呼ばれるという。それが本システム導入により、月に2~3回は自宅で指示を出せばよくなったのだから、かなりの負荷軽減につながっている。さらに周藤氏は「自分が出した指示の経過をカルテで追跡できると安心感が違います」と、精神的な効果もあると指摘した。

iPadから電子カルテシステムを開いたところ。レントゲン写真なども鮮明に表示される

緊急対応のほかにも、iPadにより医師の業務に改善効果

このシステムは当初、救急医療を担当する医師の負荷軽減を目的に導入されたが、運用が進むうちに想定外の導入効果も現れてきた。

例えば、医師は学会出席などの出張時には、自分の受け持つ入院患者の処置を他の医師に頼んでおくのだが、それでも患者の容体は気になるという。そんな時でも、iPadを携帯していればどこにいても電子カルテを参照して、患者の経過を確認できる。仮に問題が見つかれば、すぐに電話で病院に連絡を入れ必要な処置を指示できるので安心できるという。

「また若い研修医から診断や処置に関する相談の電話がかかってきて、電話だけでは状況がよくわからない場合でも、iPadでカルテを見ながら会話をすると的確に指導やアドバイスを出せますし、後輩たちの仕事がうまくいっているか、指導の確認のためにも活用できています」(周藤氏)

患者の個人情報を流出させない強固なセキュリティ対策

医師のワークライフバランス改善に取り組んでいる医療情報管理室 副主幹 皆川昇司氏は、救急対応に当たる勤務医の過労は全国の救急病院に共通した課題だという。

鳥取県立中央病院 医療情報管理室 副主幹 皆川昇司氏

「私たち医療職以外の職員が、医師の過重労働に対して、これまでは『頑張ってください』としか言えませんでしたが、少しでも快適な医師の職場環境を提供するために、医師の負担軽減につながるITシステムを模索していました」(皆川氏)

待機する医師が自宅で電子カルテを閲覧できたらというアイデアは漠然とあったが、患者の個人情報であるカルテを安全に院外から見る手段はイメージできないでいた。そんなとき、システム開発会社のケイズからセキュリティ対策を備えた遠隔閲覧システムを提案されたことで、状況は大きく動き出したという。

ケイズ クラウド営業部 販売課 石田知也氏

「強固なセキュリティを必須条件として、電子カルテの遠隔閲覧システムを提案しました。当初はシンクライアント型のパソコンにデータ通信カード、USB接続の指紋認証デバイスの組み合わせで進めていたところ、iPadから3G回線を使ってインターネットを介さない完全閉域のネットワーク構成が可能だと分かり、iPadを使った提案に変更しました」とケイズのクラウド営業部 販売課 石田知也氏は振り返る。

デバイスをiPadに変更したことで、データ通信カードは不要になり、持ち運びに便利で起動も早いといったタブレット端末のメリットがもたらされた。指紋認証デバイスはiPadでは利用できないため、代わりにワンタイムパスワードを利用して、ログイン時のセキュリティを強化している。iPadから利用するアプリは「Citrix XenDesktop」というデスクトップ仮想化ソリューションで、iPadから院内のWindows画面を開き、通常のデスクトップパソコンと同様に、あらゆる電子カルテシステムにアクセスできるという内容だ。

iPadから開いた「Citrix XenDesktop」のログイン画面。下はワンタイムパスワードを生成する装置

システム構成が固まった時点で、院内にテスト環境を構築して、医師を招いて実際にデモ機に触れてもらう機会を設けたところ、「使い勝手がいい」「Citrixの画面操作はサクサク動く」と好評だった。レントゲン写真やCTスキャン画像については、放射線科の部長医師に確認してもらい、通常の診察では画像の解像度に問題ないとの評価を得た。

医師の利用希望を取った結果、iPadを28台、iPhoneを2台の導入が決定した。使い方は各診療科に任せており、部長と待機医が常時持っている診療科もあれば、特定の医師が携帯することもある。特にiPhoneを希望した脳神経外科は、24時間肌身離さずに携帯して、仮に通勤途中に電話がかかってきても、すぐに画像を見られるようにしている。

医師の人員を十分に確保することが難しい今日、医師に良好な職場環境を提供できるかどうかは、医療水準を維持するための非常に重要な要素となっている。同院のようにITを活用したワークライフバランスの改善は、急性期病院では大いに参考にできる取り組みといえるだろう。

