調剤薬局やドラッグストアを全国で603店舗(2013年2月末)展開しているアイングループ、アインファーマシーズ(本社・北海道札幌市)では、iPadを活用した在宅医療の実践に取り組んでいる。高齢者への服薬指導や医療の多職種連係に必要となる情報管理をiPadで行い、業務効率化につなげている。

北海道夕張市は、かつては炭鉱の町として栄え、昭和中期には11万人を超える人口を有した一大都市となった。現在の人口は1万922人(平成22年度国勢調査)、そのうち65歳以上の人口比率は44.4%(平成23年3月31日住民基本台帳より)で、全国でもトップクラスの高齢化地域となっている。財政難をも抱えて医療資源も少ないため、医療の提供方法が病床数の多い総合病院や診療所ではなく、訪問医療や訪問介護を軸とした在宅医療が中心になってきている。外出の困難な高齢者が多いこともその理由の1つだ。

こうした背景から同社は在宅医療への対応を開始し、2007年から調剤薬局のアイン薬局 夕張店に、通常の店舗で業務を行う薬剤師のほかに、在宅医療専門の薬剤師1名を配置して医師へ処方提案をしたり、患者に対して服用の管理や指導などを行っている。

アイン薬局 夕張店

その意義について、在宅医療部 次長 薬剤師の山口俊司氏は次のように語る。

在宅医療部 次長 薬剤師 山口俊司氏

「病院の地域連携室やケアマネジャーからの要請があると、医師からの処方箋に基づいて在宅患者へ薬剤を届けます。ただし、それだけではデリバリーに終わってしまい、患者さんや医療に対しての貢献はありません。薬剤師の使命として患者さんの薬の服用状況を把握し、適切な量を正しく服用できるように改善していくことが本当の目的です」(山口氏)

また、時には薬剤師が持つ情報を根拠に、医師やケアマネジャーへの提案も行うという。

「薬には副作用のおそれが必ずあります。患者さんに表れる軽微な体調変化から、場合によっては薬剤の変更や服用量の再考などを提案することもあります」(山口氏)

多くの書類作成が薬剤師の負担増に

薬剤師は患者宅への訪問時に、患者に関するさまざまな情報を収集し、記録していく。その流れはこうだ。

まず医師が往診して診察し、処方せんや指示書が作成される(これらは法律で紙ベースと決められている)。薬剤師は手元に届けられたそれを見て、「計画書」をつくる。計画書には前回訪問時の申し送り事項や、服薬状況と残薬数の確認など、患者の状況に合わせて実施すべき項目が記される。その後、実際に訪問し、服薬状況のヒアリングや各種バイタルデータ(体温、血圧や脈拍数、血液中の酸素濃度など)の収集と記録、残薬の計算などを行ってから処方薬を渡す。薬局に戻ったら訪問結果から医師やケアマネジャーに提出する報告書(指導内容と残薬数といった薬剤管理状況など。こちらも紙ベース)を作成して終了となる。

夕張市の在宅患者数はおよそ100人。薬剤師の訪問は2週間に1回で、ひと月当たり200回にも上る。そのほか、特別養護老人ホームやグループホームなどの施設への往診もあり、一日平均で約10件をこなしている。

従来は出発前に店舗で計画書をExcelで作成してプリントアウト、患者の訪問終了後にメモをまとめ、店舗に戻って報告書と薬歴(電子薬歴)を手入力していた。情報入力の二度手間、三度手間が発生しており、10件分を入力完了するのに残業が必須だった。

こうした無駄を解消すべく、手法を模索していた山口氏は、グッドサイクルシステム(東京・渋谷区)による、デジタルペンを利用した訪問薬剤管理指導支援システム「すらすら」を検討した。

「実際に利用してみましたが、デジタルペンでの入力方法は優れているものの、データの閲覧は薬局に戻ってUSBでPCと接続して取り込んでからという点で不便でした」(山口氏)

