【連載】

事例で学ぶiPhone/iPad活用術

129 iPhoneとICカードを使った救急医療システム構築 - 室蘭総合病院(動画付)

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市立室蘭総合病院は室蘭市および周辺の市を含めた広域をカバーする地域の中核病院である。多くの診療科を備え、救急診察室やハイケアユニット(HCU)といった急性期病院としての設備も充実している。なかでも脳神経外科を持つのは近隣では2病院だけであり、意識を失った救急患者はほぼ100%ここへ搬送されるという。

市立室蘭総合病院。ベッド数549床で地域の中核病院だ

かつては工業地帯として高度成長期を支えた室蘭市だが、現在は人口減少と急速な高齢化が進行している。高齢化率が30%を超えた影響もあり、ここ数年で同院に救急搬送される件数は1,600件/年から2,500~2,600件/年に急増した。その多くが高齢かつ脳疾患の患者であるのが同院の特徴だ。救急病院として、こうした患者を受け入れるのは当然なのだが、患者の状況を子細に検討すると、地域医療にとって重要な課題が潜んでいることが明らかになった。

救急患者の受け入れは年間で2,500~2,600件にのぼる

救急搬送される傷病者のうち入院が必要なのは20%、残りは中軽症の患者である。そして入院患者の多くは脳疾患の患者だ。心臓疾患などの患者は治療が終われば回復して社会復帰できるが、脳疾患の患者は再発して再入院する率が非常に高い。同時に高齢化もまた患者の再入院率を押し上げる大きな要因となっている。

高齢化と広域性をふまえ、患者本位の医療を目指す

脳疾患に対して一般人は病状を深刻に受け止めがちで、軽い意識障害であっても大事をとって救急車を呼ぶ。駆け付けた救急隊員は脳神経外科のある救急病院への搬送を目指すため、必然的に同院が選択される。こうして入退院を繰り返す中軽症患者が1つの中核病院に集中搬送されるという課題が浮上する。

市立室蘭総合病院 病院事業管理者 土肥修司氏

「例えば、老老介護のご主人が倒れて当院に搬送されたとしましょう。重症患者であれば当然ここで処置を行いますが、中症患者でも車で1時間近くもかかる当院に入院すると、後日に家族が来院されてご主人の世話をするのは大変です。高齢者は車を運転できない方も少なくありません。患者さんも退院後の通院やリハビリに、長距離の移動が大きな負担になります。もっと患者視点に立った医療を行うには、患者さんにとって利便性の高いところで医療を受けられる体制を確立することなのです」と語るのは、同院 病院事業管理者(※) 土肥修司氏である。

※病院事業管理者:地方公共団体の運営する公立病院は首長が開設者だが、病院事業に精通しているわけではないため、首長が全権を委任して病院事業の経営に当たらせる特別職。

そこで土肥氏は、救急車が患者宅に到着した時点で、適切な病院への振り分けを可能にするシステムを考案した。中核となるコンセプトは、患者側に医療情報を持ってもらい、その情報に基づいて適切な搬送先を選ぶというものだ。

「患者にICカードを持たせるのは、非常にいいアイディアだと思いました。患者の通院歴や治療歴など病院選択に必要な情報をICデータに書き込んでおけば、例えば同じ症状での治療歴が近隣の病院にあると分かり、救急車レベルで適切な搬送先を選べるようになります」(土肥氏)

さらに、救急現場から搬送先の病院に患者情報を送信できれば、事前の受け入れ態勢の準備にも効果がある。早速、患者にはICカードを持たせ、消防の救急隊員にはそれを読み取るハンドセットを持たせるという仕様でシステムの開発に着手、取材時点で実運用が開始された。

同院の窓口に用意されたICカード発行機。タブレット端末で患者の写真を撮り、その場で顔写真入りのICカードを発行できる。書き込まれる患者情報は電子カルテシステムと連動している

ICカードとiPhoneを使った救急医療システム

同院が構築した救急医療システムは、医療機関と消防署が患者情報をネットワーク越しに共有する構成で、利用するデバイスにはiPhoneが選択された。地域住民は同院へ通院した時などに自分の医療情報を登録するICカードを発行してもらい、自宅に保管する。この住民が急病となり救急車が呼ばれると、現場で救急隊員が患者のICカード受け取り、iPhoneのカードリーダーにかざすと、氏名や身長・体重、血液型、アレルギー、既往歴、内服薬といった情報が読み取れる。

救急医療システムの具体的な活用法については、以下の動画にまとめられている。


この患者情報を基に、救急隊員はその患者に適切な病院を選択して、搬送要請を電話で連絡する。連絡を受けた病院では、救急対応に当たる担当医と救急外来の看護師が携帯しているiPhoneを使って救急隊員の送信する患者情報を受信して、ICカードに記録された患者情報と救急隊員の状況説明に基づいて受け入れ準備に当たる。

iPhoneとカバー型の専用ICカードリーダー(左)、ICカードをiPhoneに接触させると患者情報が表示される(右)