131/200

インデックス

連載目次
第200回 iPadで新人の営業支援、対面営業で質の高い情報を提供-日本アジア証券
第199回 脱フィーチャーフォンでスピード感のある業務スタイルに
第198回 グループ会社の社員を含め全員がiPhoneをフル活用 -日本事務器
第197回 iPad対応の歯科ソリューションで在宅歯科診療支援 -サンシステム
第196回 iPadでレジ周りをスッキリスマートに変えるクラウドPOS導入 - Zoff
第195回 iPad導入で診察の呼出やドクター紹介など、女性医療サービスの質を向上
第194回 シスメックスが全社員にiPhoneを配布し、ワークスタイル改革を実現
第192回 アリババがiPhoneとクラウドPBXの導入でオフィスをフリーアドレス化
第191回 iPadを使ったナビで宅配業務を大幅に効率化 - すし海道
第190回 タクシーにiPadを搭載してデジタルサイネージを導入
第189回 ロッテ商事がiPadを使って営業・店舗巡回営業スタッフのワークスタイル変革
第188回 "男も美脚"をアピールするためデジタルサイネージを活用
第187回 タカキュー、店舗運営にiPadを導入して効果的な店舗環境づくりを実現
第186回 社員の自由な発想を社内全体に広げるJR東日本 - 乗務員だけではなく、技術系部署でも活用を促進
第185回 鍵のトラブル対応のBESTがiPhoneとPayPal Hereで客単価を30%向上
第184回 竹中工務店がモバイル端末活用で目指す「竹中スマートワーク」
第183回 iPadを活用したコールセンターとフィールドワーカーの連携で業務負荷を低減
第182回 グローバル展開する材料メーカーがiPadで提案・承認業務を効率化
第181回 リサイクルショップがiPadと遠隔監視システム「i-NEXT」で顧客満足度を向上
第180回 iPadが高性能なPOSレジになる - リクルートライフスタイルが「Airレジ」活用(動画付)
第179回 ブラザー販売がiPhoneとシンクライアントで「いつでも、どこでも、マイオフィス」
第178回 専門商社の営業スタイル改革に独自の運用ノウハウでiPhoneとiPadを活用
第177回 レンタルユニフォームのアラマークがiPadでワークスタイルを改革
第176回 坂田建設がiPadとPrimeDriveでワークスタイルを一新
第175回 大丸松坂屋百貨店、iPad導入で顧客ニーズを効果的に引き出す
第174回 建築業の工程管理にiPadとFileMakerを導入し工期を4週間も短縮
第173回 商業施設のインフォメーションでiPadを活用し接客対応向上
第172回 エクシングがiPhoneでCRMを利用した営業やPayPal Hereでの料金回収で効率化
第171回 eラーニングやアンケートへ広がる三和シヤッターのiPad活用(動画付)
第170回 建設業界の人手不足解消にiPhoneが貢献 - ITで現場を業務効率化(動画付)
第169回 コーセーが店頭システムとしてAWSとiPadによる独自システムを構築(動画付)
第168回 在宅医療を支える薬剤師がiPadで医師や看護師、介護スタッフとSNS連携(動画付)
第167回 分煙環境整備の支援をする分煙コンサルタントがiPad+動画で提案力を強化
第166回 現場報告、帳票記入をiPhone・iPadで - 建設業界で革新的なIT活用
第165回 建設業界の標準ツールを目指す図面共有用iPadアプリ「CheX」- 鹿島建設
第164回 東横インが本社役員と全ホテル支配人にiPad mini配付(動画付)
第163回 JR東日本がiPad mini 7,000台を全乗務員に携行させ、対応をICT化(動画付)
第162回 iPad採用とアプリ刷新でタブレット活用率を大幅向上 - アステラス製薬
第161回 「スマートカタログ」でマルチメディアコンテンツによる営業訴求力向上
第160回 iPadで保守作業員の業務改革 - 年間57万時間を削減した施策とは?(動画付)
第159回 ベンチャー企業がiPadを認定施工店に貸与、販売力をレバレッジ(動画付)
第158回 固定電話番号での発着信をiPhoneで実現 ‐ FOXインターナショナル
第157回 議員と市幹部職員にiPadを導入、"タブレット議会"に移行した逗子市(動画付)
第156回 サイボウズのワークフローで決裁時間を大幅短縮 - 極楽湯(動画付)
第155回 パラカがコインパーキングの候補地探しにiPad miniと地図を活用(動画付)
第154回 中古車買取の「アップル」、iPad miniを導入して成約率を向上(動画付)
第153回 遠隔監視システム「i-Next」とiPadで美容室の店舗管理や美容師育成
第152回 東京都飲食業生活衛生同業組合がiPadによる魚の直接仕入れを開始(動画付)
第151回 P&GがiPad導入でビジュアルプレゼンテーションを実現(動画付)