患者宅で過去の薬歴や体調変化などを知りたくても、その手段が提供されていなかった。

代替案を模索していた2011年の秋、「ノートパソコンよりも使い勝手が良く、直感的に操作でき誰にでも使える点から、iPadの採用を決めました」と山口氏は述べる。iPadの国内発売時からその先進性に注目しており、すらすらのiPad対応が導入を後押しした。画面上のボタンの押しやすさなどを両社で改良しながらつくり上げていったと山口氏は振り返る。各店舗で導入説明会を実施、使い方を説明したうえで導入、現在全国8カ所の店舗で16台のiPadを使った訪問が行われている。

訪問前に作成する「すらすら」による計画書。申し送り・ヒアリング項目、実施すべき指導事項などが記入されており、VPN経由で出先からiPadで参照・入力する

在宅医療部 在宅医療課 課長 薬剤師 小島多加志氏

「特に残薬管理の面で格段に使いやすくなった」と在宅医療部 在宅医療課 課長で夕張店の薬剤師である小島多加志氏は感想を述べる。患者宅で得た情報は紙ベースで記録に残していたが、書ききれなかったり、忘れることもあったという。特に数量管理では厳密性が求められる。それが患者宅でそのままシステムに直結する発生源入力ができることで、正しい情報を迅速に入力できるようになった。

iPadへ入力することで薬局内のデータベースに反映され、報告書や計画書も一元化された。その結果、事務作業は1/3程度に削減された。業務時間外で行われていた3つの情報入力、計画書、報告書、薬歴入力は30分を要していたが、これが10分程度で完了するようになり、業務時間内に終了できるようになった。

「情報の一元管理と効率化が実現し、さらに訪問時の機動性も高まりました。今では手放せないものになっています」(小島氏)

患者宅で残薬数を確認し、その場ですぐに入力を行うことで情報の正確性が飛躍的に高まった

運用の一番のポイントは、セキュリティが劇的に改善されたことだ。従来は紙ベースの印刷したものだったが、紛失すれば個人情報の漏洩リスクがあった。現在はiPadで薬局のデータベースをVPNを経由して参照する形なので、仮にiPadを紛失しても、端末にデータ残らない仕様のため、第三者がデータを見ることはできないようになっている。また、MDMによる端末管理も行っており、許可されたアプリケーション以外の利用も禁じている。

以下は、実際の利用シーンを撮影した動画だ。


機動力を生かした伝達ツールとしてさまざまに活用

薬剤師は医師とは別行動をとるため、医師の往診時以外の患者の療養状況を伝えたり、疾患があればiPadでの写真を見せたりすることもある。毎週月曜日に行われるカンファレンス(医師との定例会)にiPadを持参してこうした情報共有を実施し、それぞれが持つ客観的な情報を総合して診療方針などを確認している。

「口頭での抽象的な患者さんの情報ではなく、数値や写真などで見える化を行うツールとしてiPadを活用しています。こうすることで医師も判断が容易になり、最善の医療を提供できることになります」と小島氏は言う。

また別の使い方として、介護施設職員を対象に勉強会も実施している。施設では職員が入居者に対して、処方された薬の服用を促す役割をしており、薬に対する知識が必要になるからだ。薬剤メーカーなどが提供している動画などを利用して、吸入のやり方といった言葉や紙で伝わりにくいものなども教えている。分かりやすくすぐに覚えられると職員からの評判も良いそうだ。

医師と同行してグループホームを訪問することも多い。ヒアリング内容をiPadで入力していく

同社は夕張店のケースをモデルとして、在宅医療対応を全店舗で進めようとしている。

「現在の高齢者人口率は全国平均で23%、2050年には40%を超えると言われています。つまり、将来の医療構造がここにあるのです。若年層が高齢層を支える、しかも限られた人材でというモデルケースとして注目されており、高齢者が多く住む団地のある東京都からも視察が来ています」と山口氏。

夕張店で薬剤師による在宅医療の実用性を実証した同社は、今後全国にこの仕組みを広めていくという。

「厚生労働省が推進した医薬分業はこの30年間で69%まで伸びました。これから成熟期に入っていく中で薬局および薬剤師に求められるのは質の向上だと考えており、それを具現化する1つが、在宅医療の分野だと思います。患者さんと接することから始まり、存在価値を高めていくことが薬剤師として大切なのだと思います」(小島氏)