救急隊員と救急医療チームがデータ通信で結ばれるメリット

同院の救急センター長として消防からの救急ホットラインに対応し、救急患者の受け入れ態勢を整える業務に従事する下舘勇樹氏は、この救急医療システムのメリットを次のように語る。

「救急車で現場に到着した救急隊員から搬入可能か電話で連絡が入ります。意識のない傷病者の場合、従来なら病院に到着するまでは想像を働かせて、どんな病状にも対応できるよう手広く網を広げて待つしかなかったのですが、データという形ですぐに救急隊から患者情報が送られてくるようになれば、意識がなかったり言葉をしゃべれない患者であっても、あらかじめ対処方法を絞って準備できるようになるでしょう」(下舘氏)

市立室蘭総合病院 脳神経外科部長 脳卒中センター長 大山浩史氏

市立室蘭総合病院 麻酔科部長 救急センター長 下舘勇樹氏

救急隊員との会話では、相手は救急車の中でしゃべることが多いので、サイレンの音が邪魔をして何度も同じことを聞き直すこともあるという。また、救急車がトンネルの中に入れば通話は途切れてしまう。そうした悪条件であっても、ICカードによる通信であれば一瞬で情報を送れ、聞き間違えや言い間違えをなくす効果が期待されている。

室蘭市消防署で救急係を務める越智幸一氏は、救急隊員としてのメリットとして、患者が言葉をしゃべれない状態のときに、ICカードがあれば傷病者の生年月日や病歴など、必要な情報はすべて分かるので、適切な対応を取れると語る。また、かかりつけの病院や病歴が把握できて、病院選定の時間短縮が見込まれると期待を寄せる。

室蘭市消防署 救急係 越智幸一氏

「搬送先の医師とのコミュニケーションでは、ICカードにより患者の情報を共有しながら話ができるので、伝え漏れや聞き間違えが減るでしょう。意思疎通が困難になった傷病者の方がこのICカードを所持していれば、病歴や薬の情報をすべて伝えられるので、患者にとっても大きなメリットとなります」(越智氏)

地域の医療機関を巻き込んだシステムへ拡大

この救急医療システムは当初、室蘭市の12病院が参加する広域な救急医療体制の連携強化策として立案されたのだが、東日本大震災の影響を受けて予算縮小となり、現在は同院が先行して試験的に取り組んでいる状況だ。患者にとって最も利便性の高いところで医療を受けられる体制の確立には、地域の病院相互の協力体制が不可欠だ。ICカードによる患者情報のデータ化に参加する病院が増えれば、それだけ医療サービスの向上が見込まれる。

「この地域の救急医療にとって大切なのは、急速な高齢化と、医療機関が管轄すべき面積が広いという地域特性への対応です。個々の病院が単独で対策を練る、いわば"点"だけの対策では、この広い地域をカバーできません。そこでITの技術力を最大限活用して、点の情報を収集して面の情報を構築し、病院同士の連携を強化して患者に医療サービスを提供していくことが大切です。現在はまだここでの試験的な取り組みにとどまっていますが、ゆくゆくはこの地域全体の病院に広げていきたいと思います」(土肥氏)

患者に適した治療を提供するために、救急車が搬送先を選定する段階で適切な振り分けができれば、患者も家族も満足する医療が受けられる。高齢化が進む日本では、同院のようなICカードを使った地域の医療機関同士の情報共有は非常に重要になっていくだろう。