第150回 データをリアルタイムでクラウドに保存するiPad健康診断システム(動画付)
第149回 ロンドン五輪・フェンシング銀メダルを支えたiPadの映像分析
第148回 ナマコ漁をiPadでICT化 - 新星マリン漁協とはこだて未来大の取組み(動画付)
第147回 食肉小売店がiPad miniで棚卸システム、作業時間を3分の1に短縮(動画付)
第146回 日本大学歯学部が実習教材としてiPadを採用
第145回 イタリアワイン輸入会社がiPadとFileMakerを使って業務全般のIT化
第144回 遠隔地に低コストでコンサルティングを提供するiPadアプリ「経営参謀」(動画付)
第143回 鮮魚店チェーンにiPad導入で、店舗売上前年比10%UPを実現(動画付)
第142回 客先に常駐している社員とのコミュニケーションツールとしてiPhoneを導入
第141回 クリーニング業でiPadレジとPayPal Hereを使ってクレジット決済(動画付)
第140回 ANAがパイロット2,500名にiPadを配布 - ドラム缶28万本の燃料を削減(動画付)
第139回 ダノン、iPhoneを使った情報ツール導入で営業体制を強化 - 情報量は8倍に
第138回 トリンプが店頭でのコンサルティングツールとしてiPad miniを活用
第136回 独自iPadアプリ導入で営業力を向上させた三菱ふそうトラック・バス(動画付)
第135回 「PayPal Here」を導入したカフェバーが支出・売上管理アプリを駆使
第134回 三井倉庫が1,200台のiPhoneを活用 - 内線、Google Appsでさらなる効率化も
第133回 外車修理ショップが支払いサイクルの早さを評価してPayPal Hereを即導入
第132回 iPadのマッピングアプリで効率的な配送ルート・顧客確認が可能に
第131回 鳥取県立中央病院がXenDesktopを利用したカルテの遠隔閲覧システムを導入
第130回 地図検索システムをiPad miniから閲覧し、営業効率向上。売上にも直結
第129回 iPhoneとICカードを使った救急医療システム構築 - 室蘭総合病院(動画付)
第128回 建設現場のワークスタイル変革にiPad/iPhoneを導入 - 岩田地崎建設(動画付)
第127回 iPadの受注データをそのままサーバに登録 - 大阪の町工場がFileMakerで実現
第126回 iPadの動画を駆使して販売促進するゼブラの営業改革(動画付)
第125回 中外製薬、iPadで医師と効果的なコミュニケーションを実現(動画付)
第124回 北はりま森林組合が提案資料の作成にiPadを活用(動画付)
第123回 名刺管理ソリューションとiPhone/iPadの活用で商談機会を創出
第122回 多品種化への移行にiPadの独自アプリを活用 - 三和シヤッター工業(動画付)
第121回 AS/400上の基幹のレンタルシステムをiPadから参照
第120回 新宿の居酒屋がレジシステムをiPadに変更 - 店のどこからでも精算が可能に
第119回 経営陣の緊急対応“ホットライン”としてiPadを情報インフラに活用
第118回 顧客対応から施工管理まで、ミサワホームがiPad1,400台を活用(動画付)
第117回 磁石の力でイベント設営が容易に、その省力効果を動画で訴求
第116回 在宅医療にiPad利用し、1日2時間の労働時間短縮(動画付)
第115回 iPadによるコンサルティングで美容室への業績向上をサポートするコタ
第114回 フューチャースクールで最先端のICT教育を実践した岡山・哲西中学(動画付)
第113回 派遣や在宅勤務など、多様な業務形態にあわせた最適な働き方をiPadで実現
第112回 タマホームが全社員にiPhoneを配布し、業務効率化とFacebookに活用
第111回 フジタ製薬が社内業務やBIツールを活用した売れ筋把握にiPadを活用(動画付)
第110回 JFEエンジニアリングが現場との距離弊害をiPadとクラウドで解決(動画付)
第109回 アートネイチャーがiPadでの頭皮チェックや予約システムを参照(動画付)
第108回 小池酸素工業が営業力強化とマーケティングリサーチにiPadを活用
第107回 住所録をFileMakerでデジタル化し、iPhoneで活用する檀家管理システム
第106回 鹿島道路が特殊工法をアピールするキラーツールとしてiPadを選択
第105回 VPN経由でiPadから基幹システムに接続し、在庫確認や発注業務を実現
第104回 ラーメン店がiPadとPayPal Hereでクレジット払いに対応し、客数増を狙う
第103回 東京の歯科医院が訪問医療にiPadを活用(動画付)
第102回 エーザイがオンラインストレージでセキュアなiPadシステムを実現
第101回 熊谷組、設計本部にiPadを導入し顧客説明や施工監理の業務改革に成功

もっと見る

関連キーワード


人気記事

一覧

イチオシ記事

新着記事