【連載】
会議の開始時刻が近づくと、iPadを手にした常務理事たちが集まってくる。事前に配布された会議資料を慣れた手つきで立ち上げ、指先でページをめくってざっと本日の議題に目を通す。こうした先進的なペーパーレス会議を1年前から実践しているのは、全国医師協同組合連合会(以下、全医協連)の常務理事会である。
この日は大型スクリーンに司会者のiPadを接続、Webメディアのマイナビニュースに連載中の「事例で学ぶiPhone/iPad活用術」から、医療現場でiPadを活用している事例動画を放映した。会議室にはWi-Fi環境が構築され、ストレスなくiPadからネット動画を再生できる。その後の議事進行でも、手元のiPadで必要な資料を確認できるので、スムーズに議事が進行していく。
「ペーパーレス会議を導入した当初、ほぼ全員の常務理事は初めてiPadに触れるという状況でしたが、すぐに問題なく使いこなせるようになりました。パソコンに比べて操作は簡単ですし、iPadに会議資料を取り込めば自宅でも移動中でも参照できるので、時間をより有効に使えるようになりました」と語るのは、全医協連会長の小林照尚氏。
中小規模の医院や開業医約3万8,000人が所属する全医協連は、全国53の組合と5つの地区連合会から構成され、組合員の福祉に寄与することを目的に活動を続けている。
医療用製品を一括購入して組合員に廉価販売したり、各種保険商品の紹介などが全医協連の主な事業だが、そこに新たなミッションが加わった。より効率的で効果の高い診療を組合員の医師に行ってもらうには新しいITツールが必要との認識に立ち、iPadの普及に取り組むことにしたのだ。
「大病院など一部では電子カルテの活用も始まっていますが、全医協連の組合員の規模の医院では、まだまだIT活用は進んでいません」(小林氏)
先進的な取り組みをしている医師もいる一方、パソコンを利用していない医師もいて、ITスキルの格差は一般企業よりも大きいという。これを乗り越えるために何かできないかと考えていたときにiPadが発売された。
「iPadなら操作は簡単なので、パソコンの苦手な先生にも使っていただけると直感しました。また、一般的な使い方だけでなく、iPadは医療分野でも導入実績が次々と生まれています。これなら全国の組合員にiPadを使った新たな診療を普及させられると思いました」と小林氏はiPad導入のきっかけを語った。
目標は約3万8,000人の組合員にiPadと日常診療に活用できるアプリを普及させ、日本の地域医療にIT革命を起こすこと。しかしそれは簡単に達成できるものではないと、小林氏は感じていた。
「常務理事会でペーパーレス会議を始めたのは、ここを突破口にしたかったからです。我々のような年代でもiPadを簡単に習得できるとアピールする狙いです」(小林氏)。
さらに理事が所属する各地の医協でもiPadの使い勝手を自ら宣伝することで、組合員の意識改革を促している。
こうしたペーパーレス会議の導入を第1フェーズとするなら、現在は第2フェーズの取り組みが実行されている。組合員である医師にiPad診療を勧めるにあたって、そのメリットを確実に説明できる医協の職員を育成することだ。医協の職員はニーズに応え、組合員の福祉に貢献できる商品を案内することが主な業務になる。その際に、iPadに電子化した商品カタログを収録して商談する。この電子カタログによるプレゼンをとおして、iPadの使い勝手も一緒に紹介するのだ。すでに全国の医協職員向けにiPadの操作研修を順次展開中であり、全医協連の理事と職員、組合員を合わせて200台のiPadが稼動しているという。具体的な内容は、以下の動画が参考になる。
そしていよいよ第3フェースは、医師の診療へのiPad活用の提案だ。
「2012年2月に会長の諮問機関である調査企画部の中にIT部門を立ち上げて、どんなアプリを使ったらiPadを日常診療に役立てられるか研究を始めたところです。組合員の中には先進的な取り組みをされている先生もいらっしゃるので、そうした情報を吸い上げて、全国の組合員に情報発信することも企画しています。また、組合員のニーズを集約して、全医協連独自のアプリなども検討できればと思っています」(小林氏)。