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インデックス

連載目次
第200回 iPadで新人の営業支援、対面営業で質の高い情報を提供-日本アジア証券
第199回 脱フィーチャーフォンでスピード感のある業務スタイルに
第198回 グループ会社の社員を含め全員がiPhoneをフル活用 -日本事務器
第197回 iPad対応の歯科ソリューションで在宅歯科診療支援 -サンシステム
第196回 iPadでレジ周りをスッキリスマートに変えるクラウドPOS導入 - Zoff
第195回 iPad導入で診察の呼出やドクター紹介など、女性医療サービスの質を向上
第194回 シスメックスが全社員にiPhoneを配布し、ワークスタイル改革を実現
第192回 アリババがiPhoneとクラウドPBXの導入でオフィスをフリーアドレス化
第191回 iPadを使ったナビで宅配業務を大幅に効率化 - すし海道
第190回 タクシーにiPadを搭載してデジタルサイネージを導入
第189回 ロッテ商事がiPadを使って営業・店舗巡回営業スタッフのワークスタイル変革
第188回 "男も美脚"をアピールするためデジタルサイネージを活用
第187回 タカキュー、店舗運営にiPadを導入して効果的な店舗環境づくりを実現
第186回 社員の自由な発想を社内全体に広げるJR東日本 - 乗務員だけではなく、技術系部署でも活用を促進
第185回 鍵のトラブル対応のBESTがiPhoneとPayPal Hereで客単価を30%向上
第184回 竹中工務店がモバイル端末活用で目指す「竹中スマートワーク」
第183回 iPadを活用したコールセンターとフィールドワーカーの連携で業務負荷を低減
第182回 グローバル展開する材料メーカーがiPadで提案・承認業務を効率化
第181回 リサイクルショップがiPadと遠隔監視システム「i-NEXT」で顧客満足度を向上
第180回 iPadが高性能なPOSレジになる - リクルートライフスタイルが「Airレジ」活用(動画付)
第179回 ブラザー販売がiPhoneとシンクライアントで「いつでも、どこでも、マイオフィス」
第178回 専門商社の営業スタイル改革に独自の運用ノウハウでiPhoneとiPadを活用
第177回 レンタルユニフォームのアラマークがiPadでワークスタイルを改革
第176回 坂田建設がiPadとPrimeDriveでワークスタイルを一新
第175回 大丸松坂屋百貨店、iPad導入で顧客ニーズを効果的に引き出す
第174回 建築業の工程管理にiPadとFileMakerを導入し工期を4週間も短縮
第173回 商業施設のインフォメーションでiPadを活用し接客対応向上
第172回 エクシングがiPhoneでCRMを利用した営業やPayPal Hereでの料金回収で効率化
第171回 eラーニングやアンケートへ広がる三和シヤッターのiPad活用(動画付)
第170回 建設業界の人手不足解消にiPhoneが貢献 - ITで現場を業務効率化(動画付)
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第168回 在宅医療を支える薬剤師がiPadで医師や看護師、介護スタッフとSNS連携(動画付)
第167回 分煙環境整備の支援をする分煙コンサルタントがiPad+動画で提案力を強化
第166回 現場報告、帳票記入をiPhone・iPadで - 建設業界で革新的なIT活用
第165回 建設業界の標準ツールを目指す図面共有用iPadアプリ「CheX」- 鹿島建設
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第163回 JR東日本がiPad mini 7,000台を全乗務員に携行させ、対応をICT化(動画付)
第162回 iPad採用とアプリ刷新でタブレット活用率を大幅向上 - アステラス製薬
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第159回 ベンチャー企業がiPadを認定施工店に貸与、販売力をレバレッジ(動画付)
第158回 固定電話番号での発着信をiPhoneで実現 ‐ FOXインターナショナル
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第153回 遠隔監視システム「i-Next」とiPadで美容室の店舗管理や美容師育成
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第145回 イタリアワイン輸入会社がiPadとFileMakerを使って業務全般のIT化
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第130回 地図検索システムをiPad miniから閲覧し、営業効率向上。売上にも直結
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第128回 建設現場のワークスタイル変革にiPad/iPhoneを導入 - 岩田地崎建設(動画付)
第127回 iPadの受注データをそのままサーバに登録 - 大阪の町工場がFileMakerで実現
第126回 iPadの動画を駆使して販売促進するゼブラの営業改革(動画付)
第125回 中外製薬、iPadで医師と効果的なコミュニケーションを実現(動画付)
第124回 北はりま森林組合が提案資料の作成にiPadを活用(動画付)
第123回 名刺管理ソリューションとiPhone/iPadの活用で商談機会を創出
第122回 多品種化への移行にiPadの独自アプリを活用 - 三和シヤッター工業(動画付)
第121回 AS/400上の基幹のレンタルシステムをiPadから参照
第120回 新宿の居酒屋がレジシステムをiPadに変更 - 店のどこからでも精算が可能に
第119回 経営陣の緊急対応“ホットライン”としてiPadを情報インフラに活用
第118回 顧客対応から施工管理まで、ミサワホームがiPad1,400台を活用(動画付)
第117回 磁石の力でイベント設営が容易に、その省力効果を動画で訴求
第116回 在宅医療にiPad利用し、1日2時間の労働時間短縮(動画付)
第115回 iPadによるコンサルティングで美容室への業績向上をサポートするコタ
第114回 フューチャースクールで最先端のICT教育を実践した岡山・哲西中学(動画付)
第113回 派遣や在宅勤務など、多様な業務形態にあわせた最適な働き方をiPadで実現
第112回 タマホームが全社員にiPhoneを配布し、業務効率化とFacebookに活用
第111回 フジタ製薬が社内業務やBIツールを活用した売れ筋把握にiPadを活用(動画付)
第110回 JFEエンジニアリングが現場との距離弊害をiPadとクラウドで解決(動画付)
第109回 アートネイチャーがiPadでの頭皮チェックや予約システムを参照(動画付)
第108回 小池酸素工業が営業力強化とマーケティングリサーチにiPadを活用
第107回 住所録をFileMakerでデジタル化し、iPhoneで活用する檀家管理システム
第106回 鹿島道路が特殊工法をアピールするキラーツールとしてiPadを選択
第105回 VPN経由でiPadから基幹システムに接続し、在庫確認や発注業務を実現
第104回 ラーメン店がiPadとPayPal Hereでクレジット払いに対応し、客数増を狙う
第103回 東京の歯科医院が訪問医療にiPadを活用(動画付)
第102回 エーザイがオンラインストレージでセキュアなiPadシステムを実現
第101回 熊谷組、設計本部にiPadを導入し顧客説明や施工監理の業務改革に成功

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