iPadに加えて、全医協連ではクラウド型の仮想サーバサービス(ソフトバンクテレコム提供の「シェアードHaaSプレミアム」)にも大きな期待を寄せている。先の東日本大震災を期に、災害時でもデータを紛失させないため重要データをクラウドに保管できるインフラを整備した。平常時であっても、移動中や外出先であっても、iPadからネットワーク接続でクラウドに保管された資料を参照できるのは大きなメリットだ。
クラウド化において、最も進んだ取り組みを行っているのが岐阜医協である。全医協連の理事で、iPadの普及活動を統括している調査企画部 副部会長(IT担当)の遠山裕一氏は、iPadとクラウドの導入効果を次のように語る。
「岐阜県の場合は同じ会館内に医師会、協同組合、医師国保組合、医師信用組合という4つの団体が入っていて、毎月多くの会議が開催されています。出席する役員に会議資料を配布するためのコピー代+紙代に要するコストは年間千数百万円。iPad導入によってこのコスト削減を目指していると聞いております。それだけでなく会議資料をクラウドに保管することで、いつでもどこでも参照できますし、過去の資料も簡単に検索して確認できますから、『非常に便利になりましたね』との報告をもらっています」
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岐阜医協では会議資料をクラウドに格納。全医協連が導入した「シェアードHaaSプレミアム」では階層構造を持たせ、各医協ごとに一定領域を提供している |
一方、医協職員から医師へのiPad利用促進に効果を上げているのは和歌山医協だ。前述のiPadを使った電子カタログによる販売活動では、従来の紙カタログに比べて15%ほど販売成績は向上しているという。こうした販売活動の中でiPadに触れてもらい、興味を持った医師には出張講習を実施するほか、iPadを一定期間貸し出して使ってもらう活動も検討している。
「医師にiPadの良さを分かってもらうには、医師仲間から口コミで伝えてもらうのがいちばんです。講習会を受講しても、分からないことを質問するのは恥ずかしいという医師は多いですからね。そんな人でも、医師仲間から『ほら、こんなに便利だよ』と紹介されれば、使ってみようという気になります。地道ですが、こうした取り組みでiPadの普及を進めています」(遠山氏)。
小林氏がiPadの活用を期待している分野は在宅診療だ。iPadを携帯して患者の自宅へ往診に行く。ネットワーク経由でクラウド・サービスに接続し、患者の既往症や過去の治療歴、処方薬などをリアルタイムで確認して、診断や治療に役立てるといったケースだ。
遠山氏の所属する千葉医協では、血液検査などのデータを地域の中核病院で集中管理し、開業医やクリニックの医師がiPadを使っていつでも参照できるシステムを準備中だ。在宅の患者へ往診する際にiPadを携帯し、入院が必要かどうかといった情報を地域の中核病院に問合せるといった用途を想定している。
また、整形外科では患者のレントゲン写真をフィルムに現像せず、直接iPadにデータ転送して患者に見せるといった使い方が進んでいるという。この場合に問題となるのは、レントゲン画像のファイル容量が膨大で、管理が難しいことだ。パソコンに溜め込んでいるうちにハードディスクが壊れて、貴重なデータを紛失するような事態を避ける意味でも、クラウド上のストレージへの保管が検討されている。
小林氏の専門である耳鼻科では、聴覚障害のある患者とのコミュニケーションに、音声を自動的にテキストに変換してくれるアプリの活用も検討されているという。また、医薬品の効能を検索できるデータベース型アプリもよく利用されているという。
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疾患のサンプル画像を収録した医療専用アプリ。患者に疾患の説明をする場合に利用されている |
「医療に活用できるアプリを医師が個人で探すのは大変です。全医協連ではお勧めアプリやその使いこなし術などを全国から広く収集し、組合員の先生方に情報発信していきたいと考えています」と語る小林氏。ペーパーレス会議を皮切りに始まったiPadの医療分野向け活用は着実に歩みを進めているようだ。
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